グリムレッド

Kelma

第1話 プロローグ

 ――約八〇〇年前、ルガルリア歴九一七年にフランヌ王国に月の光と共に少年少女数十名が異界から来訪した。当時フランヌ王国の君主であったシー・クシル王は唯一神『ひかりきみ』が遣わした勇者だと思い、少年少女達を城へと迎え入れた。

 シー・クシル王は少年少女達を唯一神が遣わした勇者を称え、英雄として祭り上げられ彼等を国内外へと公表した。勇者達は異界の知恵と技術と恩恵をフランヌ王国に与え、王国の懐を潤わせた。だが、それは勇者達の自己顕示エゴを助長とさせ滅びるまでの始まりでしかなかった。

 空を我が物顔で鳥のように宙へ浮かぶ舟。地を疾走し馬よりも速くそして牛よりも力強く重い鋼鉄の車。湧水が無限に捻るだけで溢れてくる魔法の井戸。松明よりも明るくまるで昼変わらない灯りを照らす小さな雷。筒から青い煙を吐き出す片手で撃てる砲。独りでに動き出く鉄の滑車。

 その他にも生活の利となる、どの国の力も勝らない力をシー・クシル王とフランヌ王国を与えた。勇者は富を、名声を、女を、男を。魔法という力をねじ伏せ、人と異なる姿態したいの種族を隷属として家畜の如く使役し、この世である我々のことわりをねじ曲げ、いつしか私利私欲の傲慢な存在に堕落転落しシー・クシル王を王座から引き下ろし奪い、国を酒池肉林と化し国税で栄耀栄華えいようえいがに暮らし長夜の飲で王国を傾けた。

 暗黒の王国時代、異黒いぐろの支配の代、異界の悪神達の襲来、光の君の世を汚す紛い異物。口々に勇者達の悪評、悪名は風の噂となり唯一神である光の君が地に降り立つ事態にまで発展した。

 勇者達に乗っ取られたフランヌ王国はもう王国と呼べるものではなかった。一言で勇者達が暮らしていたであろう異界の再現又は光の君達が暮らす世界とは異なる文明を模した高度建造物が鎮座。灰色飲み干す泥を固め鋼鉄の車が大砲を積み走る。かつて国民の広場だった場所には円い柱が建ち。家々は取り壊され建造物の礎へと。城は宙に浮かび勇者達の拠点と化した。

 勇者達は光の君を旧き憐れな無能と罵り、自分達を新たなる理の制定者と名乗り始め、異を唱え自分達に叛き光の君へ逃れる者を狩人の如く詠唱を唱えない粗末で抑えが効かない魔法を雨のように降らした。勇者と名乗る野蛮な獣が本性を現したのだった。

 光求め闇恐れる人間ひとが、森の民エルフが、獣の力と姿を有するファーリィ、光の君と敵対してたはずの魔族、光の君の代弁者である天使達が、天と地の始まりを知るフェアリーが、そして上位の天使や魔族に匹敵する種族アジンが勇者を敵と見なした。

 諸悪と判断。排斥の対処。異界の不純な異物。生きた汚物。不浄の者。理の破壊者。勇敢を履き違える愚か者。

 光の君の連合と異界の勇者愚者の衝突は大いなる戦となり、聖戦として切って落とされた。

 鋼鉄の車排は矢を弾きエルフやフェアリーを轢き殺す。

 宙へ浮かぶ舟に追尾する投擲機を載せ天使や魔族を吊り下げる。

 詠唱を無駄とし抑えなし魔法というには大雑把なそれと理を無視し汚れた剣技と呼べる技で人間とファーリィ、アジンをなぎ払う。

 家畜とし扱われる捕虜同然となってしまった隷属は一糸纏わぬ姿にされ発散は捌け口にされ恥辱と屈辱を勇者達に味あわされた。

 戦況は残酷にも勇者達に運命は、運命さえも異界の勇者達にご都合な肩入れをした。だが、時代に習い繁栄し栄華を極めれば終焉も必要にやって来る。運命という恋人が勇者達を見捨てる時期来た

 ホライゾン、ある勇者が高等戦術魔法であるを放とうとした瞬間、突如としてそれは終焉の合図だった。

 放てば白黒の光球が炸裂し、あっという間に光の君の軍勢は消えてしまうその魔法。だが皮肉な事にこれが最終局面となった。

 ホライゾンという白黒の光球が膨張してしまう。詠唱という枷を掛けず魔法の暴走を引き起こしてしまった。軍勢は逃げる。不味い気が感じ、隷属の仲間を見捨てる形で逃げる。

 後を追って来る勇者、冷静を欠く勇者、打破しようとする勇者、抑えつけようとする勇者達が、今まで優位に立っていた勇者達がそこにいた。いたはずだった。

 ぐんぐん、ぐんぐん、ぐんぐん、と膨張を続ける光球ホライゾン。そして光玉は真っ白な太陽を作り出し勇者を、隷属を、フランヌの国民を、人間を、エルフを、ファーリィを、魔族を、天使を、フェアリーを、アジンを、そして光の君も飲み込み、火山の大噴火が幼く思える程の轟音と爆発と多くの多くの戦士とそうでない者を関係なしに白い悪夢に引きずり込み大勢を黒い楽園へと無慈悲に連れていった。

 僅かに残った指先で数えられる程の生き証人を残して――。

 ――ぱたん。静まり返る部屋に本を閉じる音が響き渡る。

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