一章 じっくり仲を深めてから その2

●三女 光莉


 ウチ──近衛家三女の近衛・レイラひかは、三人の姉妹と共に、会長室の屋根裏部屋に設置されたモニターを見てた。

 知佳ねーの髪に取り付けてある、超小型ウェアラブル・カメラの映像だ。桜のヘアピンに偽装しているので、まず気づかれない。

 牧原大河君の顔が、大写しになっている。

 彼は勇気を振り絞った様子で、

『林間学校で近衛さんを好きになり、傍にいたいと思ったからです!』


「「「「おお───」」」」


 拍手が巻き起こる。

 屋根裏部屋は十五畳くらい。立って歩けるほどの高さがあり、テーブル、本棚、エアコン、冷蔵庫、仮眠用ベッドすらある。

 金髪ショートカットの、あぐらをかいた女子──二女のふうねーが膝をたたき、

「初日に告ったよ! さすが『悲運のエース』。肚が据わってるな」

 五女の愛も興奮気味だ。柔和な顔を上気させて、

「びっくりしたべよぉ。舞姫姉さん、どう思う?」

台本ホン読みに集中したいと思うのだ」

 面倒そうに返すのは、床にうつぶせになる四女の舞姫だ。文化祭の演劇で主演を務めるため、準備に余念がない。

 ここにいるウチら四人、そして知佳ねーは──髪型や制服の着こなしは違うけど、全く同じ顔。

 一卵性多胎児なんだよね。

 ノーブレス会長『近衛・R・知佳』は、勉強と運動ができて、インフルエンサーで、女優もやってて、ボランティアにも熱心な、完璧超人として名高いけど……

 何のことはない。

 得意分野に応じて入れ替わり、五人一役で演じてる。テストは知佳ねー、体育は楓子ねー……という具合に。

 その多才ぶりに、学内では『会長の五変化』なんて言われてるんだよね~。

 学校での役割分担を簡単に書くと、こうなる。


長女の知佳 全国でも五指に入る学力……勉強担当

二女の楓子 超高校級の運動能力……運動担当

三女の光莉(ウチ) SNSのフォロワー数20万人超のインフルエンサー……コミュニケーション担当

四女の舞姫 天才女優……全校集会などでの演説担当

五女の愛 聖母みたいに優しい……ボランティア活動など担当


 なぜこんな面倒なコトをしているのかは、厄介な事情があるんだけど──

 その説明はアト。今、面白い事が起こっているからね。映像に注目しなきゃ。

 知佳ねーはさっき、牧原君の告白にも冷静さを崩さなかったけど……

 会長室へ飛び込んだ瞬間、映像が下へ大きく動いた。しゃがみこんだのだろう。

『牧原君はわたくしが好き? だ、だから血の滲むような勉強をしてノーブレスへ?』

 あはは。珍しくテンパってる。一人になった瞬間に恥ずかしくなってきたみたい。

 ドア越しに、牧原君と宝来さんの会話が聞こえてきた。


『私のために、会長に反論してくれたんでしょ』

『へへ、気付かれちまったか』

『ご、ごめん……肥だめに落ちたところを撮影したり、山田君とイジったりして……』

『大丈夫。気にしていないよ』


 ドア越しなのに、なぜか牧原君の声が、やたらはっきり聞こえる。

 それはさておき。

(へー、宝来さんと山田君って、牧原君に酷い事したんだ)

 なのに牧原君は、宝来さんがちゃんとアドバイス受けて、山田君とカップルになれるように……

 振られるのも覚悟で、知佳ねーへ告白したってわけ? なかなかできる事じゃない。

「な、なんてデカい男だ!」「いい子だべ」

 二女の楓子ねーも、五女の愛も感心している。


 ピッ


 電子音とともに、床下──会長室の天井部分──が開き、梯子が下りていく。知佳ねーがリモコンで操作したのだろう。

 梯子を登ってきた知佳ねーが、

「光莉、交代してください。わたくしに恋愛相談は向かないようです」

了解ラジヤー。ところで知佳ねー、告られた気分はどう?」

「」

 あはは。普段はクールなのに、耳まで赤くなってる。

 ウチは知佳ねーからヘアピン型カメラを受け取り、髪に装着。学校で『近衛・R・知佳』の役割をする者は、これを着ける事になっている。

 カメラで情報共有しないと、色々やっかいな事が起こる。

 たとえば知佳ねーがAさんと話したあと、ウチと交代する。

 それからウチもAさんと話した場合、『前の会話』を覚えていないと不自然になっちゃうでしょ?

 知佳ねーが、ウチに両手を合わせ、

「光莉、お願いが」

「なにー?」

「告白、断ってきてくれませんか?」

 ……少し、イラっとした。

(そういうの、自分で言うべきじゃない?)

 知佳ねーは学力すごいけど、人の気持ちに鈍感な時があるよ。悪気はないんだろうけど。

(そのせいで、たまに喧嘩しちゃうんだよね……)

 まあでも、知佳ねーにOKする気がないなら、しょうがないか。

(牧原君には気の毒だけど)  

 少し同情しつつ、梯子で会長室へ降りた。

 応接室のドアを勢いよく開け、元気いっぱいに言い放つ。

「おっ待たせーっ☆」

 牧原君が「へ?」と目を丸くした。知佳ねーとテンションや見た目の差がありすぎるから、無理もないけど。

 ウチは、制服をかなり着崩してる。

 ネクタイをせず、ワイシャツは第三ボタンまではずし、スカートは膝上30センチくらい。髪もふわっとしたサイドテール。

 いつも黒スト穿いてる知佳ねーと違い、素足だ。

 総じていうと、ギャルっぽい。

 ウチの姿に、牧原君は赤くなってる。目が合うと恥ずかしそうにそらし、もじもじする。

(可愛いなぁ。中学ミドルスクールまでずっとベースボールしてたらしいから、あまり女子慣れしてないのかな?)

 この子とお話ししたいけど、先に宝来ミサキさんの相談を終わらせないと。

「Hey! ミサキ」

「は、はい」

「さっきはゴメンね。『高校での恋愛は時間の無駄』なんて嘘! あなたの覚悟を試したの」

 それを聞いた牧原君が、愕然とした様子で、

「え、それじゃ僕の告白、意味なかったじゃん……」

 それはゴメンね。 

 宝来さんは少し見た目が野暮ったいので、手持ちのメイク道具で化粧や髪型を整え、やり方も教えてあげた。

「うん、ベリーキュート!」

chikaチカさん直々にメイクして貰った……」

 chikaはウチのSNS上での名前。インフルエンサーの端くれだし、宝来さんにとって自信になるかも。

「でもねミサキ、告白で一番大事なのは」

 ウチは牧原君の隣に腰を下ろし──

 その首の後ろに両手を回し、抱きついた。

「勇気だよ! さっき『私』に告白した、この牧原君みたいにね」

「はい」

 宝来さんは深々と礼をして、ドアへ向かう。帰り際に「ありがと牧原」と声をかけていった。

「ここ、近衛さん」

 ありゃ、牧原君が目を回しかけてる。まあ『好きな人』に密着されたら、こうなるか。

(……でも)

 間近で見ると、ものすごい美少年ですよこの子。

 可憐な女の子みたいで、庇護欲をそそられる。身長はウチより低い……百五十センチ後半? よくこんな小柄で、日本代表の投手になれたものだ。

「あ、あのっ、近衛さん」

「なぁに~?」

「告白の返事は」

 あー、知佳ねーからは『断って』と言われたな。

 気が重いけど、しょうがない。

「ごめんね」

「……」

 この世の終わりのような顔!

 あまりに痛ましくて、慌ててつづけた。

「えと『ごめんね』っていうのは──まだ牧原君の事あまり知らないし! だから考える時間が欲しいって意味!」

 ぱああっ、と笑顔になる牧原君。可愛い。

「わかりました。近衛さんにオッケーしてもらえるよう、僕、もっともっと頑張ります!」

Ohオー……)

 キュンときてしまった。

 同い年の姉妹と普段過ごしてるから、こういう頑張り屋の年下に弱いんだよね。

(知佳ねーのお願い守らなかったけど、まあいいか)

 断るなら自分で言うべきだよ。うんうん。

 それに……クールな知佳ねーが慌てるさまを想像すると、少し楽しくもある。

 ウチは楽しいことが大好きだ。

 なので、知佳ねーと牧原君の関係性に、スパイスを加えよう。

「呼び方が『牧原君』じゃ堅いよね。キミの名前は大河だから……」

 彼の鼻先に人差し指を当て、

「今日からキミを『タイガー君』って呼ぶ」

「あ、あだ名ですか」

 ふふふ。これで知佳ねーも『タイガー君』と呼ばざるを得なくなる。

 あの堅物の姉が、男子をあだ名で呼ぶなんて見たことがない。これは見ものだ。

「タイガー君。頑張って『近衛・R・知佳』を惚れさせるんだぞ♪」

 彼の頬に、軽くキス。

 ……挨拶のつもりだったけど、日本じゃちょっとやりすぎかな?

 案の定タイガー君は真っ赤になり……ソファに仰向けに倒れ込んだ。あちゃー。

 その頭をぽんぽん叩き、会長室へ入る。屋根裏へ行くため、リモコンで梯子を降ろす。

 さぁて、知佳ねーはどんな顔してるかな?



●牧原大河


 僕はボンヤリと天井を見上げた。

 近衛さんに抱きしめられて、体中が火照っている……とくに頬が熱い。

(夢でも見たのか)

 クールな近衛さんがいきなりギャルっぽくなって。密着されて! どこもかしこも柔らかかった。着崩した服から胸の谷間も見えたし……キスまでされた!

 尋常じゃないギャップ萌え!

(『会長の五変化』──噂には聞いてたけど、あれほどとは)

 近衛さんは着こなしや口調を変えることで、キャラを切り替えるらしい。

 まるで別人みたいだった。

 五変化、ということは、まだ残り三変化もあるわけか。ノーブレスの活動をしていく上で、お目にかかれる機会があるかも。

 それに、何より良かったのは……

(フラれなかった。助かったぁ!)

 ガッツポーズし、お茶などを片付けて会長室へ入った。

 近衛さんは……執務机に座り、書類を確認していた。さっきと真逆に制服をきっちり着こなし、無表情だ。

「牧原君、おつかれ様です」

 口調も戻ってる。切り替えの早さが凄すぎる。

 ……って、あれ?

「さっき僕のこと、『タイガー君』って呼ぶって」

「!」

 近衞さんがハッとした。

 なぜか、一瞬だけ天井を睨みつけてから……

 頬を染め、僕を上目遣いで見てきて、

「た……タイガー……くん……」

 むはー!

 なんで自分から『あだ名で呼ぶ』って言ったのに、こんな照れてるの? なんだか知らないけど可愛い。

 もう一度、その甘美な響きを味わいたくなって、

「すみません、聞こえませんでした」

「あまり調子に乗らないように」

 睨みつけられた。反省。

 近衛さんは、話をそらすように咳払いして、

「さて。先程LINEラインで、またも生徒からノーブレスに依頼が来ました。牧原く……タイガー君にも手伝っていただきます」

「お任せください。全身全霊でやります!」

 近衛さんは細い首をかしげた。金髪が肩をさらさら流れる。

「ずいぶんやる気ですね?」

「はい。貴方がさっき『頑張って「近衛・R・知佳」を惚れさせるんだぞ♪』って仰ってましたから」

「……」

 あ、うつむいちゃった。金髪の間からのぞく耳が赤い。意外に照れ屋なのかも。

「で、依頼とはなんですか」

「女子バスケ部の応援です。こんどほくおうだいぞく高校との対抗戦が行われますから」

 北央大付属は、同じ宮城県内にある伝統私立だ。わが煌導学院とはライバル関係。

「このところ我が校の女子バスケ部は部員が減り、弱体化し、連敗が続いています。勝利を引き寄せるため、ノーブレスに応援に来てほしいとのことです」

 なるほど。カリスマ性にあふれた近衛さんが応援すれば、士気は上がるだろう。

(しかし近衛さん、こんなにクールなのに応援とかできるのかな?)

 ならばまた『会長の五変化』でキャラを変えるのだろうか?

 新しい一面を見られるかもしれない。楽しみだ。

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