弱小妖怪の処世術
昼休憩を挟んで以降の源吾郎の働きぶりについて、特段注目すべきポイントは無かった。幹部陣と重臣たちは精力的に飲食を続け、スタッフたちが少なくなった料理を補充したりオーダーのあった飲み物を運んだりする。ただそれだけである。
ウェイトレスとして働くのは源吾郎にとって初めての事だったが、段々とコツが掴めたのではないかと思い始めていた。まぁ単に運ぶ時に焦らなくなっただとか、休憩のタイミングを上手くはかる事が出来るようになったとかその程度の話であるが。
宮坂京子自身は新顔であったが、スタッフたちを監督するマネージャーとか職人気質なコックなどへの覚えは良かった。暇さえあればあれこれ噂話に花を咲かせるスタッフたちと異なり、無口で黙々と働く宮坂京子は真面目に見えたのかもしれない。
実体としては、正体がバレないかドキドキしながら働いていただけに過ぎないのだけど。
※
「おしっ。生ビール二つ用意したぞ」
コックの言葉に反応し、源吾郎はなみなみと注がれた生ビールを運ぼうとした。だがすぐ傍に控えていた鳥妖怪の青年が、半ばひったくるような形でビールジョッキを二つとも手にしてしまったのだ。
「生ビールは
呆然とする源吾郎に対し、ジョッキを持った若者は軽やかな声音で告げた。三國の名だけは知っている。雉鶏精一派の第八幹部であり、種族は確か雷獣だったはずだ。八頭衆の中では末席であり年齢も百五十歳程度と若輩であるのだが、伸びしろがあり過ぎるという所である意味侮れない存在であると、前に萩尾丸から聞いた事があった。
「三國様自体はまぁ大人しいんだけど、生誕祭にはほぼほぼ甥の
鳥妖怪の若者は低い声で言い切り、うっそりと笑った。エプロンのデザインから、彼は雉鶏精一派に属する妖怪であると源吾郎は気付いた。
「もうそろそろお酒も入っている頃だから、雪羽殿の近辺に食事や料理を運ぶのは鳥妖怪とか獣妖怪だったらオスだけにしておくとか、そうしておかないと変なトラブルが発生しかねないからね。
雪羽殿は酒癖が悪いのにお酒好きなんだ。酔えば手当たり次第に獣妖怪のメスに絡もうとするし」
「それは……何とも……」
源吾郎は全ては言い切らず、言い澱み唇を噛んだ。顔も知らぬ雪羽に対して腹立たしさがこみ上げてきたのだ。酒に酔う愉しみを源吾郎は知らないが、酔いつぶれて女に絡むなどとは言語道断だ。
鳥妖怪の若者の表情がわずかに変化した。どうやら顔に表情が出てしまっていたようだ。源吾郎は一人の男として雪羽に対して怒りの念を抱いていた。もっとも、そう言った事は鳥妖怪の若者には窺い知れぬものであろう。何せ今の源吾郎は、宮坂京子という妖狐の少女としてそこにいるのだから。
「ま、僕もバイトリーダーから教えて貰った事なんだけどね。くれぐれも気を付けてね」
鳥妖怪の若者はそういうなり、そそくさとビールジョッキを持ったままテーブルへと向かっていった。
――鳥妖怪は哺乳類妖怪を見下している。バイトリーダーという言葉から連想したのか、源吾郎は昼休みに聞いた米田さんの言葉を思い出していた。
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