第2話 始まりは突然に

 謎のどんぐりにされた俺は、岩場に寄りかかって放心していた。


 とりあえず落ち着こうと、胸ポケットから電子タバコを取り出し咥え始める。


「うぐっ!? ゲホッ!! グホ……ッ!!」


 そうだ、自分で注文付けて若返ったのを忘れていた。


 確か鞄に鏡があったはずだが……。


 あーあ。


 こりゃ幼い。


 確かに、記憶にある13歳くらいの自分だ。


 本当に戻っている。


 はぁ……


 なんでこんなことになっているんだろうな。


 色々とマズいことはあり過ぎるが、まずは自分を13歳にしてしまったのが少々マズかった。


 腕を伸ばせば、丈の余ったワイシャツの袖口。


 明らかに少し前の俺より小さくなっている。


 たしか中一か中二の頃、急激に25cmくらい身長が伸びた時期があったはずだから……


 13歳はまだ大きく伸びる前だったか。


 ということは今140cmくらいか?


 あの交渉の場で、とっさにキャラ成長、育成のことが頭にチラついてしまった。


 身に着けている衣類のことは頭からすっぽ抜けていた。


 当然人間には寿命があるし、成長のピーク、身体を十全に動かせる時期というものがある。


 既に32歳だった時点で、若い頃よりも身体が動かなくなっていた。


 体力が落ちてきていることを感じていたわけだ。


 だからつい、ついつい、魔が差して、せめて1歳でも若くと欲張ってしまった……


 その結果がこのザマだ。


 かなりブカブカになった服はまだ良い。ズボンの裾だって折ればなんとかなる。


 しかし、この革靴は……マズいな。


 確かめてみると、指二本程度なら余裕で出し入れできるほどの隙間ができてしまっている。


 すっぽ抜けることはさすがに無いだろうが、全力疾走となると速度が落ちることは確実だろう。


 何かあって逃走する時の危険度が大きく上がってしまった。



 そして今いる現状。


 これもまたマズい。


 転移直後に周囲を確認して絶望した。


 明らかに、今いる場所は鬱蒼と生い茂る森の中である。


 あの少年が親切なら町のすぐ近くに、そこまでいかなくても街道沿いとか……


 もっと転移先には融通も利かせられただろうに、なぜスタート直後から大ピンチなんだ。


 これではどの方向へ向かえばいいのかも分からないし、水場も近くにある様子はなく、いきなりサバイバルゲームと化してしまっている。


 あのどんぐり頭が……!


 俺はRPG一筋で、サバイバルゲームはやったことがないんだよクソっ!



 そしてとどめのスキルである。


 結局強さに直結するような武器や防具も、死ににくくなりそうな加護の類も、破壊力抜群な攻撃スキル、危機を回避できそうな防御魔法や回復魔法、はたまた知恵と機転で応用が効きそうな特殊スキルも。


 何、一つ、貰えていないっ!!


 あるのは先ほどから視界の右端に、半透明ながら存在を主張している、小さな丸いマークだけである。


 たぶんこれがどんぐり頭が言っていた、ステータス画面の起動ボタンか何かなのだろう。



 むせるがそれでももったいないと、タバコを吸い続けながら考える。


 四の五の言っても始まらないし、とりあえず開いてみるか。


 指でなんとなく触るも反応が無いので、頭は動かさずに視点だけその丸いマークに集中する。


 すると―――


「うおっ!」


 思わず声が出てしまった。



 なぜビックリしたか?


 それは凄いからでは断じてない。


 いきなり視界がステータス画面で埋まったからだ。


 視界全てを塞ぐように、学生の頃にゲーム画面で見たような黒い背景、白文字でステータス画面が映っている。


 頭を横に振っても、立ち上がっても、その画面は一切ブレることなく視界に映ったまま。


 目を瞑っても表示され続けていた。


 そして大問題なのはこれだ。


 半透明化されていない。


 つまり、開いている間は外の視界が完全に塞がっているということである。


 こんな何が起こるか分からない場所で、見ること自体が危険な代物。


 たぶんあのどんぐり頭は本気で馬鹿なんだろう。絶対そうに決まっている。


 ただそれでも、今の段階で大事なのは情報だ。


 一度立ち上がり、周囲を確認。


 視界に入る範疇で、動物など襲ってきそうな生物がいる気配はない。


 ふぅ――……っと一呼吸。


 まずはザッと見てみようと、意識を丸いボタンに集中した。





 なるほど……


 左上に俺の名前。


 その下にレベルと経験値バーのようなもの。


 そのさらに下には魔力量の現在値と最大値、それに筋力や知力といった各能力値を数値化したものが表示されている。


 HPに類するものは無さそうだが――、ゲームではない現実世界ということなら納得するしかないんだろう。


 死ななきゃセーフ、死んだらアウトというやつだ。


 それと、なんだこれは? 職業?


 名前の横には「営業マン」と書かれているが、なぜこの世界で営業マンなのか。


 まったく意味が分からない。


 普通は戦闘系ジョブとかの職業名が載ると思うのだが?


 まぁ深く考えてもしょうがないし、これも"どんぐり頭が馬鹿だから"の一言で片づけておこう。


 そして、画面左下にある加護や称号の項目は、まぁ予想通りだな。


 何も記載がない。


 何もくれなかったんだから当然だ。


 そして右半分、というより画面の3分の2を占有しているのがスキル枠のようだ。


 時間を掛けられないのでズラーッと流して確認してみる。


 意識するとスキルのみ、上下にスクロールしてくれるところはちょっとだけ凄いのかもしれない。


 ふむふむ……【剣術】や【槍術】といった戦闘系スキルに、【火魔法】や【水魔法】といったお決まりの魔法系スキルは予想通りだな。あとはパッシブ系か? 【魔力自動回復量増加】なんてのもあるのと……【挑発】や【手加減】なんかの戦闘補助系に、【伐採】や【採掘】あたりは金稼ぎ用の生産系スキルなのだろう。


【歌唱】なんてフレーバー要素があるし、【鑑定】なんてぜひ欲しいところだし、【風属性耐性】とかかなり設定が細かいな! あっ! これ絶対【無詠唱】っぽい!!


 ……興奮してきたので一度止めて視界を戻そう。


 まず、流し読みして気付いたのが、スキルはかなり数が多い。


 もう一度だけ周囲を確認し、技能枠の最後までサラッと確認した内容を纏めるとこうなる。


 大別すれば物理戦闘系スキル、魔法系スキル、戦闘補助系スキル、常時発動パッシブ系スキル、ジョブやクリエイト系などの戦闘外スキル、最後に何も表示はされていないその他枠とあるようで、現在表示されているスキルだけでザっと100種類以上。


 おまけに一部のスキルは取得に制限があるっぽく、「???」という非表示状態になっているものも複数確認できる。


 制限解除は推測ではあるが、下位互換スキル、もしくは基礎となるスキルの取得あたりなのだろう。


 表示位置が【省略詠唱】-【???】と横並びになっている時点で、この【???】は省略詠唱の上位スキル――


【無詠唱】であることがなんとなく予想できるしね。


 また、その条件解除には、自分自身のレベル、各スキルレベルも関わってくるのかもしれない。


 少なくとも今表示されているスキルは『0/10』という表記と共に経験値バーのようなものがセットになっているので、全てではないかもしれないが、各スキルのレベルが10まであることを前提に考えた方が良いだろう。



 そしてかなり重要そうな部分として、技能項目の一番上に『0』と表示されている数字がある。


 これがたぶん『スキルポイント』なのだろうな。


 取得条件はよくあるパターンならキャラクター、今は俺自身のレベルアップか。


 あとは可能性としてありそうなのがクエスト系の報酬とか、特殊なアイテムの使用、どこかに大量の金をお布施するとか……


 色々と考えられるが、とりあえず今は0。


 見事に0である。


 ここら辺もひどい話だけど、初期ポイントなんて甘いものはないようで、すぐにスキルを取得することはできないという悲しい現実を確認することができた。


 普通5ポイントとか10ポイントくらい、最初にあったっていいだろうにね!



 ステータス画面内に地図表示があって現在位置を把握できたり、勝手に索敵なんかして表示してくれれば最高ではあったが、無いものねだりをしてもしょうがない。


 どんぐりの凄いという言葉に期待してしまった俺が馬鹿なだけである。


 結局はよくある普通のステータス画面と、スキルツリーに類似したような画面が見られるという、その程度の機能だったというだけの話だ。


 はぁ……


 念のため、初期ステータス値は手帳に書き記しておくか。



名前:間宮 悠人 <営業マン>


レベル:1

魔力量:10/10


筋力:8 

知力:9 

防御力:7 

魔法防御力:7

敏捷:7 

技術:6 

幸運:12 


加護:無し

称号:無し



 よし、っと!


 立ち止まっていてもしょうがない。


 まずはそうだな。


 高台を目指して周囲の状況と向かう方角の確認、そして生命線である水と火、寝床の確保を念頭に足を進めよう。



 こうして、なぜか強制的に職業<営業マン>の冒険は始まったのだった。

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