第6話 魔法

 ゴブリンとの戦闘後。


 俺はその場をすぐに離れ、果実を採取しながら川方面へと移動した。


 そして食べ歩きながら周囲を警戒し、耳をそばだてつつ考える。


 あの場に他の部位は無く、血痕も無かった。


 ということはあの場で殺され、食われたわけではないだろう。


 どこかから運んできた、仲間と分け合ったという可能性も十分にある。


 となると……あの場は危険だろうな。


 付近に仲間がいる可能性もあるし、ゴブリンの死体は放置したまま。


 ウサギと違って刺し殺しているわけだから、血の臭いに釣られて仲間や魔物が寄ってくる可能性もある。



 危惧すべきは複数体との同時戦闘、か。



 正直、1体だけならまだやり合えるが……


 ゴブリンが2体3体と纏めて現れたらかなりマズい。


 3体なんて、戦闘を想像しても殺される未来しか見えやしない。


 逃走の判断をどの線引きでするか……


 ブカブカの靴も考慮すれば、逃げ遅れはかなり危険だ。


 そうなると、当面は複数体が確認できた時点で、先行して逃げた方が良いだろう。


 2体以上はまず逃げる。川から離れるかもしれないが、生き延びるためにまずはこのマイルールを徹底だ。



 そしてふと立ち止まり、鞄の中から一つの物を取り出す。


 それは仕事用具として鞄に入れていた懐中電灯。


 小型ながらかなり強烈なLEDタイプで、仕事で使うのだからと、それなりの良いお値段がする海外製品を使用していた。


 予備の電池は鞄にあるし、対ゴブリン用の目眩ましには有効な可能性もあるか……


 人と似たような構造なら、仮に日中だろうと直接顔に向けられたらたまったものじゃない。


 まず目を瞑って、手は顔を覆いたくなるはずだ。


 慣れてない、知識が無ければ余計にそうなるだろう。


 先輩に何度やられても、俺がこの反応を必ずしてしまうわけだしな!


 視界と動きを塞げば、あとはマイナスドライバーのフルスィングで……


 これでゴブリンだって、単体なら無傷で勝てる見込みが高いはずだ。


 まずいける。


 やりようによってはまだまだなんとかなる。


(フフフ……ハハハハハッ!)





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 妙なテンションで妄想の止まらない悠人は、とある魔物の住処を踏み抜いたことに気付いていない。


 戦闘シミュレーションをするほどに、深く思考してしまったのが原因かもしれない。


 先ほどの戦闘での疲労、紛らわしているだけの空腹で、意識が散漫になっていたのも原因かもしれない。


 しかし……敵はそんな悠人の事情など考慮してくれない。


 敵に甘さは一切無いのだから。


 だから気が付けば―――


 心の中で高笑いをしていた悠人は、後方からの大きな衝撃によって大きく吹き飛ばされていた。




「いぎっ!!……背中がいってぇ!! なんだっ!? 何が起きた!?」




 混乱しながら反射的に背中を摩るも、血が出ている様子はない。


 しかし痛みはまったく引いていない。


 何が起きたんだ!?


 ハッと後方へ振り返る。


 するとそこには一匹の、茶色いモグラのような生物が悠人を見つめていた。


 いや、正確にはモグラなのか分からない。


 悠人はモグラの実物を見たことはないのだから。


 ただ地面から顔を出し、鉤爪のような、体長に比べてやや大きめな手を地面へ出していることから、まずモグラに近い種類の生物だろうと判断していた。


「くそっ……おまえが犯人か!?」


 当然ながらモグラは答えない。


 しかし、その返しとばかりに


「モキュッ!」


 と、手を上にかざし、一言、鳴く。


 すると、黒い霧がモグラの上部に顕ち込める。


 そして……


 霧の中で何かが形成され始めた。


「マジか……モグラが魔法かよ!!」


 目を見開く悠人にとっては当然の驚きだ。


 人生初の魔法を、その形成の経過を今、目の当たりしているのだから。


 おまけに鳴き声一つで魔法なんて、まさかの短縮詠唱!?と、二重の驚きである。


 徐々に大きくなるそれは、誰がどう見ても石であろう。


 地面から拾い上げるではなく、空中で石を成長させているのだ。


 そして約5秒ほど……


 テニスボールほどのサイズになったソレは、無言のまま悠人に向かって発射された。


 成人男性が本気で石を投げるような速度で、一直線に悠人の顔へと向かってくる。


「はやっ!!!?」


 反射的に鞄で顔を隠す悠人。


 しかし。



 ボゴッ!!!


 ゴンっ!!!


「ブフッ!!?」



 悠人が鞄であるジュラルミンケースを前に出し、顔を覆ったのはたまたまだった。


 射線を読めたわけではなく、ただ頭部に当たったら死ぬ!と、直観的に感じたからこその行動。


 偶然ジュラルミンケースに直撃し、衝撃がそれでは止まらず、反動して悠人の顔、主に鼻に打撃を与えた。


 その結果が学生の時以来の豪快な鼻血とツーンとした痛みである。


(ヤバいヤバいヤバい……このモグラ、本気で殺しに来てる!!)


 蹲りながら涙目で鼻を押さえるも、ホーンラビットやゴブリンと違って対処方法が思い浮かばない。


 初の魔法、今までの常識から大きく外れた現象が、悠人に余計な混乱と恐怖を植え付けていた。


 そして、モグラもその光景を黙って見ているわけではない。


「モキュッ!」


 再度、可愛らしいはずなのに恐怖の鳴き声が発せられる。


「う、うぉおおおおおおおっ!!!!」


 悠人はとっさにモグラへ向かって走り出す。


(あの石は見て避ける自信は無い! 顔以外に飛んできても相当ヤバい! なら……撃たれる前に殺すッ!!!)



 悠人のこの行動は正解だったと言える。


 モグラとの距離は約10メートルほど。


 正確に狙った位置へ飛んできそうな魔法の石。


 それを防げる現状唯一の盾、ジュラルミンケース。


 距離が離れていれば、守る場所が狭く無防備な場所を多く晒すことになるが、魔法発射位置との距離が近ければジュラルミンケースが守れる範囲は大きくなる。


 モグラにとっては10メートル先に的がいるなら盾以外の場所も狙えるが、目の前に盾を出されたら盾にしか当たりようがないということだ。


(くっ……発射前に間に合うか!?)


 靴が緩いせいで思うように走れず、僅かな時間で悠人は悩む。




 発射前に蹴り飛ばすか。



 それともまずは前面に鞄を差し出して、全力で魔法の石から身を守るか。



(前の発射ではそれなりに形成から発射まで時間がかかっていた。石のサイズが今あの程度ならもう数秒はかかるはずだ。途中で発射されたら耐えるしかない! 顔だけは守れっ!!)


 悠人は鞄を投げ捨て、腕で顔を覆いながらモグラを睨む。


「撃てるもんなら撃ってこいっ!! クソモグラがぁあああ!!!!」



 そして、石は発射されることなく、悠人の渾身の蹴りがモグラに炸裂。


 モグラは地面を転がりながら吹き飛んでいった。



『レベルが2に上昇しました』



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 網膜に投射されているのか、それとも脳に信号が送られているのか。


 悠人はステータス表示アイコンが点滅し、それと共に視界の右から左へ流れるレベルアップのアナウンスを見つつも……


「はぁはぁ……この世界、マジでハード過ぎだろ……」


 心の底から、そう呟くのであった。

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