私と君の死葬恋歌

リヒト

出会い

 なんにもない。何の変哲もなく実につまらない、そんないつもどおりの日常。

 そんな日常の中私は今日も一人夜道を歩く。

「あ、どうも」

 ぐしゃ

「え?」

 私は呆然と声を漏らす。

 何故か?その理由は単純明快。

 空から男の子が降ってきたからである。

 え?いや、なんで?

 私が呆然と立っている間にトマトのように潰れた男の子の血の匂いが私の鼻腔をくすぐる。

「ッ!」

 私は慌ててその場から立ち去った。

 

「きゃんきゃん!」

 犬が情けない悲鳴をあげる。

「えい」

 そして血しぶきがあがり、暗闇に浮かぶ人影を真っ赤に染め上げた。

 

 ■■■■■

 

 現在高校一年生の私、間宮玲香のクラスに一人の転校生がやってきた。

「どうも、はじめまして。僕は佐藤蓮です」

 先生に転校生と紹介された少年はクラスメートの前でペコリと一礼する。

「え……嘘」

 私は転校生の姿を見て、誰にも聞こえないような声量でぽつりと呟く。

「そうだな、蓮。お前の席はそこだ」

 先生は空いていた私の隣の席を示す。

「わかりました」

 佐藤蓮は私の席に座り、私に向かって、

「よろしくね」

 と、普通に声をかけてくる。

 だが……こいつは……。

 あぁ、間違いない。

 いや、間違えるはずもない。あのことを忘れはずもないし、まだ一日だ。一日であのことを忘れられる人はいないだろう。

 なんで、なんで、昨日死んだはずの男の子がいるの。

 私は呆然と彼の横顔を眺める。

 結局私が彼に挨拶を返すよりも前に先生が次の連絡事項を読み上げた。

 


 ■■■■■

 

 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン

「これで朝のホームルームを終わりにする」

「気をつけ、礼」

『ありがとうございました』

 朝のホームルームが始まり、転校生の周りに生徒が集まる。

 正直なことを言えば今すぐにでも佐藤蓮と二人きりで話したかったのだが、あまりコミュ力がない私は生徒たちの輪に割って入り、佐藤蓮に話しかけるなどできなかった。

 私はいつもどおり手元にある本を開き、本に目を落とした。

「ねぇ」

 ………

「ねぇってば」

「え?」

 肩を叩かれ、ようやく自分が話しかけられていることに気づき、顔を上げる。

 そこには、転校生、佐藤蓮が立っていた。

「二人きりで話せないかな?」

「え……あ、うん。大丈夫だけど」

「えー?何?二人は知り合いなの?」

 突然私と二人きりで話したいと声をかけた佐藤蓮に疑問を持ったのか、一人の女子が声をかける。

「うん。そうなんだ。実は小学校が同じでね。久しぶりに話しがしたくて」

「そ、そうなのよ」

 私も佐藤蓮の話に乗る。

「へぇー、そうなんだ」

 クラスの女子はそれ以上聞いてこなかった。

「じゃあ、行こ?」

「うん」

 私と佐藤蓮は揃って教室を出た。

「こっち」

 私はこの学校に来たばかりでまだよく学校のことがわかっていないだろう佐藤蓮の代わりに人気の少ない場所まで連れてくる。

「ここなら誰もいないはず。それで、 なんで佐藤蓮。あなたがここにいるの?あなたは昨日……」

「ふふふ」

 私の疑問に対し、佐藤蓮は楽しそうに笑う。

「昨日、君のあとをつけていたんだ。ふふふ、ストーカーみたいにね」

「は?」

 佐藤蓮は私の予想とは大きく違う答えを返す。なんでいきなりストーカー宣言を?私が聞きたいのはそのことではなく……。

「そしたら、面白い物が見えたよ」

「ッ!」

 私は佐藤蓮の言葉を聞いて体がこわばるのを感じた。

 そう、いう、こと!?

 「まさか、かわいいかわいい犬を惨殺しているなんて、ね」

「〜〜ッ!」

「ふふふ」

 佐藤蓮は心底楽しそうに笑い、その雪のように白く華奢な手をのばす。

「な、何よ」

 私はビクンと震える。

 佐藤蓮の手が私の両手を掴んだからだ。

 そして私の両手を動かし、佐藤蓮、自分自身の首に持ってくる。

 佐藤蓮の首はとても細く、そして白くて生きている人間のものだとは思えなかった。しかし、それでも確かな体温を感じるとることができる。

「ねぇ」

「な、何?」

「殺していいよ、僕のこと」

 佐藤蓮は私の耳に顔を近づけ、魅惑的な声で告げる。

「は、はぁ?」

「僕は死んでも生き返る。なんどでも生き返るんだよ。だから、僕を殺しても何の問題もない」

 佐藤蓮の首に視線をやり、ゴクリとつばを飲む。

 いけないことだ。人を殺すなど。してはいけないのだ。

 でも、でも、でも

 それでも私は、彼の言葉に抗うことができなかった。


 べきべきべき……ゴキ


「ハァハァハァハァ」

 佐藤蓮の体から力が抜けていき、ドサリと倒れる。

 やった。……やってしまった。

 自己嫌悪に苛まれる。私は、なんてことを……。

 だが、だが、頭でいくら後悔しようとも、火照る体と全身を貫くような快感が私の本能に刻まれ、離れない。

 今までとは格別の快感。私の中の飢えが満たされていくのを感じる。

 そんな我が身がひどく恨めしかった。

「びっくりしたよ。あまりにあっさりと折るもんだから。力強いんだね」

「へ?」

 ついさっき確実に殺したはずの佐藤蓮が何事もなかったかのように立ち上がった。

 それにほんとついさっきまでくっきりはっきりと佐藤蓮の首に残っていた私の手形もなくなっている。

「え?え?佐藤蓮!?」

 私はただただひたすらに困惑する。え?なんで?確実に殺したはず……。

「そんなに驚かないでよ。生き返るって言ったじゃん?」

「え、え?ほ、ほんとに?」

「本当だよ。というか今僕が立っているじゃん。殺したのに。ほら」

 佐藤蓮は私の手を掴み、自身の胸に持ってくる。

「ほら、ちゃんと心音しているでしょ?」

「うん。確かに。え?じゃあ、ほんとに?」

 佐藤蓮の言うとおり、心臓が鼓動するのをしっかりと確認することができた。

「そうだよ。あ、もうそろ授業始まっちゃう。今日一緒に帰れる?」

「あ、うん。平気だけど」

「じゃあ、一緒に帰ろ。そのときに詳しく話すよ」

「わかったわ」

「あ、そうだ。僕のこと、蓮でいいよ。あ、そういえばまだ名前聞いてない。名前なんだっけ?」

「あぁ、うん。間宮玲香だよ」

「おっけ、玲香でいい?」

「うん。大丈夫」

「じゃ、早く教室に戻ろ」

「うん」

 二人は急いで教室に戻った。

 ぎりぎりだったが、一限の授業が始まる前には間に合った。

 

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