雷園寺家の家庭事情
「……雷園寺君。あなたの言動は不適切だったと断言いたしますわ」
咳払いの後に、紅藤ははっきりと言い放った。
「島崎君の化身を見抜けずに普通のウェイトレスだと思って捕まえたという事ですが、そもそもその行為自体が問題なのよ。生誕祭と言えども仕事の一環でもある訳だし、ウェイターやウェイトレスたちは、あなた達に絡まれるのが仕事ではないわ。
もちろん、仮にあなたが島崎君と解って絡んだとしても、問題行動である事には変わりませんが」
結局のところ、紅藤は雷園寺雪羽に非があると断定してくれるようだ。そう思っていると、隣に控える萩尾丸がニヤニヤしながら言い添えた。
「どっちにしろギルティ判定は避けられないって事だよ、雷園寺君」
萩尾丸の言葉を受け、雪羽がぶるっと痙攣するのを源吾郎は見た。だがそんな妖怪少年の言動など気にせずに萩尾丸は続ける。
「しかもさ、君は事もあろうに第二幹部の秘蔵っ子たる島崎君の事を変態呼ばわりしたんだよ。それって島崎君の事を侮辱したって事になるよね。あーあ、自分から罪を重ねていくなんて。口は禍の元とはよく言ったものさ」
軽いノリで言っているものの、萩尾丸の言葉には説得力しかなかった。炎上トークを巧みに操る彼だからこその言であるとも言えるだろう。
ついでに言えば、
「……やっぱり、雷園寺家の跡取りだとか何とかって言って、甘やかされているからなんですよ。その報いを受ける時が来たってやつですね」
――紅藤や萩尾丸の言葉にある意味元気づけられ、源吾郎はしばし緊張していたのを忘れていた。だからこそ、雪羽に対する当てつけめいた言葉が出てきたのだ。
「それは違うぞ島崎源吾郎」
源吾郎の呟きを拾い取ったのは、雪羽の叔父である三國だった。声音は割合落ち着いたものだったが、静かな怒りを源吾郎はひしひしと感じた。
「甘やかされて育てられた事を糾弾されるのはむしろお前の方であり、お前ごときに雪羽の生い立ちを糾弾する資格はないんだ。何の愁いもなく実の両親の許で育ったお前にはな」
三國の主張に源吾郎は目を白黒させた。確かに自分がお坊ちゃま育ちである自覚はあるにはある。人間との混血と言えども玉藻御前の血統である為に貴族と見做される事もまだ解る。
しかし、甘やかされているという論拠として提示した三國の言葉に引っかかるものがあった。
違和感を覚え、しかしどうすれば良いのか解らないでいるうちにも、三國の言葉は続いた。
「いずれ両親のどちらかがいなくなるだとか、直截的に引き離されるのではないかという心配を抱いた事はお前にはあるか。親族から疎まれ、あまつさえ生命を狙われた経験がお前にはあるか。謂れのない事で他の兄弟や親族ばかりが尊ばれ、ないがしろにされた事がお前にあるか。
――どれもお前には当てはまらないだろう。それなら何故雪羽を甘やかしているなどと断定できるんだ?」
「う……」
源吾郎の喉から意味のない音が漏れる。三國に反駁するつもりはない。というよりも色々な考えが源吾郎の脳裏で巡り、それを処理するので精いっぱいだった。
はじめのうち、雷園寺雪羽の事は跡取りの癖に躾の悪い悪たれ小僧だと無邪気に思っていた。叔父であるはずの三國が跡取りである事を強調していたからなおの事。
しかし三國のこの怒涛の主張を耳にするまでに、引っかかる発言は幾つかあった。灰高は三國が雪羽を養っている理由について揶揄していたが、その時も感情をあらわにしていたではないか。
そもそも、跡取り息子というのが別の組織に属する叔父の許に身を寄せているというのも不自然だ。修行の一環で実家を離れる事はあるだろうが、三國の態度からして雪羽を稽古づけている感じでもなかったし。
「三國さん。ここはひとまず雪羽君の境遇についてお話してはいかが? 島崎君はともかくとして、私たちも込み入った事は知らないし」
「……言われなくても話すつもりです」
第五幹部・紫苑の落ち着いた様子の提案に対し、三國は即答する。
「まぁ皆さんもご存じの通り、雪羽は俺の甥にあたります。雷園寺家に婿入りした兄の長男ですからね。
雪羽が雷園寺家の次期当主である事は事実でしたし、その事実は揺るがないと俺は信じています。雪羽の母親は三十年前まで雷園寺家の当主でした。当主の息子であり、尚且つ兄妹たちの中でも力のある雪羽が当主候補になったのは当然の流れです」
血統を誇る妖怪たちの世襲制度は、人間のそれと若干異なっている。人間の場合は長男や息子が優先的に跡継ぎになるらしいが、妖怪の場合は第一子かもっとも強い仔が跡継ぎになるのがセオリーらしい。
とはいえ、無用な争いを避けるために第一子を跡継ぎとして育てる事が珍しくないが。従って雪羽の母が当主だったのも彼女が強かったからであり、雪羽もまた強かったから跡取りと見做されているのだろう。
「しかし三十年ほど前に、
先代当主の喪が明けきらぬうちに、兄は再婚しました。再婚させられたと言った方が正しいでしょうね。相手は雷園寺家の分家の女で、雪羽の母親とは遠縁にあたる存在だったのです。分家と言えども本家に出入りしていて、兄や義姉とも面識があったみたいなんですがね。
ともあれ
雪羽は当主候補でしたが、雷園寺家を出るほかなかったのです。雪羽だけが、兄妹たちの中で突出した力の持ち主でしたからね。あの女は先妻の仔であり、才能にも恵まれた雪羽の事を疎んでいました。それどころか、初めから当主の座を狙っていたという噂さえありますからね」
三國が息継ぎをし、一旦身の上話を中断する。源吾郎は何とも言えない表情を浮かべていた。以前会ったはとこの雪九郎も込み入った家庭事情の持ち主だったが、今回の案件はそれ以上だろう。実母の死と父親の再婚だけでも子供にとっては相当なストレスだ。しかも継母が実母の親族でしかも自分を疎んでいるとは……昼ドラを通り越してドロドロミステリーの世界の話のようだ。
「結局のところ、当主である兄が息子である雪羽を雷園寺家から追い出した事でどうにか落ち着いたのです。追い出したのが兄の本心だとは思いたくないですが、兄の状況ではそうするほかなかったのでしょう。兄は当主として雷園寺家の頂点にいますが、入り婿であり次期当主のつなぎなので、実際の肩書ほどの発言権は無いのです」
それとですね。三國は臆せず灰高を一瞬睨んだ。
「雪羽の面倒を見るにあたり、兄から養育費を貰っている事は事実です。しかし、養育費欲しさに雪羽を養っているという考えは純然たる間違いですからね。
確かに律義な兄は俺に養育費と称して毎月お金を渡してくれますが、実質的には寸志や心づけみたいな金額なのです。それは兄がケチだからではありません。やはり仕方のない事なのです。先程申し上げた通り、兄は自由が利かぬ立場です。追放した息子を支援しているとあいつらに悟られないように動く事しかできないのですよ。
それにですね、兄からの養育費とやらが貰えなくなった途端に、雪羽を外に放り出すような輩だとこの俺の事を思っておいでなのですか……?」
三國の主張を聞きながら、源吾郎は半ば安堵していた。三國がむやみやたらと雪羽の事を庇いだてするのは良い事とは言えないが、そう言った言動の根底にあるのが打算ではなく愛情であると知ったためであった。
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