404話 聖と呪
人の、叡智…? あの『呪い』が、叡智……!?
先程から聖なる魔神メサイアの言動や行動の悉くに驚いていたさくら。しかし此度の彼女の台詞には、殊更に眉を顰めるしかなかった。
『人の叡智の結晶』―。メサイアは確かに、竜崎に身に残る呪いをそう評したのである。長きにわたりニアロンを、そして今は竜崎を苦しめる醜悪なる呪いを。
「あぁ違うのよさっちゃん! そんな深い意味はなくて、ただの『魔術的観点』からの憶測なんだから!」
さくらの唖然の表情を柔らかくするように、メサイアは彼女の頬をもみもみとほぐす。そして、もう少し詳しく説明を始めた。
「簡単に言うと、『聖魔術』と『呪魔術』の違いなんだけど…」
―と、そこで言葉を止めるメサイア。そして良い事を思いついたというように、控えていたマーサ達を示した。
「ちょうど、マーちゃんとシベちゃんが分かりやすいかしら! 正しくは、二人が教えている治癒魔術の違い!」
突然名を呼ばれたマーサ達はびっくり。そしてさくらもびっくり。マーサとシベルが教えている治癒魔術というのは…。
「マーちゃんは
さくら達に軽く確認するようなメサイアに、彼女達は頷く。その通りである。
マーサが教えているのは、祈りの詠唱をすることでメサイアの力を呼び出し、治癒をする聖魔術の一種。
対してシベルが教えているのは、回復の術式を連続詠唱することにより治癒をする、回復魔術。
双方、方式は違えど治癒の魔術。しかしメサイアが焦点を当てたのは、その『方式』の方で――。
「片や『魔神の加護』で、片や『人が紡ぎしもの』。大いなる力を借り受け用いる魔術と、大いなる力を用いず単独で象られた魔術―。似ているけども、結構違う。わかるかしら?」
離れているマーサ達を手の上に乗せるように見せながら、そう語るメサイア。確かに言われてみれば、である。彼女達のようにいがみ合うことは無いにせよ、その魔術の体系は正反対。
――ということは、魔神の加護たる聖魔術と、ニアロンの呪いが属する呪魔術の違いは……。
「聖魔術と呪魔術の違いも、その違いとほぼ同じ。前者がママの加護に対し、後者は『人の意思と技術の具現』。即ち、『叡智の結晶』なの」
メサイアのその説明に、さくらはなるほどと頷く。少し前のことを思い出し、納得できたからである。
ふと彼女は、自身の首元を触る。先の
食らったダメージを一定量肩代わりするそれは、竜崎達曰く『呪魔術』の産物。製造方法も呪いというに相応しく、特殊な材料に
また、相手の能力等を封じる封印魔術や、メストが使うような捕縛魔術というのも呪魔術の一種と聞いた。そこには確かに、魔神の力なぞ介入していないのだ。
過去から紡がれし、人の技術の結晶体。自らの意思を通すため、作り上げられた魔術。それが呪魔術の形。
――そして。今メサイアが言った通り、前に竜崎が口にしていた通り、聖魔術と呪魔術は近しいものでもある。なにせ双方、『祈り』の結実なのだから。
神へ祈るか、自力へ祈るか。それだけの違いな、近くて遠い、似た者同士。それこそが、聖と呪の関係性なのであろう。
とはいえ、それは術者の都合。使い手としては、人としては、その認識で良いのだろう。 しかし…その力の源である
「ママの力を使った代物、またはそこから派生したものならまだしも…。人が人の力だけで緻密に綿密に作り出した極致の魔術は、
ある程度ならママも勉強しているのだけどね…。と、息を吐くメサイア。そして、一つの結論を口にした。
「だから寧ろ、ママだからこそ消せないのかもしれない。 リュウちゃん達の呪いの根底へは、ママが魔神だからこそ、手出しできないのかもしれないの…」
――魔神と言えども、万能ではない。自らの手を離れ、完全に人の物となった魔術はもはや埒外の存在なのだろう。
大昔に作り出されたであろうニアロンの呪いも、それに該当する。メサイア達にとっては、理解不能で触れ得ざるもの―。彼女はそう明言したのである。
そんなメサイアは…自らの想いを託すような瞳を、ニアロンへ向けたのであった。
「あの呪いをなんとかできるのは、きっとニアちゃんだけなのかも、ね」
事実上の降参宣言。賢者を始めとした名だたる魔術士達に引き続き、魔神もこの有様。
竜崎達は既にそれを理解しているからか何も言わないが、さくらは少々おさまりが悪かった。故に、メサイアに問い返した。
「じゃあ…ニアロンさんの記憶が戻れば、呪いは解呪できるかも…?」
「そうね…。その時が来れば…―」
さくらの頭を撫でつつ、そう呟くメサイア。それ以上の言葉の先は口にしなかったが、その代わり、もうひとつ話し出した。
「話がちょっと戻っちゃうけど、『禁忌魔術』の一部も、ニアちゃんの呪い並みにわからないのよ。例えばほら、獣母の身体に付与されているのとか、動物をおかしくするあの『呪薬』とか」
そう語る彼女に合わせ、さくらは振り返る。既に討伐され腑分けすらされているのに、腐りもせず封印しかできない獣母の遺骸。小さなネズミすらも人のサイズほどまで巨大化狂暴化させる、謎の注射器に入った謎の薬。
これまた賢者達有識者が分析を試み続けていることであり、当然魔神達の知恵も借りているであろう物事。それでも未だ詳細不明ということは、やはり名の通り危険極まりない禁忌の代物。
そして、ひいては――。
「そんな危ない魔術の使い手である魔術士…
そう忠告を受け、さくらは少し迷いながらもとりあえず頷く。自分のせいで神具の鏡強奪などの被害を受けてしまったが故に心苦しいが…メサイアの意見は正しくはあるのだから。
――と、そこに口を挟んだ者が。それは…竜崎であった。
「メサイア。その件について、お願い事があるんだ」
改まった様子の竜崎に、メサイアはちょっと驚いた表情。しかし竜崎は彼女だけではなく、控えている魔神面々にも視線を移した。
「いや、この場に居る『魔神』たる皆に、どうか頼みたいことがある」
それを聞きイブリート達も顔を顰め、きょとんとさせ、引き締める。魔神達の視線が注がれる中、竜崎は頼み込むように、願いを口にした。
「さくらさんに、加護を与えてくれないか…―?」
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