第7話 魔法を使いたい男

 初の魔法を体感したモグラ戦の後。


 モグラが息絶えているのを確認し、精魂尽き果てた悠人は木の根に寄りかかって座り込んでいた。


 ゴブリン戦のあとから30分も経っていない。


 触れば分かるほどに腫れてきた頬、止まらない鼻血、ズキズキと皮膚を突くような痛みを覚える爪の傷。


 そして直撃して重く、深く痛む腰。


 おまけに満足に眠れず、食事も取れず、口に入れた物と言えば果物だけの状態でひたすら歩き続けてきたわけだから当然だろう。


 普通の人間なら、もう心が折れて当たり前の環境であった。


 そして悠人も例外ではない。



(さすがにモグラはヤバい……ヤバいよ……)



 ゴブリンであれば、小さいとはいえそれなりの大きさだ。


 悠人が寝ているか戦闘中か。


 何かによほど気を向けていなければ接近に気が付かないことはない。


 ホーンラビットにしても身体は小さいが、それでもあの色である。


 森の中で白い物体が視界に入って動けば、それもまた気付く。


 現に悠人は今まで不意打ちを食らったことがなかった。



 しかしこのモグラは……


 迷彩色とまではいかないが、全体的に茶色く、要所要所が汚れで黒ずんでおり地面に溶け込んでいる。


 体長は30cmほどと小さいし、先ほどは穴から出てきたように見えた。


 つまりということになる。


 そして一撃死もあり得る、あの石を飛ばす魔法。



「ハハッ……無理だろう……あれの不意打ちを避けながら、どうやって森を抜ければいいんだよ」



 そう、モグラを眺めながら弱音を吐いてしまう。


 そしてその視線の先に、先ほどまでモグラが潜んでいたであろう穴を見る悠人。


(はぁ……一応確認はしておくか……)


 重い腰を上げ、適当な棒きれを持ちながらその穴の前に立ち、そして覗き込む。


 中は暗いがそこまで広そうには見えない。


 そこで棒を突っ込んでみるが、それも大して刺し入れていないのに、あっさり穴の深部と思われるとこに到達してしまう。


(ん?どこかと繋がっているような、長い空洞じゃないのか?)


 日本でのモグラのイメージだと、長く掘り進んで穴と穴を連結させ、その中を移動している印象を悠人はもっていた。


 気になれば確認と、ここぞとばかりに懐中電灯で中を照らし、そして納得する。


 穴は1メートルにも満たない細長い空洞で、中には草が敷かれていた。


 食べていたのか、果実の種や小骨のようなものも確認できる。


 そして悠人は、これが1匹単位の巣、ということに気付く。


(巣を踏みつけたか、歩く振動が伝わったか……何にせよ、地面を見ていれば不自然な場所に気付くかもしれないということか)


 悠人が通る前、巣がどんな状態だったかは分からない。


 しかし巣の周りに掘り返したような土があることから、穴にいたモグラが覆っていた土をどけて出てきたと推測できる。


 それなら完全にとは言えないが対策を取れるかもしれないし、倒すにしても身の危険を感じたら逃亡、別の穴から出現して再度攻撃という可能性は無さそうに思える。


(穴に気付けるかどうか、か……逆に言えば、それさえ分かれば巣穴に向かって先制攻撃ができると)


 そう考えれば、沈んでいた気持ちも幾分回復する。



「よしっ!」


 声を出し、自らに確認する。


 とりあえず、歩きながら思考に耽るのは自殺行為だからもうヤメだ。


 気が緩んでいたわけじゃないが、より確かな討伐方法や効率を考えて、それが原因で死ぬなんて本末転倒もいいところ。


 歩くなら、しっかり敵への警戒と食料調達に全力を注ぐ。


 考えるのは動けない夜に纏めてやれ!!


 そう己を叱責し、数秒ステータス画面からレベル上昇の内容を確認したあと、最大警戒で川の方面へと進んでいくのであった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 約3時間後の夕暮れ。


 一つの岩の上で、びしょ濡れになった全裸の男が仁王立ちで吠えていた。


 そう、13歳なのにホームレスもビックリな生活をしている悠人である。


 僅かながら水が流れる音を聞き、思わず敵への警戒も忘れて猛ダッシュ。


 視界に川幅5~10メートルほど、比較的水深の浅い緩やかな流れの川を見るや、勢いでそのまま服も脱がずに飛び込んでしまった。


 先ほどの反省なんぞなんのそのである。


 寄生虫? 水の魔物?


 悠人にそんなことを気にしている余裕はこれっぽっちもなかった。


 喉の渇き、真水への渇望、自分の臭いを自分で感じられるほどの体臭。


 耐えられなかった。


 元現代人には我慢の限界だったのである。


 そんな積み重なった思いが天元突破し、溢れ出してしまったのが岩場で全裸という奇行だった。


 こんな環境に突然拉致されれば、頭もおかしくなるものである。



 しかし悠人も、ただの馬鹿というわけではない。


 仁王立ちしながらも、しっかり目的を持って川を凝視していた。


 それはもう目が血走っていた。


 もちろん目的は魚などの生き物、もとい食い物の存在がいるかどうかである。


 水は飲めた。


 それはもう腹がたぷたぷになるほどに。


 しかし腹の飢えは収まっていない。


 魚や甲殻類など、とりあえず腹に収まるものであれば何でもいい。



「なんか俺に食わせてくれぇええええー!!」



 仁王立ちで吠えている理由はコレである。


 そして……


「いたっ!!!! 魚はいたっ!!」


 とても手で掴み取れるとは思えない。


 そんな野性味溢れる魚の取り方など、極度のインドア派を豪語する悠人にできるはずがない。


 だがしかし、いることは分かる。


 それならば……


 水のおおよその流れを把握し、辺りに転がっている石を持って行動を開始する。


 素人知識ではあるものの、川辺に一度魚が入れば出にくい囲いのようなものを作成。


 可能な限り小石で隙間を埋め、流れに沿って1ヵ所開けた入口以外は逃げ道を塞ぐようにする。


 簡単に魚が抜け出さないよう、囲いの出口付近に壁となる石を設置することも忘れない。


 ついでに石を動かした時に隠れていた、見るからに海老や蟹と思われる生き物を我慢できずにそのまま捕食。


 待望の果実以外の食事に打ち震えながら、なんとなく作った罠の出来栄えに、笑みを浮かべて満足するのだった。



 おまけに、川までの道中に倒したホーンラビットを悠人は持ってきていた。


 そう、ナイフも持っていないのに、ホーンラビットを丸焼きにする可能性まで考えていたのである。


 モグラ戦終了後、レベルアップしたことにより『スキルポイント』が2に増えていたのは確認している。


 そして道中、万が一目指していた川が存在しなかった場合。


 取得できるかは別として『水魔法』にこのポイントを振ろうと思っていたが、予想通り川であったなら『火魔法』にポイントを振ろうと決めていた。


 どうしても、切実に、肉が食いたかったのである。


 もう日も暮れかかっている。


 寝床になりそうな木も目星を付けた。


「ふふふ! それでは検証してみようじゃないか!!」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 早速寝床予定の木に登り、ステータス画面を開く悠人。


 そこからスキル枠の魔法系スキルを確認する。


 魔法系はスキル枠の中でも上の方にあるから探すのは楽チンである。


 そして……


 期待と不安を抱えながら、『【火魔法】にポイントを振る』と画面に向かって呟く。



(頼む……『スキルポイント』の上昇値が『1』ポイント50%以上であってくれっ……!)



 スキルポイント1でスキルが1つ取れるなんて、そんな甘いことを悠人は考えていなかった。


 この世界のツラさは既に心に叩き込まれている。


 どんぐり頭から提供されたステータス画面だから、余計にそう感じているだけかもしれないが。


 とにかく、は非常に重要なわけである。



 50%以上ならば、現在『2』あるポイントで1つのスキルを取得成功。


 50%以下ならば、次回以降のレベルアップ時へ持ち越し。



 持ち越しとなれば肉はお預けの局面。


 飢えに飢えている悠人にとっては文字通り死活問題であった。


 そんな中、凄まじい眼力で見つめているとポイントが1つ昇華され、悠人の目がクワッと見開く。



「きたぁああああああーーーーーーッ!!!! 1つで50%!! ならもう1つもだ! 全振り全振りっ!!」



 そして



『【火魔法】Lv1を取得しました』



「ぬぉおおおおぉおおおおおーーっ!!」



 咄嗟に出たのは渾身のガッツポーズ。


 レベルアップ時同様、視界の横から流れる文字がシステム画面の上部を通過する。


 が、今の悠人にそんなものを気にしている余裕はない。


 すぐさまいったいどんな魔法が使えるのかとチェックを始める。


 視線を取得した【火魔法】に強く向けてみると出てくる詳細説明。




『【火魔法】Lv1 魔力消費10未満の火魔法を発動することが可能』




(これはー……どういうことだろうか?)





『ファイアーボール 魔力消費量5 小型の火の玉を前方に向けて発射する』


 このような説明文を想像していた悠人にとって、斜め上過ぎる予想外の内容である。


 魔力消費10未満?


 それだけ??


 魔法名は???


 様々な疑問符だけが悠人の頭に浮かび上がる。


(さ、さっぱり分からん……だがスキルを取得できたことは間違いない。なら試すまでだ!)


 結局説明文をスルーせざるを得なくなった悠人は魔法発動を試していく。


 万が一想像以上の魔法が発動したら大変だと、目の前にある川を標的にし、なんとなく手は人差し指を伸ばした拳銃型に。


 そしてその手を前に出して……



「ファイアーボール 発射!」


 しかし、出ない。


(違うか。発射がいらなかったかな?)



「ファイアーボール!」


 やはり、出ない。


(うーん……手の形が違うとか?)


 手のひらを前に向けて



「いけっ! ファイアーボール!」


 それでも、出ない。


(……あれぇ)




「せっかくスキル取ったのになんなんだ!!」


 思わず叫んでしまう悠人。


 仮にちゃぶ台が目の前にあったならばひっくり返っていることだろう。



(ダメだ……一度冷静になろう)



 そしてここから悠人の癖であり習慣である、情報からの考察と推察が始まる。


(まず実際に魔法を見たのはあのモグラだ。そしてモグラはあの時、黒い霧を発生させながら石を成長させていた。ということは、あの黒い霧が『魔力』である可能性が高い。そして今は霧なんてまったく出てないわけだから、発動していないということには納得できる。それにスキルで既に存在することが分かっている『短縮詠唱』の存在。わざわざ短縮があるということは、本来もっと長い詠唱が必要ということに繋がる。しかしそんなスキルを取得できていない。となると、まさか――)


 ここでやっと気付く。


 あの厨二病全開の詠唱ワードを、とうとう唱える時が来たのか、と。


(というか、あの手のワードって決まったセリフなんてないような気がするが? しかも32歳であれか……そうかそうか……誰も周りにいないよね?)


 今まで散々大森林をさ迷って『腕のみ』にしか出会えていないのに、ここで今更な心配をし始める悠人。


 しかし誰もいないとなれば、厨二病呪文を放つ心の準備はできたようである。


(……やるか)



「んんっ! 火の精霊よ! 我に力を貸したまえ! ……おっ、お頼み申す! ファイアーボールッ!!」



 やはり、出ない。


 ただ一人、辱めを受けただけである。


(泣きたい……恥ずかしいし、発動しないしで泣きたい……何かヒントを下さいよどんぐり様!!)


 そう心の中で叫ぶも、当然どんぐり頭からの返答は何も無い。


 どんぐりはそう甘くない。



 しょうがなく再度ステータス画面を開き、他にヒントはないのかとスキル欄を眺める悠人。


 試しに未取得スキルを凝視してみるも、何一つ解説文は出てこない。


 あくまで詳細が確認できるのは取得スキルのみのようである。


 となると、『火魔法』しか取得していない悠人には得られる情報がほぼ無いわけであるが―――


 そこでふと、悠人は一つの点に気付く。


(スキル名がなぜか、今表示されているものは全部日本語だ……どんぐり頭は俺用に配慮すると言ってたが、日本人だから日本語にしたということなのか? いやしかし、「レベル」、「スキル」という部分はカタカナではあるな……でも魔法は、火、水、風、土と日本語……ということは、つまり?『ファイアーボール』というカタカナワードがよろしくないってこと? ハハハッ……気付いてしまったかもしれない……)


 ニヤリとしながら、今度は恥じることもなく、あの詠唱を開始する。


「火の精霊よ! 我に力を貸したまえ! お頼み申す! 火の玉っ!!」



(……)



「結局発動しないのかよ! ここは発動する流れじゃないのかよ!!!」


 ちゃぶ台が目の前にあれば、空中三回転捻りをして吹き飛んでいくような事態だ。


 もう発狂寸前の悠人。


 せっかく取得したのに、既にのにという思いが渦巻いて暴走が止まらない。


「火よ! 発動しろ! 火の玉! 発射!」


「火の聖霊よ! いるなら私に力を貸してくれ! 頼む! 火ぃーー!!」


「お願いします! なんでもしますから火を出してください! 火っ! ファイアー!」


「火ッ火ッ火ーーーーーーッ!!」


「モキューーーーッ!!」



 ・


 ・


 ・



 完全に日が落ちて数刻。


 数々のパターンを試すも発動できず……


 32歳独身営業マン(現無職)、男泣きしながら呪詛を吐きつつふて寝をするのだった。

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