No title

縞々なふ太

第1話

___どこまでも続いているんだ、この道は。



とある日、下校路。不意に歌を止めた志佳に、薫は振り返った。

「どうしたの。」

「……なーんでも。ただ、最近泣き言ばっかでやになっちゃうなあって。」


おどけたように肩を竦めて笑う。明日に二重線を引けたらいいのにね、なんて言うから、薫は、取り消しってこと、と眉をひそめた。


「口ずさんだ歌の続きが分からない明日なんて、せいぜい犬の餌にくらいしかならないでしょ、どうせ。」

「あははっ、言えてる!」


皮肉めいた薫の台詞がお気に召したようで、志佳は断続的に笑いながら、肩を揺らし薫をとんっと小突いた。


「薫はほんっとに最高だね!」


元気出た、と笑うから薫も微笑み返して、じゃ、私はここで、と片手を上げた。

志佳はもう一度薫を小突くと、同じく片手を上げて答えた。

1人きりになった夕焼けの中、立ち止まる。夏真っ盛り、セミはミンミンうるさくて、背から暑さがじりじり焦がす。


志佳は泣きそうな顔で囁いた

「ほんとにやなんだよ」


終わりの見えない未来とか、逃げる勇気もない自分とか。







さかさかさかさか、茶筅と茶碗がこすれる音が響いて、誰かが、辟易とした声色であっついなあ、もう、と吐き出した。


「こんな暑い日にお湯飲む普通……?お水にしようよ!冷やし抹茶!」

「なんで茶華道部はいったの美結ちゃん……。」


水で抹茶たてれるのか、と薫がぼやいて、 確かに、部長頭良いね、と美結が冷やかす。部室が笑いに包まれた。



「そう、言わなきゃいけないことがあってね」

薫が人差し指を立てて、部員の視線が彼女に集まった。


「何?退部?」

「ばか。もうすぐ夏休みじゃん?部活のことなんだけど」

「あー、いつ?私たまに行けないかも」


美結の言葉に、仲のいい後輩が捨てられた犬みたいな顔をした。


「えーっ、なんでです?寂しい……」

「オープンキャンバスあるからね」

「ええっ、もう美結ちゃんオプキャ行くの!?早い……」

「何言ってんの、私達もう高二じゃん」


当然2人も行くでしょ、と美結が視線を向ける。薫はそっと目を逸らして、志佳は困ったみたいに笑った。


「行こうとは思ってるんだけどね?親と喧嘩してさあ。」

「ええっ、大変じゃん!どこ志望?」

「県外〜。」

「あー。バトるよねえ、県外。」


美結がからから笑う。


「自分の未来がかかってるのに、なんで親は本気じゃないと思うんだろうね?」

「子供だからでしょ、所詮。」


薫が肩をすくめる。


「私たち、自分の生き方くらい自分で悩めるのにね?志佳」

「……うん。自分の生き方くらい、自分で決めたいよね」



いつでも相談して、と美結が親指をあげる。

本日最後のお稽古が終了して、そこでお開きということになった。




1年5人、2年3人、総勢8人の茶華道部で、電車組なのはただ、中学からの友人である薫と志佳のみだった。

無人駅、2人の声だけが柔らかく響く。


「志佳は、もう将来決めてるんだ?」

「ぼんやりとね。ぼんやりにしては茨の道だけど」

「へえ、なに?」

「……内緒!」



人差し指を口に当てて笑う。

背負った夏空が、いやに透き通って、ドラマのワンシーンみたいにきれいだった。

志佳の制服の背中を掴む。驚いた顔に、薫は言った。


「山行こう!」







「うっ……わあ〜!すごい!」

「なかなかいいとこだねえ」


いつもとは反対方向の電車に乗って40分。薫と志佳は、名も知らぬ山の中腹に座っていた。


「まさかてっぺんまで登れないとはねえ」

「文化部の敗北だねえ」


顔を見合わせてくすくす笑うと、2人のあいだを一筋の涼しい風が通り過ぎた。


不意に薫は大きく息を吸って、

「ばっっっかやろ〜〜!!!」

「……うえ!?」

「進路なんか知るか!将来なんてわかんねえよ!確実な就職ってなんだよ!そんなものねえよ!」


急に叫び始めた薫を志佳は目を白黒させて見つめた。


「ほら、志佳も!」

「えっえっ、なに!?」

「叫ぼうよ、やなこと!ここなら何言っても許されるよ、無責任でも怒る人いないよ!」


笑う薫の背景で白い太陽がちかちか眩しい。


「……夢を!!持てって言ったくせに!持ったら持ったで否定してくるのなんなわけ!!!!!」

「おお、肺活量いいね!」

「夢を追いたいって思うのの何がいけないの!たとえ叶わなくてもやれるまでやりたいって思うのの何が悪いの!」


大粒が頬を伝って、ぼとぼと地面にシミを作る。



「私ね、志佳は大丈夫だと思うよ。」

「……え」

叫びきって肩で息をしながら、薫が寝転がって空に手をかざした。

「私は志佳の将来設計に関われないけどさあ、志佳の未来がどうなろうと私の未来に関係はないけどさあ」

「……うん」

「でも、だからこそ、今この時の志佳の大親友として、理由も根拠もなく肯定してあげられるんだよ」


「志佳は、絶対大丈夫。なんにだってなれるよ、諦めないで!」





「私ねえ、学芸員になりたいの」

「学芸員ってあの、美術館とか博物館とかにいる?興味あったんだ歴史とかに」

「歴史っていうか文学かなあ。文学館で働きたくて。」

「あー、なるほど!確かに好きだもんね志佳、徳田秋聲とか室生犀星とか芥川龍之介とか」

私は1個も読んだことないけど、と薫が茶化す。

「好きな文豪の記念館の、近くの大学に通いたいんだけどね。おかあさんが、そんな不確かな求人のために大学決めるの、だって」

言ってることわかるんだけどね、と志佳が嘆息する。

「就職のためにあれしたらいいらしい、これをすべきらしい、って得られる情報はやっぱ全てネットだからさ、それの信憑性もどうなのっていう」

「じゃあ行ってみる?」

その記念館、薫が言う。

「学芸員さんに話聞いてみればいいじゃん」

「一緒に来てくれるみたいな言い草……」

「良いよ行くいく」

「来てくれるの!?」

もちろん、と薫が笑う。


「私はさあ、薫が親友でよかったよ」

「あは、デレ?」




心の中に虹がかかってるみたいだ、志佳が笑う。

「私、この虹を忘れないよ。手が届かなくったっていいんだ、だって、綺麗ってだけで、見れてよかったって思うもの!」



帰りの電車には人1人乗っていなくて、窓の外では、雲間にオレンジが刺していた。

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