403話 呪いの詳細


「キヨト、もう平気なの? もっと…」



「もう治ったよ、立ち眩みのようなものだから。 ありがとねアリシャ」



数回深呼吸を挟み、しっかりと立った竜崎。召喚していた高位精霊の分け身達も引っ込ませ召喚終了し、場は一段落。



「ったく…。色々と冷や冷やさせんだから!」



そんな竜崎の元へ歩み寄りながら愚痴を吐くはソフィア。そしておもむろに彼の服を掴み、剥くようにしてその腹部を覗き込んだ。



「よしよし! 元通りね!」



「言えば見せるっての…もう……」



呆れつつもされるがままの竜崎にヘッと笑顔を見せたソフィア。――すると、はたと思いついたように、とある疑念を口にした。



「でも…。本当に不思議な呪いよねぇ。『聖なる魔神』はおろか、魔神総がかりでも消すことができないんだもの」








「えぇそうなのよ! 流石ソフィちゃん、目の付け所がピッカイチ!」



その言葉に反応したのは、その聖なる魔神であるメサイア。彼女は竜崎とニアロンの背に回り、肩をぽんぽんと。



「今はリュウちゃんについてて、かつてはニアちゃんと共に封じられていたこの呪い、ホントにホントに奇妙なの。一応ママ、大抵の呪魔術ならば解呪できるのだけど……」



と、そこで話を一旦止めた彼女。そして、残念そうに続けた。



「これに関してだけは、魔神みーんなの力を借りてもちっちゃく封印するので精一杯。リュウちゃんニアちゃんには悪いのだけど…ママの限界なの」



ごめんなさいね、と悲しそうな手振りを見せるメサイア。魔神と謳われる存在であろうとも、完全なる対処は不可能な呪いらしい。



「ううん、充分だよ。ありがとうメサイア。おかげで私もニアロンも安心して過ごせるんだから」



―確かにな。お前が封印をしてくれてなければ、もっと肩身の狭い思いをしてるんだろうし―



頭上の彼女を見上げつつ、礼を述べる竜崎とニアロン。メサイアは満面の笑みを浮かべ、二人をわしゃわしゃと撫でだした。



「2人共良い子になっちゃって! 前来た時もだったけど~♪」



嬉しそうな彼女。ふと、手は止めぬままに賢者へと顔を向けた。



「けどけど、ミルちゃん! ママがリュウちゃんに施した封印は、ちょっとやそっとの解放魔術なんて弾くはずだったの。例えお腹をぐちゃぐちゃにされてようとも。 ということは……」



「十中八九、禁忌魔術の系譜じゃろうな。 まあ言い換えれば、『そうとしか考えられん』という意味じゃが」



メサイアの問いにそう答えた賢者ミルスパール。するとこれ幸いとばかりに別の質問を返した。



「そうじゃ、ワシも少し聞きたいことがあったでな。なに、ちょっとした興味じゃが…。前にワシらがリュウザキの呪いを封印しに来た時、先のような『呪いの残滓』はあったのかの?」







「えーと…そうねぇ」



竜崎達を撫でるのをいったん止め、少し考えるメサイア。しかし数秒後には…。



「なかったわ! きっと、呪いの解放され方と鎮まり方が違うからね!」



と、回答を。確かに今回の呪いの収束方法はいわば『無理やり』であった。それに対して前回…即ち竜崎が初めて呪いを受けた際は、竜崎の自力によって勝手に収束した形らしい。



その差こそが、残滓発生の有無に繋がったというのがメサイアの見解な様子。つまり、竜崎が呪いを耐え切ればそんなものが発生しなかったという事でもあるかもしれないが…。



あの状況では、その前に死ぬ可能性の方が高かったであろう。いや、竜崎は自殺をすることより、自らの肉体を呪殺兵器と化そうとしていたのだ。



それと比べれば、メサイアによって安全な治療ができる程度に収まった今の方がどう考えても良いに決まっている。改めてそう安堵の息を吐くさくらであったが…。




――ふと、彼女の中に一つ気になることが生まれる。いや、それは前から思っていた疑問の再燃ではあるが…。ともかく、さくらはおずおずながら手を挙げた。




「ということはやっぱり…竜崎さんの、ニアロンさんの呪いって、禁忌魔術なんですか?」









未だに詳細不明な、彼の呪い。その秘密を聞くには、魔神が勢揃いしているこの場が最大のチャンス。そう踏んださくらに対し、メサイアは賢者達に目で承諾を得た後に、申し訳なさそうに答えた。



「それがね~。そこがかなり難しいの。正確には『禁忌魔術であり、禁忌魔術でない』というべきかしら」







「へ…?」



よく要領を得ない回答に、さくらは首を捻る。するとメサイアはふわりと飛びさくらの元へ。そして竜崎にやっていたように背へ周り、肩をぽんぽんと。



「そもそも禁忌魔術とされているのは、『仕組みがほとんど不明な、古代に作られた術式』のこと。そして大体は何かしらの『生贄』を必要とするの。人などの『生物の命』や、それに準ずるものを」



メサイアの説明を聞き、さくらはコクリと頷く。なにせ、今までそれを幾つも見て聞いてきたのだから。



幾千幾万もの命を犠牲に稼働する『獣母』、生物の血によって発動した天候悪変魔術、先代魔王軍信奉者達の身を代償に生成された超巨大竜巻、そして……竜崎が魔術士ナナシ達との戦いで用いた、自らの血を用いた『禁忌の精霊術』。



メサイアは軽く言葉を濁したが、『準ずるもの』が示すのはそれであろう。理解しているさくらを確認し、彼女は更に話を続ける。



「リュウちゃんニアちゃんの呪いには、僅かながら禁忌魔術式らしきものも窺えるの。ただ、大半はどんな代物か読み取ることすらできない。…けど、命を消費するのは確か」



ここまで聞くと、まさしく禁忌魔術でしょ? と、メサイアはさくらを撫でながら伝える。―が、そこでちょっと言葉の雰囲気を変え…。



「だというのに、通常の治癒魔術はある程度効くのよ。そうよね、マーちゃんシベちゃん?」





問われたマーサとシベルは、迷うことなく頷く。 確かにおかしな話である。いくらニアロンや賢者達が補助していたとはいえ、謎の呪い自体やそれに蝕まれている身体を普通に治すことができるのだから。



勿論、通常の魔術が効かないという道理はない。かつての超巨大竜巻だって、魔術製の暴風の塊を打ち込むことで相殺、昇華したのだから。



ただし、あれはあくまで物理的な対処。魔術式自体にぶつけたわけではない。 ――だが、今回は違う。呪紋から全身へ伸びたは、それそのものが魔術式のようなものなのだ。



しかも聖なる魔神達ですら消すことは不可能で、強固な封印を施すことしかできないという特殊な呪い。だというのに、呪いの侵蝕妨害や症状緩和、治療や仮封印程度ならばマーサやシベルのような通常魔術の使い手でもできるのである。



詳細不明なはずなのに、大昔に作られたはずなのに、禁忌の産物であろうのに、それが出来るのはこれ如何に。



だからこそ――。





「不思議不可思議、へんてこ呪い。ママも頭がこんがらがっちゃってるの…」



――さくらの頭にぺちょんと倒れるように、内心を吐露するメサイア。しかし、その答えではさくらは納得しないと考えたのか……メサイアは少し悩むようにして、とある一言を口にした。




「…だから、そうね。ママが言えることは一つだけ。あの呪いの禁忌は…ある意味の『人の叡智の結晶』なのかも」


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