第4話 初戦闘
冒険二日目。
結局俺は、枝が密集している木の上で無理やり寝ることにした。
さすがに僅かな月明かり(月か分からないが)しかない暗闇の中で、地面に寝そべって寝る勇気は無い。
朝になったら何かに食われている自信がある。
それにしても……体調は絶不調だ。
獣対策で高いところに寝るということは、寝ぼけて落ちたら相当痛いということで。
極力地面に近いところまで降りてはみたものの、安眠とは正反対。
ゴツゴツした硬さと不安定さから眠ることはほとんどできなかった。
そして「グギギギ……」という聞きなれない鳴き声や地面を蹴り上げる音。
こんなのを不定期に聞かされて現代人が呑気に寝られるわけもない。
寒さで震えることは無かったのがまだ幸いである。
ちなみに、身体を休めながら考えていた、二日目の目標はもう決まっている。
川と思しきところへの到達。
道中、食事になりそうなものは全力で採取。
一日の時間を腕時計の時間経過から計測。
そしてレベルが上がりそうなナニカとの初戦闘である。
最後の食事は、昨日の昼に食べた某ファーストフードのハンバーガーとポテト。
そこから考えればまだ丸一日も経っていないので、空腹に関してはまだまだなんとかはなる。
しかし食べられる時に、そして探せる時に探して確保しておくのはこの状況であれば当たり前なので、ポケットや鞄に突っ込んででも携帯する気マンマンである。
また、1日の推定時間も把握しておきたい。
主に日の出ている明るい時間は1日何時間なのか。
これが分かれば、予定外の場所で日没を迎えるという恐ろしい事態を避けることもできるだろうと考えている。
そしてやはり出てくるのは、俺を捕食しようとする存在との戦闘である。
昨日歩いたのは約1時間半~2時間程度。
その際、直接目にすることはなかったが、少なくとも夜間に怪しい鳴き声や気配を感じている以上、何かしらがいるのは間違いない。
というかこんな規模の大森林にいなかったら、この世界は物凄く平和である。
理想を言えば獣や小動物の類を捕まえたいところだが……
元の世界と同様であれば、まず普通は人間の姿を見たら逃げるはず。
となると結局、魔物チックな敵との戦闘になる可能性は高いのだろう。
ふぅ――……。
まともな喧嘩すらしたことのない自分に、果たして倒せるのだろうか?
特別どころか、なんのスキルも持っていないのに。
武器も防具も無く、レベルだって1のままなのに。
そもそも、ここにどれほどの敵が出るかも分かっていない。
「契約はできるかどうかじゃねぇ。てめぇがするかしないかだ」
なんて笠原さんが力説していたな。
相手もいる話なのに無茶が過ぎると、当時は話半分に苦笑いしていたけど、たぶんそういう気概があるから社内トップクラスの実績を残せているのだろう。
だったらやるしかないか。
どんぐり頭が『武器と魔法とスキルのファンタジーな世界』なんて言い切っているのに、まさかその武器や魔法やスキルで臆病な草食動物を狩っているわけがない。
となるといるんだろう?
そういったものを必要とする相手が。
だったら殺すか、殺されるかだ。
それにいくらどんぐり頭が馬鹿だからと言って、相手の心が読めて瞬間的に相手を飛ばすこともできるんだ。
それなら一応、本当に一応だが実際に神様でもあるのだろう。
そんな相手が目的もなく現れて、自分をただただ誘拐するとは考えにくい。
目的があるなら、さすがに何も成し得ていないこの状況で、ドラゴンみたいな絶望的な相手をぶつけてくることも無いだろう……いや、たぶんだけど……そう信じたいだけだけどっ!!
よし、日も出てきたしそろそろ行こう。
腕時計の針は日本時間で夜中の3時を指していたので、なんとなく日の出に合わせるよう5時に修正。
これで時間経過も分かりやすくなるだろう。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
適当な長さの棒切れを草除け代わりに、腕時計が示す方向へひたすら向かう。
昨日よりはやや暑いが、上着を手に持って両手を塞ぐなんて愚策を取るわけにはいかない。
最低限の防御も期待して着込んでいくことにする。
視界は可能な限り広く、音と気配には敏感に。
寝不足であることは間違いないが、しくじれば死ぬと覚悟していれば、1日の寝不足ぐらいどうということはない。
そんな心構えの中、道中怪しいキノコや、足元に生えている花や草などを確認しながら進むこと2時間ほど。
突然前方を、一匹の白い何かが横切った。
やや疲れ始めたタイミングだったので肩が跳ね上がるも、とりあえず歩みを止めて息を殺す。
(まずは横切った先を確認しなければ……)
木々の陰にゆっくり移動しつつ、覗き見るように移動先へ視線を向けてみる。
すると約10メートル先に、30~40cmほどのウサギと思われる生物がこちらに顔だけを向けていた。
(こ、これは――……魔獣? 魔物で確定なんだろうな)
そのウサギは額に大きな一本の角が生えている。
過去に複数のゲームでお世話になったこの雰囲気は、それだけで魔物判定するに十分だろう。
思ったよりも目つきが悪くて少しビビるが、このウサギモドキに勝てなきゃ何にも勝てそうにない。
鞄を足元に置いて、ソッとネクタイを緩めながら角ウサギの前方に立つ。
角ウサギは微動だにせず、ジッと俺を見つめている。
(逃げもしねぇか……舐められたもんだ)
だがそれも仕方のないこと。
額に映える角は20~30cmはありそうな鋭角なもので、間違いなくあれに刺されれば俺は致命傷を受ける。
対して俺は鎧の一つも纏っておらず、木の棒を握り締めているだけ。
だからよく観察しろ。
相手の出方を予想しろ。
ウサギにしては大きいが、それでも30~40cm程度なら足元を蹴り上げれば一番楽だ。
だがそれだと、高確率で俺の足にも角が刺さる。
それじゃあダメだ。
痛くて、仮に足でも心臓が止まる自信はある。
ならどうする。
間違いなくあの角が最大の武器。
逃げもせずに構えているということは、角で刺すことを前提に考えているのだろう。
となると攻撃手段はなんだ?
ご自慢の脚力全開で突っ込んでくるしかないだろうが。
直線的な攻撃しかまずしないし、できないはず……
となると、現状の俺が無傷で倒せそうな方法は―――
俺は唯一の武器をソッと地面に置く。
そしておもむろにスーツの上着を脱ぎ、自分の身体の前へ広げた。
木の棒を振り回したところで小動物相手に上手く当てられる気もしないし、当てたところで所詮は
致命傷を与えられなければ、回避できない接近からの角攻撃で俺が死ぬ未来しか見えない。
ならこれだ。
的を絞りにくくするために上着で身体を隠し、できれば上着で包んで目隠しをしつつ絞め殺す!
上着を前へ広げ、にじり寄る。
どうだ?
元は170cmあった人間の背広はそれなりにデカいだろう?
あぁこんな緊張、久しく無かったな。
初見のお客さんとの商談でもこんな緊張は無い。
上着を脱いで幾分涼しくなったはずなのに、大量の汗が吹き出てくる。
ジリ……ジリ……ジリッ……
――――キタッ!!
唐突に走り出した角ウサギが、途中でさらに加速して突っ込んでくる。
(ぬおっ! かなり速いっ!!!)
それをなんとか躱し、角ウサギは上着のど真ん中を潜り抜けるようにして俺の横を通過していく。
俺はすぐに角ウサギへ向き直り、同じように上着を前面に押し出す。
ふぅ……ふぅ……
これはまるで闘牛だ……スペイン人もビックリな小型の闘牛である。
俺のスーツは黒なのに!!
突っ込み具合の容赦なさといったらハンパではない。
しかし、これで分かったこともある。
飛び上がりながらの角攻撃をしてくるので、大体俺の腹辺り。
ここがやつの狙っているポイントなのだろう。
そして。
速いは速いが、目で追えないほどではない。
少なくとも走ってくるという前兆があるのだから、避けられないことは無さそうだというのが今の攻防で分かってきた。
上着のど真ん中目掛けて突っ込んできたので、身体を横に少しズラしておけば、まず致命傷は避けられそうである。
となると次はこうしようか。
再度俺を見つめ、様子を窺う角ウサギの前で、俺は手に持つ上着の持ち方を変える。
両手で上着の肩口を持ってヒラヒラさせる闘牛スタイルから、上着の襟と裾を持って固定させるスタイルへ。
これなら突っ込んでくれば、ヤツは角で上着を突き破ろうとしてくるだろう。
そしてそのまま上着で上手く取り込んでしまえば、当初の目的である目隠しをしながら包むという目的は達成させられる。
6万円したスーツを犠牲にしてだけど!
それでも背に腹は代えられない。
持ち方を変え、再度角ウサギにニジり寄る。
さぁ来い。
さっきと同じだ。
突っ込んでこい!
一瞬の膠着。
ピクッ。
ほらキタッ!!
今度は逃げられないよう、身体を横にそらしながらも手に、腰に、脚に精一杯の力を入れて踏ん張る!
――ブスッ!!!
角が上着を僅かに突き破り、そのまま勝手に包まれていく角ウサギ。
その流れに任せつつ地面に落とし、その上に全体重をかけて圧し掛かる。
緩めていたネクタイを毟り取りながら、上着ごとそのネクタイで首付近を締め上げていく。
「オラッ!近代繊維の丈夫さを舐めるなよ!!このネクタイだって8000円だ!!」
そして……
上着の中で藻掻いていた角ウサギは、徐々に動きが鈍くなり、ほどなくして静かになった。
のちに悠人は知ることになるが、通称「ハンターギルド」の下位ランクハンターが、食肉用という要望に応えるため、お小遣い目的で狩る魔物。
低ランク魔物の代名詞「ホーンラビット」1体に、大死闘を繰り広げた末の勝利である。
だが、悠人はそんなことを知るはずもない。
だからこそ、心の中で初戦闘の勝利に雄たけびを上げるのであった。
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