第5話:泣いても笑っても
実琴がこども園の幼稚部を卒業し、小学校に入学した。しかし、彼女はある不安があった。それは、知っている友達が1人も居ないことだ。実は彼女が通っていたこども園は母親の職場の近くにあり、母親の職場は隣の学区にあったため、隣の学区の子とは仲良くなったが、同じ学区の子供たちとは交流する機会が無かった。
そして、彼女が住んでいる区は学校の立地の関係上、隣の学区への越境登校をする子供がいるため、少しはチャンスがあると思っていたが、同級生は70人という人数だが、越境入学は1人も居なかった。この結果に、彼女は肩を落としていた。そして、彼女が自分のクラスに行くと、見たことがない子たちがいて、同じこども園や幼稚園のグループで話していたのだ。
そのため、彼女は1人で自分の席に静かに座ってその時を待っていた。ただ、待っている間にも周囲からの視線はきつく、保護者からも異様な光景を見るかのような視線を浴びて、彼女の緊張が高まってしまっていた。
少しして、担任の先生が教室に入ってきた。この時、彼女は先生を見た瞬間楽しい学校生活になると思った。なぜなら、彼女の担任の先生は若い男性の先生で、背の高いイケメンだったことで彼女の心を掴んでいた。そして、先生は彼女が好きな俳優さんと同い年だったこともあり、勝手に親近感を覚えた。そして、入学式に出席するために体育館に向っている途中である子が「あの子誰?」と言って実琴を指さしてきた。しかし、隣にいた女の子を含めて彼女の事を誰も知らないため、「分からない」と返した。
この会話を聞いていた実琴はなんと言って良いのか分からなかった。なぜなら、彼女だけが違う幼稚園ではないのだが、彼女だけがターゲットにされているような状態だった。
そして、入学式が終わり、保護者の説明会と子供たちの登校指導が始まった。子供たちは学校の近くの横断歩道で実際に道路の渡り方を学び、大会議室で通学路の危険箇所などを先生から説明を受けて、2時頃に下校することになっていた。
その後、保護者対象の説明会が終わり、子供たちと一緒に下校した。彼女の家は学校から車で15分の所にある。そのため、通学路を実際に歩いてみるとかなり距離があるため、登校班と合流する場所まで母親が送り届けないといけないのだ。ただ、母親は早いときには6時頃には家を出てしまうため、彼女を送っていくのは優実か琴子になるが、学校の決まりで“入学式から1ヶ月程度は親同伴で集合場所に連れて行って欲しい”という決まりがある。そのため、両親は集合場所に集合時間までに連れて行かないといけないのだが、時間が合わなかったため、上3人は祖母に朝来てもらい、送ってもらっていたが、今回は先日体調を崩して入院しているため、誰も代わりに行けないのだ。だからといって、近所には知っている子は住んでいるが、一緒に連れて行って欲しいと言っても受けてくれるかどうか分からなかった。なぜなら、以前にルールを守っていなかった家庭があり、同じ登校班内で問題視されたことが賢太の時にあった。その家庭は入学式直前に地方から引っ越してきたばかりで、入学式当日も両親が仕事のため、説明会に来ていなかったのだ。そのため、子供の送迎時のルールや登校班の連絡先など必要な情報を持っていなかった。そして、その家庭には弟がいるのだが、彼は両親のどちらかが出勤時に保育園に送り届け、小学生の子供たちは自分たちで準備して家を出ることになっていた。
その事を知った登校班のリーダーをしている子のお父さんがその子の家に注意に行ったが、両親は「うちはうちなので、学校のルールだとは思いますが、家のやり方でやらせていただきます」と聞く耳を持たなかった。そこで、周囲の家庭でも同じようなことをやらないように各家庭に注意喚起を、この家庭に対しては学校から厳重注意を受けていたのだ。そのため、このトラブル以降、低学年は子供だけで集合場所に向かわせることは禁止され、低学年は親が同伴できるときは一緒に登校することも検討して欲しいと通達があった。その理由として、昨年、下校途中の小学校1年生の男の子が車と接触し、意識不明になった事故があった。事故はこの学区ではなかったが、学区内にある通学路を見てみると、似たような形状の交差点も多いことから、子供たちの安全を優先に考えた結果、保護者同伴か同伴できない場合には地域の見守り隊のボランティアの人を各学区に配置する事も検討された。
しかし、この学区には今まで見守り隊の人や保護者による立哨は行っておらず、見守り隊を募集するには人が足りないのだ。そのため、他地区から人員を派遣してもらうには教育委員会に人員派遣希望書を提出し、同学区内で人を集められない理由を口頭で説明しなくてはいけないのだ。
しかも、この学区だけ見守り隊と保護者による立哨が導入されていなかった。そのため、他の学区から“学校の安全管理”に対する指摘が多数寄せられていた。そこで、毎年度始めに区内の小・中学校に計上されている通学路整備費を使って、年度内に学区内にガードレールや歩道などを整備する予定だった。しかし、通学路の多くは道幅が狭く、歩道などを作ってしまうと道路が狭くなり、車が通れなくなるのだ。そのため、歩道設置可能な場所は学校が指定している通学ルートの4割しかない。その他の場所は代替案を考えたが、答えは出なかった。
そこで、通学路整備が完了するまでは低学年だけでも保護者などの同伴を求めることにしたのだ。しかしながら、このルールを保護者に理解してもらうにも時間が掛かった。
今回、母親はこの時の事が頭をよぎっていた。ただ、入院が延びている祖母に実琴を送り届けてもらうわけにもいかないし、祖父も夜勤の仕事をしていたため、朝早くに帰宅している見込みはない。そこで、区内に住んでいる妹に朝の送迎を頼み、帰りは学童保育に行ってもらう事にした。
そして、翌日から妹が来てくれることになり、両親は一安心だった。
入学式から1ヶ月後、同伴登校が終わり、上3人と一緒に元気に登校していった実琴は少し幼稚園児から小学生に向かって進んでいるような感じだった。
その1週間後、彼女は突然学校に行けなくなった。理由は“同級生からのいじめ”だった。この頃、彼女の学校では小さなグループが出来てきて、だんだん孤立する子供が増えてきていた。その影響なのか、彼女にもその波が押し寄せて、学校で完全に孤立してしまっていたのだ。この話を聞いた母親は“そんなことで学校に行かないなんてわがままだ!”と言って彼女を無理矢理学校に行かせようとしていたのだ。
しかし、彼女は「行きたくない!」と何度も連呼し、ついに母親が「実琴!わがまま言うな!」と大声で彼女を叱りつけたのだ。この争いに気が付いた琴子が「ママ!何しているの?実琴が決めたことなのに、なんで尊重してあげないの?」と間に入った。実は琴子自身も小学3年生の時にいじめを受けて不登校になっていた。その時も母親は「あんたなんかうちの子じゃない」と言って、家の庭にある小さな小屋に琴子を閉じ込めて反省させようとしていたのだ。
彼女はその時のことを思い出して、妹を守ろうとしたのだ。その行動に驚いた母親は言葉が出なかった。まさか、娘にこういうことをされるとは思わず、この行動もどこで覚えてきたのか分からなかったのだ。
実琴はその後2週間ほど学校に行けなくなり、再び学校に戻ると状況が一変していた。それは、教室が二つに分かれていて、彼女が仲の良かった子たちは彼女を歓迎していたが、いじめていた子たちは彼女を再び排除しようとしていた。
この頃、実琴のクラスでは芸能活動を始める子供たちが増え、その子たちに全体が気を遣うようになっていた。その結果、子供たちの人間関係が崩れていき、その子たちに対するストレスを関係のない子たちに向けられていった。
そして、この頃から次第に“勉強が出来ること、誰かの役に立てることが正義だ”と言う空気が学年内に漂っていた。そのため、彼女は標的にされやすい事が増えていっていた。そして、彼女を待っていたのは周囲からの孤立だった。
連休が終わり、学校に行ってみると、彼女の机が廊下に出されていて、他の子たちの机は綺麗に並んでいたのだ。
彼女は何をしたわけでもないのだが、彼女の言動が気に入らなかったのか、一部のグループから彼女を陥れようと企んだのだという。
彼女は“私はもうこのクラスでは必要とされていない”と判断してしまったのだろう。そこで、両親が担任の先生に「うちの子がいじめられている」という相談をしたが、先生は「そういう兆候がないか私の方でも確認してみますね」という回答に留まった。そして、彼女は何とか仲が良い子たちに支えられて学校に通っていたが、次第に顔からいつもの彼女のような覇気が消え、笑顔も愛想笑いのような笑い方になってしまった。
そのため、この頃から学年内に少しずつサロンモデルやショップモデルなどモデル関係の話が入ってきた子もいるが、彼女はそういう話しは一切来ないため、「そういう子たちとの競争に疲れてしまったのかもしれない。」と思ったのだ。しかし、彼女のクラスには芸能活動をしている子は所属していないが、声をかけられている子はいる。つまり、クラス内で囲い込みのような状態になってしまっていたのだ。その影響なのか、彼女は次第に自信を失い、自分に希望を持てなくなっていた。
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