玉藻御前をかたる者
妖怪の社会は実力主義である一方、誰の子孫であるのかという点も重要視される。妖力や妖気は子に遺伝するためだ。先祖に大妖怪がいればその子孫も大妖怪であったりその素質があるというのは、妖怪たちの間ではよく知られた話である。
一方、普通の妖怪が名を上げる方法は大きく分けて二つだ。一つは地道に力を蓄えて実力者と見做されるように研鑽する事。そしてもう一つが、大妖怪の子孫を自称する事である。
大妖怪の子孫を自称する。周囲の妖怪から一目を置かれる事だけを見れば、最も手軽で手っ取り早い方法である。しかし一方でリスキーな言動である事もまた事実である。大本の大妖怪の側からしてみれば、自分とは縁もゆかりのない野良妖怪雑魚妖怪が自分の眷属であると勝手に喧伝するのだ。面白くないと思うものがいても当然の話だ。
従って大妖怪たちはおのれの血統を騙る手合いに対して独自に対応をしているのだ。その内容は多岐に渡り、問答無用で誅殺する場合もあれば、眷属として迎え入れる場合もある。もっとも、誅殺や拷問などと言う強硬手段を取る大妖怪の場合、野良妖怪たちもそれを恐れておいそれと血縁であるなどと言いだしたりはしないのだが。
偽物の縁者に対して様々な対応を取る大妖怪たちの中で、玉藻御前の子孫たちはどのように対応しているのか。基本的には何もしない。これが基本体制である。その基本体制がいつどのように出来たのか源吾郎には解らない。祖母の白銀御前が打ち立てたのかもしれないし、母や叔父たちが考えたのかもしれない。
一見すると穏健で寛大な処置に見えるかもしれないが、何も白銀御前やその子孫たちが思いやりに満ち溢れているからそのような結果に至った訳でもない。
玉藻御前の末裔は、望む望まぬを別として多くの妖怪から注目され、その動向を探られる運命にある。しかし玉藻御前の末裔を騙る者が大勢いれば、自分たちに向けられる注意も分散されるのではないか……白銀御前や源吾郎の母たちはそのように考えたのだそうだ。以来、玉藻御前の子孫を無断で騙る輩が出てもそれを放置し、好きなようにさせるというスタンスが発生した。もちろんこちらに襲い掛かってくれば抵抗はするが、そうでなければこちらから無闇に彼らを弾圧したり殺傷するのはご法度であるという暗黙のルールを、玉藻御前の子孫たちは護り続けていた。そんなわけであるから、白銀御前を始めとした玉藻御前の縁者たちは自分の親族を騙る偽者に対してはほとんど無関心だった。
もっとも、玉藻御前の血を誇りに思う源吾郎は、消極的とも投げやりとも取れる親族たちの態度を面白く思ってはいないのだが。
ゆくゆくは実力を持って相当強くなったら、玉藻御前の血統を騙る輩に相応の対応をしようと思っている。具体的な対応内容は特に決まっていない。一族の中での発言権が大きくなってから、どう対応しようか考えている所でもある。
※
源吾郎は米田さんをまじまじと見つめていた。実は玉藻御前の末裔を騙る者を間近で見たのは彼女が初めてではない。萩尾丸の部下たちにの中にも、玉藻御前の末裔を騙る妖狐は複数名存在していたからだ。
源吾郎自身は玉藻御前の末裔を騙る不届き者の事は好いていないが……その考えが揺らいでいるのを感じていた。その揺らぎは数か月前から始まっていたのだが、堂々とした振る舞いの米田さんを見ていると、一層揺らぎが強まった気がしたのだ。
別に美味しそうなおかずを分けて貰ったからだとか、そういう即物的な意味ではない。
「玉藻御前の末裔、ですか……」
源吾郎の口からは、間延びしたような声がまろび出ていた。特に演出に頼らない物言いだったが、宮坂京子の間抜けぶりを遺憾なく発揮した直後だから向こうも違和感を抱いてはいないようだ。
それに米田さんを見ていると、玉藻御前の末裔を騙るのに十分な素質があるようにさえ思えてきた。金髪をなびかせているので金毛の持ち主だろうし、気が強そうに思えたその顔つきも悪くはない。
「やっぱり気になるの?」
「ええ、そりゃあもちろんです」
そう言って頷く源吾郎の仕草もやはり嘘偽りは無かった。良い機会なのかもしれない。源吾郎は密かに思っていた。今までも確かに玉藻御前の末裔を騙る妖狐たちを見てきたし、彼らの言動も耳にした。しかし、彼らが何を思ってその肩書を選んだのか、本質的なところは未だに知らなかった。それも無理からぬ話なのだが。
「ええと、その……玉藻御前の末裔を名乗る事でのメリットとか、逆にしんどい事とかあるのかなって思ったんです」
源吾郎は慎重に言葉を選び、自分が疑問に思っている事を米田さんにぶつけた。彼女が実は玉藻御前の末裔などではない事は見抜いている。しかしそれを悟られれば逆に自分の正体がばれてしまうかもしれない。そのように思っていたのだ。
「玉藻御前の末裔ねぇ……」
米田さんははっきりとした声で呟き、視線を空のトレイにさまよわせていた。今ならば玉藻御前の末裔を騙る者たちの本音を聞き出せると、源吾郎は宮坂京子として思っていた。何せ宮坂京子は普通の一般妖なのだから。
あくまでも私個人の話だけど、と前置きをしたうえで米田さんは源吾郎に視線を戻した。
「やっぱり仕事面では結構メリットは大きいかな。玉藻御前の末裔って名乗ったら、普通の野狐とは一味も二味も違うって、雇い主もお客も思うもの……もちろん、他にもライバルが多いから、名乗っているだけで満足してたら埋もれてしまうわ」
今はこうして短期バイトに精を出す米田さんであるが、術者をサポートし時に荒事を担う使い魔稼業が本業であるらしい。しかも敢えてパートタイム制で契約をしているので、稼ぎの良さそうな仕事があれば本業とは別にこうして掛け持ちしているのだそうだ。ちなみに、この雉鶏精一派の生誕祭でのバイトも、かれこれ二、三十回目なのだという。
米田さんによると、玉藻御前の末裔を騙っている事で、術者にあらぬ疑念をかけられて襲撃されるような事は無いそうだ。実際に人間に対して悪事を働くのであれば話は別であるが、玉藻御前の末裔と名乗る事そのものには罪が無いというのが術者たちの判断であるらしい。それどころか、玉藻御前の末裔を使い魔にしたり、協力関係にあるとした方が向こうにとってもメリットは大きいようだ。
ネームバリューが評価や評判を左右するのは、人間の世界でも同じ事なのだ。
「後はまぁ、関西圏だと稲荷の眷属から警戒されるとか、無闇に大妖怪の勢力に注目されちゃうとか、その辺が厄介な所かもね。
まぁでも、関東だったら玉藻御前の末裔って言ってても稲荷の眷属にはなれるみたいだし、そもそも私は稲荷の眷属とかああいう堅っ苦しいのは興味ないから別に問題ないんだけど。
大妖怪とかの勢力に目ぇ付けられるって言うのも、それはそれで有名税みたいなもので、その分実力があるって事かもしれないし……」
「そういう、事なんですね……」
源吾郎は感慨深く呟いていた。玉藻御前の末裔と騙る手合いは、勢いに便乗しているだけの輩なのだとさっきまで思っていた。しかし米田さんの話を聞くだに、彼らにも彼らなりの苦労があるみたいだ。米田さんは多くを語らなかったが、源吾郎はそのように解釈していたのだ。
「玉藻御前の末裔で思い出したけれど。雉鶏精一派の幹部の一人が本当の玉藻御前の末裔を配下にしたって事で今年は大騒ぎになっていたわね。この生誕祭も本当はそいつが出席するって事になってたし。もっとも、急な体調不良か何かで欠席みたいだけどね」
話題が先程とはわずかに変化した。今までは偽者の玉藻御前の末裔の話だったのだが、今は雉鶏精一派に所属する、本物の方の玉藻御前の末裔の話になっているではないか。
「大分と噂になってましたね」
「あ、宮坂さんも気になるのね? やっぱり妖狐界の大貴族・玉藻御前の子孫ってどんな奴なのか、妖狐だったら気になる子もいるわよね。しかも、まだ子供みたいなものなのに、妖力だけは一人前以上だって言われているみたいだし」
「……どう思っているんですか、米田、さん」
米田さんを見据え、宮坂京子は静かに問いかけた。特段内気な娘を演出したわけではなかったが、緊張しているせいでたどたどしい物言いになってしまった。
唐突で言葉足らずな問いかけだったが、米田さんはきちんと相手の意図をくみ取ってくれたらしい。ほのかに浮かぶその笑みには、大人としての余裕に満ち満ちていた。
「どうもこうも、皆浮足立ってるなって思うくらいよ。若い子たちは好き勝手噂しているみたいだけど、その噂も全部が全部本当とも限らないでしょうし。それどころかむしろ――特段騒ぎ立てるような所の見当たらない、却って凡庸な妖狐なのかもしれないなんて思っちゃうんだけどね。
まぁ、変わり者で鳥妖怪な雉鶏精一派の最高幹部に四か月とはいえ仕え続けているのは凄いんじゃないかしら。鳥妖怪ってうちらみたいな哺乳類妖怪を見下している節もあるし、そうでなくてもあの組織の幹部は曲者揃いって話だし……」
「そ、そうなんですね……」
割合淡々と説明してくれる米田さんに対して笑いかけてみたが、頬が引きつって上手く笑みを作る事が出来なかった。
米田さんの島崎源吾郎に対する評価はほぼほぼ中立に近い。しかし彼女の放った凡庸という言葉が、源吾郎の心をざわつかせた。
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