第18話 疑惑

「お疲れ様です。彼はどうでした?」


「さぁな……繋がりそうだが繋がらない。そんなところだ」


「マスターがそのような反応とは珍しいですね」


「ふん。登録は終わらせていったか? 終わっているなら見せてくれ」


「登録内容は――こちらですね」


「長命種とのハーフも考えたが、申告はか……ありえんな。あれで本当に13歳ならあの4人と同じ類だ」


「……は? ふざけたスキルでも見せられたんですか?」


「いや違う、断定できないがそうじゃない。だから繋がらないんだが……」


「あのーマスター? さっぱり分からないんですけど?」


 ジロリと睨みながらも椅子に深く腰掛け、額に拳を当てながら深い息を吐くマスター。


 もうこうなってはダメだろう。思考の海で潜水中だ。


 決して"そこは僕の椅子なんです"と言える状況ではない。


「ペイロ。6年ほど前に森から回収された遺留物は覚えているか?」


「あ、お早いお帰りで。確か『靴と判別できるもの』と『用途不明のガラス材が付着した謎の板』、『精巧な作りをした時計と思われる物』でしたか」


「あぁ。その時計と思われる物をあいつは腕につけていた。服で隠していたようだが形状はかなり似ている。しかもあれは――見間違いじゃなければ動いているはずだ」


「……へっ? ちょちょ……国級秘匿事項のアーティファクトと呼ばれる物を彼が……? おまけに動いているなんていったら国は大騒ぎじゃないですか!」


「だろうな。その流れでアーティファクトに最も近い町としてベザートが大きく発展する可能性もある。国から大掛かりな探索部隊が派遣され、報酬に釣られたハンターも大量に押し寄せるだろう」


「やっと寂れた辺境の町が生まれ変わりますか……6年間進展がまったく無かっただけに感慨深いものがありますね」


「だが油断はできん。ロキは目的があると言ったが、それが何なのか……あいつがわざわざを名乗っていることにも意味があるのか?」


「うーん、先ほどギルドを出る彼を見ましたが、衣装にしても所持している鞄にしても、不思議な物を身に着けてはおりましたね。直接は聞かれなかったんですか?」


「まさか。核心を突いて万が一逆鱗にでも触れたらどうする? 確認すらされていないような、未知のスキルを発動されたらお前は生き残れる自信でもあるのか?」


「……あの4人と同類の可能性があるなら止めましょう。最悪は町そのものが消し飛ぶ恐れもあります!」


 軽率な発言をした自分を恥じた。


 あの有名な4人のうち1人は戦闘を得意とするタイプとは思えないが……


 少なくとも他の3人は一つの軍隊を軽く捻れる程度。


 下手をすれば小国くらい潰せるほどのスキル所持者であることは、それなりの権力と情報を有する者なら皆知っている。


 ベザートなんて一刻もあれば消滅する可能性だってある。敵に回して良いことなど一つもない。


 しかし先ほど見た、肉の欠片一つで泣きじゃくっている彼の姿を見ていると、とてもそのような大それたことをやる人間には見えないのも事実……


「……ペイロ、おまえがロキの講習をやれ」


「……えっ?」


「俺と違って現場経験のあるおまえが適任だろう。どんな質問が飛び出ても答えられるものは全て答えてやれ」


「……」


「手間だと思うなよ? あいつは俺と同じタイプだ。まずそういう感情にはすぐ気付く。だから可能な限り疑問を引っ張り出せ。そしてどんな質問があったか、全て俺に報告しろ」


「マスターと同じ……おまけに複数の天級スキル持ちの可能性……いやいやいや! 怖いんですけどぉおおおおおお!!!」


「聞かれる内容から目的が絞れる可能性もある。大丈夫だ、普通に笑って気前良く答えていれば問題無い。余計なことを考えるな」


「そ、そんなぁ……」


 先ほど昼時を示す教会の鐘が鳴った。


 そろそろ問題の少年が戻ってきてもおかしくないだろう。


 いつからこんな重荷を?


 分かりきっている。


 あの森からアーティファクトと呼ばれる謎の物が回収されたからだ。


 それをハンターから受け取った受付のアマンダと遺留品管理担当の俺は、ズルズルと国とマスターの思惑に巻き込まれてしまっている。


 素材すら不明なあれはいったいなんなのか? 確かに興味は尽きないが……


 それでも出世欲と身の危険を天秤にかければ釣り合いが取れていると思えず、どうにも踏ん切りがつかない。



「まったくペイロは男らしくないわね、なんなら私が代わりましょうか?」


「アマンダか。せめてノックくらいしろ」


「せっかく紅茶をお持ちしたのに……事情通を蔑ろにすると後が怖いわよ?」


「……どうせ【聞き耳】スキルで内容は聞いていたんだろう? やれるのか?」


「少なくとも私は彼の担当という印象を与えているわ。ちょっと私情を挟んではいるけど……警戒はされていないはずよ?」


「私情って……アマンダさんまた色目使ってるの?」


「いいじゃないッ! この辺にはいない小動物のような可愛らしい顔立ち……ペイロと違って将来が楽しみだわ!」


「……少なくともアーティファクトに関わることで私情を挟むなよ。それであれば許可する」


「当然上手く聞き出せたら特別ボーナスもあるのよね?」


「……内容によるが検討しておこう」


 さ、さすが受付の長アマンダさんだ……肝が据わっていやがる。


 だがこれで俺が、直接から睨まれることはない。


 俺はやはり生きることが一番、出世はそのついでのおまけ程度で良い。


 そうアマンダに感謝しつつ、空かない自分の椅子を見つめるペイロであった。

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