銀鼠、白練、海碧

淡朽 不言

プロローグ


 狭い室内に響き渡る赤の警告音。


 燃え上がるように光り輝く数々のランプ。

 徐々に数字を落としていくメーター。

 引き上げようにも機嫌を損ねてしまった操縦桿そうじゅうかん


 何もかもが主人あるじの言う事を聞かず、好き勝手に各々の「現実」を叩きつけてくる。


 この室内に在る全てが、己の役目に辟易としながら、

 主張し合い、

 反発し合い、

 連鎖し合って、

 加速度的に破滅へと向かおうとしている。

 まるで、怠惰と傲慢を司る悪魔に取り憑かれたかのように。


 ぞくり

 背筋を走る嫌な予感に呼応して、全身の毛が逆立つ。

 先程から額を流れる汗が煩わしくて仕方がない。


 自身を囲んでいたはずの天色は、いつの間にか錫色へとその身を翻した。

 水蒸気の塊が視界を遮る。


 目に映る全てによって紡ぎだされた未来予想図を正確に捉えた脳が、

 無邪気な幼少期から現在に至るまでの映像を、好き勝手に網膜へ投影する。


 いつまでも鳴り止まないアラート。

 不快な赤が、集中力を掻き乱す。


 唐突な天啓が、脳髄を駆け巡った。


 ―そうか。ここで死ぬのか。


 どうせ死ぬのなら、己の愛する恋人と共に墜ちたかった。


 水に溶かした絵の具のように、諦めが心を緩やかに染め上げる。

 操縦桿を握る手が徐々にひらいていく。


 ―いっそ、瞼を閉じてしまおうか。何も見ずに、済むように。


 残月を思わせる白銀の虹彩が瞼の奥へと隠れようとしたその刹那。


 鈍いしろかねが、光り輝く紺碧に塗り替えられた。

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