優しすぎるあなたへのレクイエム
猫長
【プロローグ】夏の思い出はイチゴ味!
これは遠い記憶。とある夏の記憶。
空では大きな花が轟々と鳴り響きながら真っ黒な夜空に刺激的な輝きを与える。そんな誰もが注目する景色が空一面に彩られている中、少女は一人下を向いて泣いていた。
「こわいよ‥・だれか」
その声は、空に出現しては消えてまた出現する光の放つ音、それに加え、周りにいる大勢の人間の楽しそうな声により完膚なきまでに掻き消されていた。
そもそも、周りにいる人たちは空を眺めており、この少女に気づいてすらいなかった。否、数人は気づいていた。しかしその全てが見なかったふりをしているのだ。
周りには見知らぬ大人や同じくらいの子供、身長のせいもあり見渡せない景色があり、自分のか細い声では誰の耳にも届かない悪環境が少女の心を寂しさと恐怖で塗り固めるで縛る。
「ぐすっ‥おかあさん、おとうさん」
消え入るような声で泣く少女に周りは無反応。そしてその中には少女の呟いた両親も含まれていた。厳密に言えば両親はこの場にはいない、いるのは本当に知らない人たちだけで、少女と一緒にいたであろう人はこの場にはいなかった。
ーー少女は迷子になっている。
これが少女の今の現状であり、周りの誰も関わろうとしない理由だった。
いったいこの世界のどれだけの人が迷子になった子供に手を差し伸べるのか。少なくともこの少女の住む日本という国ではほんのひと握りだろう。ショッピングモールや遊園地、水族館や動物園など子供が集まる場所では日常茶飯事で迷子が発生する。
迷子になる子供は決して悪くない、子どもは無邪気で動き回りたくなる性分なのだ。非があるのは子から目を離した保護者にあるだろう。
しかし親は自分の子が迷子になったら心配し必死に探す。だが周りはどうだ、大半の人は親と離れ、明らかに孤立している子供を見かけても心配はするが目を逸らして見なかったふりをする人がほとんどだ。
そんな無責任な大人達がこの少女の周りを取り巻いている。
自分は関係ない、他の誰かが声をかけるだろうと人任せにして空に咲き乱れる花火に視線を戻す大人たち。そうして誰も声をかけない状況がしばらく続き少女がより一層泣きそうになっていたその時、
「どうしたの、大丈夫?」
ふと、少女が顔を上げるとそこには自分より数センチほど身長の高い少年が一人立っていた。
少年は少し前屈みになり少女と目線を合わせ、
「みんなと逸れちゃった?僕もなんだ!一緒に迷子センター行こ!」
そう、無邪気な笑顔で笑いかけるのだった。
→→→→→☆←←←←←
展望台付近の人混みを抜けようやく歩くのにも不自由のない快適な道を少女は手を引かれながら歩く。時間も経ち少し落ち着いてきた少女は泣き止んでおり、今では花を啜る程度に。
少女が安心できたのは時間の経過もあるが、何より前を歩く少年の存在が大きかっただろう。
少年はゆっくりと少女の歩幅に合わせて歩いてくれていたり、離れないように手を優しく握ってくれていることが少女の心に多少のゆとりを持たせている。
そんな少年は今も笑顔を絶やさず少女の前を歩く。
「このまま真っ直ぐ進んだら迷子センターに着くからね」
そう言ってついさっきまで泣いていた少女に対し優しく笑いかけて安心させようとしてくる少年に少女は無言で頷く。その反応をしっかりと確認した少年も満足そうに頷いた。
人混みを抜け、辺りは人が疎らにいる程度なり、今まで人で隠れていた屋台が顔を出す。食べ物屋、射的屋、くじ引き屋と多種多様な出店が両脇に連なる中を迷子の二人は歩いていく。
ほとんど会話をしていないのはこれまた少女に対する少年の気遣いだろうか、時折少女が何か言いたげな顔をしていると一度足を止め「どうしたの?」と優しく問いかけてくるが少女は緊張してか下を向いてしまう。それに対し少年は問い詰めることもなく笑いかけ再び前を向き歩き出す。その行動からやはりそうなのだろうと感じる。
少年が歩み始めると手を引かれ、自然と少女も歩き始める。次第に道の端が見えてきたのと同時に青色の幟が見え、
「あ、もうすぐ着くよ、ほら!」
少年の声に促され俯かせていた顔をあげる。
見てみると漢字は読めないがさっき少年が言っていた「迷子センター」らしき場所が見えてくる。幟にセンターと書いてあるからそうなのだろうと少女は思い、少し目に輝きが宿る。
その反応を横目に少年は「あとちょっとだよ!」とまたも安心させてくれる。そんな少年に甘えながらも残り数メートル、子供の歩幅にしたらちょっぴり遠い距離を進み無事に到着する。
少年が「少し待っててね」と言い残し、迷子センターの職員の方へ行きなにやら会話し始める。少年が離れたことにより少女は不安になりながらも静かに少年を待つ。しばらくして少年は、
「お待たせ!職員さんが見回り行ってくれるって」
と、にこにこした表情で帰ってくる。
「みま、わり?」
しかし少年の言葉が少し理解できなかった少女は少年に聞き返す。
「えっとね、大人の人たちが君のお父さんとお母さんを探してくれるって!」
少年の砕いた言葉選びで無事に理解できた少女は「ほんとに?」とか細く聞き返し、それに肯定を示したように拳を握り親指を立たせて見せた少年は、静かに近寄ってきて、
「もうすぐ悲しいのなくなるから、ここで一緒に待とうね!」
と、頭に手を置き優しく撫でてきた。その心地よさに少女は下を向きながら顔を赤らめた。その反応は見事少年には気付かれづ少女は少し安心した。
子供とはいえ今年で八歳になる一人の女の子、歳が同じくらいの少年に頭を撫でられると多少なりとも照れてしまう。一見無邪気な反応に見えるが、今の少女の持つ感情は少し複雑で気付かれるのはバツが悪く感じた。
それから二人は椅子に腰をかけ、終わりも近い花火を眺めていた。この時少年は、少女が寂しくないように話しかけようとするも落ち着いてきたのか花火の輝きに心を奪われている少女に一切話しかけず、静かに花火を見ることにした。
それからしばらく二人で花火を見物し待っていると、遠くの方から駆け足で近づいてくる大人の男女が見えてくる。
「「沙織ー!」」
ちょうど花火が打ち終わった後だったこともあり、大人二人の声が響き渡る。その声に花火から意識を声の方に移した少女は再び目に涙を浮かべ駆け出していく。
「おとうさん!おかあさん!」
少女の目に浮かんだ涙は悲しくて出たわけではなく、嬉しくて出たのだと理解した少年は、少女の発した言葉も相まり安心する。
すると少女の父親らしき人物が近寄ってきて少年の目線に合わせるようにしゃがむと、
「ありがとう、君のおかげで無事に娘と再会できたよ。本当にありがとう」
渋めだがどこか優しさの感じる声に感謝の言葉を伝えられ、少年は笑顔で、
「いえ、当たり前のことをしたまでですよ」
と、笑って返した。
その返しに驚いたのか一瞬顔が固まるがすぐに表情を穏やかなものに変え少年の頭に手を置き、
「君は優しい子だね。ありがとう」
少女の父親は少年に再三の感謝を述べた後静かに立ち上がり少年を見ると少年は驚きで目を見張り固まっている。その反応を少女の父親は疑問に思うがどうしたのか尋ねる前に少女が駆け寄ってくる。
少女は父親のズボンの端を小さな手で掴むと「あの」とこえをかけ少年の目をじっと見つめる。
少女の声で固まっていた少年は正気に戻り「あ、えっと、よかったね!」と少々慌てながらも両親と無事に再会できた少女に対し言葉を投げる。それに「うん!」と返した少女は少年に近づき、
「お名前教えてもらってもいいですか?」
予想だにしない質問を受け、またも驚きを隠せない少年だがすぐに笑う。
「僕の名前は安達孝裕。君の名前は?」
「わたしの名前は宮園沙織、です」
少女は一旦間を置き、とびっきりの表情で、
「孝裕君、ありがとう!」
と、自分を助けてくれたことへの感謝を伝えたのだった。
少年ーー孝裕の時間が止まる。実際に時が止まるなんてことはないが、確かに孝裕の時間が止まったように体が固まった。その原因は少女ーー沙織の表情だ。ここにきて孝裕は驚いてばかりだがこの衝撃は今までと比べ物にならない驚きだった。否、驚きではなくこの場合は見惚れていると言った方が適切だろう。
今まで一緒にいた少女と同一人物なのに全く別人と錯覚させるレベルの印象の変化。それだけ感慨深い気持ちにさせたのは沙織の笑顔だった。
太陽よりも輝いた無邪気なそれの中に決して消えはしない沙織の持つ奥ゆかしさが重なりついつい見惚れてしまう。こんなにも心がドキドキしたのは初めてだと、若すぎる年齢ながら感じる孝裕。
沙織はそんな孝裕の状態に気づかないまま自分の着ていたワンピースのポケットから何かを取り出して、孝裕の手のひらの上にそれを置く。
「孝裕君のおかげでお母さんたちに会えました。よかったらこれ貰ってください!」
孝裕は自分の手のひらを見てみるとそこには飴玉が置かれていた。
「お店で貰ったものですけど、イチゴ味!よかったら食べてください」
またも明るすぎる笑顔を向けられ魅了されながらもなんとか平静を装い、
「うん、ありがとう!後で食べるね」
そう返事をするとますます笑顔になった沙織は父親の手を握る。
「孝裕君も早くお父さんたちと会えるといいね!」
「孝裕君、本当にありがとう。じゃあ行こうか」
「うん!お父さん!」
父親と沙織が背を向け離れていくと後ろにいた母親が頭を下げる。そうして二人が母親のところに着くと沙織が振り返り、
「孝裕君!ばいばーい!」
元気よく手を振ってくれる。その姿に安心し、手を振りかえす。沙織は幸せそうに進行方向に向かって体を向き直し両親の間に挟まれる形で仲良く手を繋ぎ帰っていくのだった。
←←←←←♡→→→→→
しばらくして三人の背が見えなくなった頃、孝裕は自分の手のひらに乗っている飴玉を口に運んだ。
「あ、美味しい」
イチゴ味の飴は思ったより甘く、子供の舌には絶妙にマッチした。したのだが、孝裕の意識は飴に集中できなくなっていた。
「なんだろう、この気持ち‥」
原因不明な胸の高鳴りが孝裕を支配する。しかしいくら考えても答えを見出すことは叶わず、ふと腕に巻いてあった時計に目を通し確認する。時計の針は九時を指しており孝裕は少し焦った様子で、
「遅くなっちゃったな、春兄ぃに怒られる。急がなきゃな」
家で待つ兄から怒られる心配をする。既に夏祭りは帰宅ムードになっておりその波に混じって孝裕も帰ろうとする。帰り際に迷子センターの係員にお礼を言いその場を後にした。
つい先程までの騒がしさとは打って変わり、花火を打ち終えた空は少し物寂しく、提灯の明かりも消されていき、屋台も閉店作業を開始していて祭りの終わりを粛々と物語る。
同時に、未だに屋台で売られていた食べ物の香ばしい匂いが漂うことで、まだ祭りの中にいると余韻を感じさせる。
帰宅途中、道の端に落ちているゴミを拾いながら帰る孝裕。自治体の設置したゴミ箱が功を奏したのか予想よりポイ捨ての量は少なく感じた。しかしこのゴミ拾いの最中もあることが頭をよぎり胸を焦がす。一体なんなのか、その正体はわからぬままゴミ拾いを終え、完全に帰路に着く。
午後九時に十歳にも満たない少年が出歩くのは些か危険なことだが家が近かったこと、帰り道に街灯が多く人通りの多い道だったため時間にしては安心して歩いていく。
『孝裕くん、ありがとう!』
『孝裕くん!ばいばーい!』
これで何回目か、先程別れた少女の姿が頭をよぎる。最初に受けた印象と違うことはもちろん、最後に見せたあの笑顔に孝裕の頭は侵食されていた。
ーーこの胸の高鳴りはなんなのだろうか。
ーーこの甘い感情はなんなのだろうか。
やはりその答えは見つからず、想いに耽る孝裕。だが一つだけ見つけれた感情は、
「また、会いたいな」
そう呟きながら舌の上でイチゴ味の飴を転がせるのであった。
→→→→→♡←←←←←
右手に母親、左手に父親の手を握り満足そうに足を弾ませる。さっきまで離れていてこともあり、家族団欒にいつもの数倍以上少女は幸せに感じていた。
「沙織、心配したんだからな」
ふと突然左側から声がする。その声の主は渋くもどこか優しさを感じさせる声音をしており、今はそこに若干の怒りと強い心配を込めて少女ーー沙織に声をかけた。しかし、当人の本意は声に乗らず、沙織には伝わっていなかった。
「今度から一人でどっかに行ったりしたらダメだぞ?」
しかしこの一言でようやくどれだけ心配していたのかが伝わったのか一瞬しゅんとなり弱々しく「はい」と返事をする。その返事を聞いて父親は空いた手で沙織の頭を撫でつける。心なしか母の手を握る力が強くなった気がする。そのことに喜びながらふと少し前の出来事が頭をよぎる。
『もうすぐ悲しいのなくなるから、ここで一緒に待とうね』
そういった少年ーー孝裕は沙織の頭を優しく撫でた、それが父親に頭を撫でられたことで記憶が鮮明に蘇る。
思い出しただけでドキドキし頬が赤くなってしまうほど、沙織はあの時のことが印象的に心に残っていた。しかしそれが彼に気づかれることは、自分も困っているのにわざわざ助けてくれた彼に迷惑じゃないかと、頑張って胸の内に噛み殺した感情。終始優しく接してくれた孝裕に余計な迷惑をかけないようにしっかり仕舞った感情。
「っっ!」
しかし仕舞い込むにも限度があり、一度思い出すと止めどなく溢れてきてしまう。それは血の巡りよりも早く高熱を孕んだ感情は身体中を巡り、沙織の心を支配していく。
やがて頬だけではなく顔全体が赤くなってきてしまい、心配した父親が「どうした?大丈夫か?」と聞いてくる。反射的に「うん!大丈夫」と答えてしまったが、彼女の心はこれっぽっちも大丈夫じゃなかった。
沙織は心を落ち着かせるためにワンピースのポケットに手を突っ込み物を掴む。掴んだものは、飴玉だ。
「あーん!」
袋を開けそれを放り込むと子供向けに作られた甘い飴玉を転がし、
「また会いたいな」
そう夜空に流れる星を眺めながら、イチゴ味の飴で冷めない熱を誤魔化すのであった。
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