第19話 ギルド講習

 ジンク君に「昼過ぎならそろそろギルドに行った方がいいぞ」と言われ、俺は3人と別れてハンターギルドへ向かう。


 どうやら「ご~ん、ご~ん」という教会が鳴らす鐘の音で判断しているようで、朝、昼、夕と1日3回鳴るソレは、住民がご飯を食べるなり出かける準備をするなりの行動目安にしているらしい。


「時間を計る機械はあるの?」と尋ねたら、あるらしいことは知っているが、そんなもの王宮とか一部の金持ちくらいしか持っていないだろうとのこと。


 それを聞いて、なるほどね~と思いながらソッと腕時計を外して革袋へ入れておく。


 明らかに時代にそぐわない物を身に着けていると目立つし、何より今の俺は現地人仕様の格好だ。


 着替える前のダボダボの袖丈なら上着に隠れて目立たなかっただろうが、今は普通に歩いていても手首がしっかり見えてしまっている。


 服はワンピースのような、ダボっとしたチュニックに緩めのズボンを履き、腰回りを皮紐でキュッと絞めれば庶民ファッションの出来上がり。


 正確には庶民でも所得の低い人が着る服らしいけど、どうせあと1~2年も経てば背が伸びることは分かっているし、何より金が無いんだから気にしている場合でもない。


 わざわざ新品を買う必要性すら感じないので、古着屋で2セット3000ビーケの安物をお買い上げ。これで1年もてば十分だろう。


 ただ靴は予算を抑えるとサンダルしか買えないようだったので、しょうがなく40000ビーケもするショートブーツを購入した。


 ハンターは歩いてナンボの仕事だろうし、中途半端な物を買って怪我や死亡の原因になるくらいなら必要経費と思って割り切るしかない。


 その他下着などの細々とした日用品も購入し、俺の残金は約12万ビーケ。


 まだナイフなど買うべき物はあると思うが、これをスッカラカンにするか増やしていけるかは、今後の俺の頑張り次第というわけだ。



 ちなみに今まで着ていた服や鞄は、メイちゃんお勧めの宿『ビリーコーン』で部屋を取って全部置いてきた。


 この世界の民度はよく分からないものの……部屋に鍵が付いているんだし、さすがに盗難は大丈夫だと信じなければ何も行動に移せない。


 1泊素泊まり3000ビーケ、夕食1200ビーケ、朝食500ビーケ、桶一杯のお湯が200ビーケでタオルは1枚サービス。


 つまり昼食を考えなければ1日約5000ビーケほどで過ごせる計算になるので、1日の稼ぎがこれよりどれだけ上乗せできるかが勝負だ。


 1日20000ビーケほどの稼ぎくらいは叩き出せないと、武器や防具も上を狙えず休みも満足に取れないという……現代人バリの底辺社畜生活になってしまう。


 そんな損益分岐ラインをザックリ計算していたらハンターギルドに到着。


 町が小さいというのは移動が楽ということなので、ろくに金もない俺にとっては逆に有難い。



 中へ入り決まり事のようにお姉様のところへ向かうと、なんと講師はお姉様が担当されるとのこと。


 受付の人がやるという驚きに思わず「えっ?」という声が漏れてしまったら、こう見えても一番の古株スタッフで、特にベザート周辺のハンター事情は一番分かっているから任せなさいと言い切られてしまう。


 確かに外見判断で言えばそうだろうとは思いつつも、そんなこと口に出そうものならうっかり殴られてしまいそうなので、「詳しい人が講師でありがたいです」と満面の笑みでしっかりお返しする。


 まぁほぼ担当受付嬢と化しているので、俺としてもギルドマスターとかが出てくるよりは色々と質問しやすいし問題無しだ。


 講習は1階の奥にある個室でやるらしく、お姉様に誘導されて後に付いていくとどうも良い香りが……


 あれ? さっき香水なんてしてたっけ? と思いつつ、1階の奥にいくつかあるうちの一室へ案内される。


 テーブルを挟んでソファ1脚に椅子1脚だけある小さな部屋。


 講習用の部屋というより、依頼者への受付相談なんかをするのが本来の目的のような作りだ。


 元から大人数での講習を想定していないこの町のギルドは、講習もこのようなところで問題無いのだろう。


 そしてお姉様から改めて挨拶をされる。


「ふふ、今更だけど私はベザートのハンターギルドで受付の長を任されているアマンダです。これでもギルドでは3番目に偉いのよ?」


「改めまして、ロキです。宜しくお願いします」


「それにしてもガラッと服装が変わったわね? やっぱりあの……なんていうか、奇抜な服は動きにくかったの?」


「ははは……それもありますし、地味に高いんで大事にしたかったんですよ」


「なるほどね~でも似合ってるわよ。あとはもうちょっと質の良いものに替えていければ言うことなしね」


「えぇ。そのためにも今日はお金の稼ぎ方を勉強させてもらいます」


「ロキ君はこの国の言語を使っていないと聞いているから噛み砕いて講習する予定だけど、分からないことがあれば説明途中でもどんどん質問してくれて構わないからね」


「ありがとうございます」


 普通に挨拶をしたものの驚いた……恐らくベザートの町では一番に大きそうな建物であるハンターギルド。


 それなりの人数が働いているにもかかわらずその3番手か。


 しかも何食わぬ顔して受付にいるとは、この世界の役職選定とは分からないものである。


 まぁよく考えればハンターと一番に接し、情報を収集できるのは受付嬢だ。


 ハンターの、それこそ現場の生の声を聞いて運営に活かすという意味では有効な手なのだろう。


 ただアマンダさんのところより、横のカウンターで受付している若い子のところにハンターがわざわざ並んでいたのは気のせいだろうか?


 そんな中で半日講習が始まってゆく。


「この講習の目的は、ハンターギルドとはどういうものなのか、報酬とルールについての説明が主になります。ただ覚えることも多いからいきなり全部覚えろとは言わないわ。1階にある資料室にはハンターギルドの概要を纏めた本があるから、確認したい場合はそちらを利用してもらっても構わないし、後日私に確認してもらっても構いません。ただし本はかなり貴重なので、その場で読むことだけが許可されています。もし本を破損させてしまうと、弁償できなくて借金奴隷になってしまった人も過去にはいるみたいだから、扱いには十分注意してね」


 おぉ、本が貴重なのはなんとなく予想もできたが、奴隷か。


 借金や損害を弁済できない場合は借金奴隷と……把握把握。


「まずハンターギルドについては、『困っている者を助ける』というのが基本の考え方です。そこに国も種族も関係無い。だからこそ、国とはまったく別の独立した組織として大陸全土で運営がおこなわれています。

 魔物が増えればそこに住む人達は困るでしょう? だから領主や国、時には村単位でお金を出し合ってハンターギルドへ依頼をする。そしてその一部が討伐したハンターへの報酬となります。

 これが討伐報酬、もしくは常時討伐報酬と呼ばれるものね。前者は緊急性を要する代わりに報酬が高く、後者はいつでも受け付けているものと思ってもらえれば問題ないわ。あとで依頼ボードを見てもらえればすぐに分かると思います。

 そしてハンターの報酬はそれだけではなく、魔石や素材、食料となる魔物もいるから、討伐とは別にお金に換えられる素材があればそれも収入になります。1階に併設されている解体場に持ち込んでくれればギルドでも大半は買取が可能よ。

 なので危険が伴う一方、身一つで大きな財産を得られる可能性もある仕事がハンターだと思ってください。

 ただ困っているのは何も村や町単位といった大掛かりなものだけではありません。例えばご飯屋さんが動物の食材を切らして困っている。だから困っているご飯屋さんから依頼があって食材となる動物を狩って卸す。

 これも困っている者を助ける依頼だし、伐採した木を町まで運ぶ人手が足りないから代わりに運んであげる。これも立派な依頼です。

 魔物を倒すだけがハンターの仕事ではないということは理解してくださいね」


「なるほど。どの依頼を選ぶかという選択権は当然ハンターにあるわけですよね?」


「それはもちろんよ。できればランクが低いうちはお金よりも安全を優先してほしいけど……魔物討伐というリスクを取って実入りを増やすか、魔物討伐以外の依頼を受けて堅実に生きるか。ここは人それぞれだわ。ただし無謀なことはさせないように、ハンターにはそれぞれランクを設けて依頼に制限をかけているから注意してね」


「FランクやEランクという表記がそれですか」


「その通りよ。ランクは下から「G」「F」「E」「D」「C」「B」「A」「S」と8段階に分かれていて、実績と実力が認められれば上がっていくわ。そして依頼は基本的に同ランクかそれより下のランクしか受け付けない。つまりFランクハンターなら「F」と「G」の依頼を受けられるということになります」


「えっ!? そうなると僕はGランクの依頼のみ……Fランクのホーンラビット討伐は受けられないということですか?」


 先ほどチラリと確認した依頼ボード。


 そこにはホーンラビットの常時討伐依頼が『F』ランクと書かれていたような気がする……


「無茶な依頼を受けて死なれても困るから、基本的には……ね。特例としてギルドマスターが許可すれば一つ上のランク依頼を受注可能になるわ。拠点ギルドであればワンランク上の全依頼が、拠点外ギルドの依頼であれば1件ごとに申請が必要になるけどね」


「となると、ベザートであればギルドマスター……ヤーゴフさんが許可してくれればFランク依頼を受けれるというわけですか。許可してくれないと困るなぁ……」


「ロキ君なら剣持ちゴブリンの討伐、おまけに救助にも成功しているんだから今の時点でまず許可が下りるわよ。ただ拠点外ではそういった個人の実績が見えにくい。だから1件単位の申請が必要だし許可も下りにくいと思った方がいいわね」


「分かりました。納得はできますので大丈夫です。ちなみにランクの昇格条件は?」


「それは残念だけど非公表なの。ただ単純な話で、有用な人材を眠らすのはギルドにとっても損失だから、上げてもこの子は問題無いと思えば上がります。逆に上げたら死んじゃうと思えば、いくら実績を積んでいてもランクは上げられないわ」


「てっきり何件達成できたら昇格とか基準があると思ってましたが……なるほど、死なせないことを一番に考えているわけですか」


「当然よ。いくらFランク依頼100件を卒なくこなせたところで、Eランクの魔物討伐には力が足りていないとなればその子は遠からず死んじゃうもの。ギルドにとってハンターは財産、無駄死にさせるわけにはいかないからね」


「分かりました」


「ちなみにBランクを含む以降の昇格には実技試験が、Sランクへの昇格はさらに本部グランドマスターとの面談が必要になります。そこまで昇りつめる気概を持っているなら覚えておくといいわね」



 その後も罰則規定、期限付き依頼の失敗ペナルティ、護衛依頼時のルールなど、こりゃ確かに全部覚えるのは難しいよっていうくらいの細かい内容を説明される。


 本当なら社会人マナーとしてノートにペンを走らせたいところだが、ここでやるわけにもいかないのでひたすら聞いて頭に叩き込むのみ。


 メイちゃんなんてほとんど右から左っぽいし、ポッタ君は正直何も覚えていないんじゃないかと思えるくらいの情報量だ。


 そして一通りアマンダさんが説明し終わったところで、「何か気になる点はある?」と聞かれたので質問タイム発動。


 どんどん分からないところは聞いちゃうよ!


「色々と確認させていただきたいのですが、まずランク以上の魔物を倒してはダメ、ということではないですよね?」


「もちろん。ただ依頼は受けられないから討伐報酬は無いと思ってくれれば良いわ」


「それは先ほど説明されていたでも?」


「うーん、君も嫌らしいところを突いてくるわね……好んでやって欲しくはないけど、常時討伐依頼の場合は一応認めています。場所によっては魔物のランクが混在する地域もあるから、上位ランク魔物との戦闘を回避できない場合もあります。ただ常時は緊急性が無いからそこまでお金にならないわよ? わざわざ上位ランクの魔物を狙うメリットは薄いと思うけど」


「もちろん今すぐやりたいということではありません。ただランクが上がらず、自分にとっては弱過ぎると感じる場所で魔物討伐を続けなければいけないと考えるとちょっと……と思いまして」


「なるほどね……強くなる自信があると。ギルドも支部単位でなら討伐内容や1日の結果など、個人の戦績データを収集、把握しているわ。まずそうなる前にランクは上がると思うけど……もしその時のランクに不満を感じるようなら私に言いなさい。ランクを上げる約束はできないけど、検討はするようにマスターへ伝えてあげるから」


「ありがとうございます。それとベザートの町周辺ではどのような魔物がいるのでしょう? 生息地域を教えていただけるとありがたいのですが」


「ロキ君のランクであればまず 《パルメラ大森林》でしょうけど、正直あそこはあまり人気が無くてね。そうなるとFランク上位狩場である 《ロッカー平原》か、Eランク以降になって手の届く 《ルルブの森》が主要狩場になるわね」


「そういえばジンク君達も同じことを言ってた気がします。そんなに人気無いんですか?」


「えぇ、あそこはあまりにも広過ぎる森……ということになっているから、平原に面しているでも物凄い広さなのよ。それこそ第二層に到着するのに60日かかったという記録もあるほど。そして層毎に魔物の強さがはっきり分かれていて、同じ層には同ランク帯の魔物しか生息していないことが第三層までなら確認されているわ。だから魔物にとっても捕食されるような敵が存在しないからか、敵が群れを成すということをほとんどしないの。もちろん第一層でもゴブリンの巣があることは数件確認されているけど、広過ぎる森だから安定して狩れるハンターにとっては魔物を探すのが面倒で効率が悪いという判断になってしまう。そして新人達にとっては……これはベザートの町だから言えることだけど、フーリーモールという魔物がいるのは知っているかしら?」


「えぇ。何匹か倒していますね」


「そのフーリーモールが新人にとっては壁になるのよね。採取目的でウロウロしちゃうと気付かずに……ということがあるから、低位の狩場と呼べる場所なのに怪我や死亡率がどうしても高いのよ」


 そういうことか。これでやっと合点がいった。


 なぜ俺の飛ばされた先が平原も見当たらない森の中だったのか。敵の強さにそこまでの差が無く、かつ単独行動をしている魔物ばかりだったのか。そして逆方向へ進んでいたら俺はどうなっていたのか……考えただけでも恐ろしい。


 しかし第一層? 第二層? なんだか物凄く気になるんですけど?


「えーと、また気になることが出てきちゃいまして……広過ぎる森ということになっている、というのはどういうことでしょう? 未確認地域があるということですか? それに別の町だと第一層でも魔物の構成が変わるということですかね?」


「パルメラ大森林は未だに謎が多いの。大陸の4分の1ほどを占めると言われている広大な森。あまりにも広過ぎるから、人族が把握できているのはその外周から多少踏み込んだ第三層まで。過去に鳥人族が森の上を飛行して第五層と思われるところまで到達したと言われているけど、魔物の分布情報がまったく分からないから公には認められていないわ。そしてその時生還できた鳥人族は極一部で、飛行中何かに迎撃されたという逸話が残されている。だから本当に森が続いているのかも分からないというのが実際のところね。それとパルメラ大森林は同じ第一層でも入る場所によっては魔物の構成が変わるわ。東の国から森に入ればフーリーモールがスライムに変わって安全性が遥かに上がるらしいから、ベザートの町に家族がいるような人間でも無ければ新人君がこの町に残らないのよね……ほんと困っちゃうわ」


「凄い場所なんですね……いや、本当に……」


 最後アマンダさんの、というかベザートの町の切実なハンター事情を聞いた気もするけど、俺はそれどころじゃない。


 本当にロールプレイングとしては凄い場所だ。


 まさにラストダンジョンさながらの謎めいた広大な森。


 これを聞いてワクワクしないやつはロールプレイング好きじゃないと断言できる。


 いや生身で勝負しなきゃいけないけどさ。


「ちょっとなに目をキラキラさせてるのよ……まさかすぐ東に行くつもりじゃ!?」


「いえいえ、最初はビビりましたが、今はそこまでフーリーモールに脅威を感じていませんので大丈夫ですよ?」


「ということは……まさか森の奥深くに入り込むつもりじゃないでしょうね? 過去に大国が1000人以上の編成で探索したって第三層止まりなのよ? 絶対止めときなさい!!」


「それはもちろんです。僕はまだまだ弱いですから……ただ目標があるのは良いことだなぁと」


「……」


「あっ、ちなみに魔石の価値と取り出し方を教えてもらいたいんですけど。あとルルブの森やロッカー平原というところがどんなところかも!」



 こうして俺はギルドマスターに言われた通り、今後の生活のためにこれでもかとアマンダさんへ質問をしていく。


 質問の返しに気になる言葉があればまたその点を。その返答に気になる言葉があればまたその点を。


 夕刻を示す教会の鐘が鳴った時、アマンダさんはさらに10歳くらい老け込んでいたような気もするが……


 それでも俺が求めればしっかり答えてくれるアマンダさんの好感度が大上昇したのは言うまでもない。



 ただ13の俺が恋愛対象として見ることは100%ありませんがね。


 ごめんなさいアマンダさん。

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