三社さん!私、東雲優良は貴方の【専属アイドル】になる事を、ここに宣言します!
中野中
東雲優良は専属アイドルを宣言する
第1話 三社さん!私、貴方の事なら何でも知ってるんですよ?
「……最後に残ったのは、
高校を卒業し、東京に来て実にもう12年になる。7年間の下積みに加え、ギリギリの節約生活。やっとの思いで手に入れた事務所も、メンバーも…何もかもお終いだ…。この事務所に残ったのは、
Blast fiveと言う五人組のグループを作り、俺自らが作曲を行い、振り付けをメンバー全員で考える。最初の内は好調だったんだ。しかし名が広まるうち、いつの間にか、蹂躙対象にすり替わっていた。メンバーが引き抜かれ、事務所を辞める子も出てきた。無くなるべくして無くなったのだ。
「
ソファーに座り項垂れる俺に、優しく微笑みかける優良。その優面にも、悔しさが滲み出ていた。
「流石にもう無理だ…。これ以上何をやっても無駄に終わる。事務所を維持するのもやっとなんだ」
俺の言葉に押し黙る彼女も、きっと辛いのだろう。Blast five のリーダーでもあった優良には、誰よりもユニットに対する、強い思いがあったに違いない。その思いは俺だって同じだ。所属アイドル全員の夢を背負って、今までやってきたんだ。
「でもだ、優良には才能がある。いや寧ろ才能の塊だ。君なら何処でも、誰にでも愛されるアイドルになれる」
まぁ…、俺が言ってもあんま説得力無いけどな…。こんな素質を持った子を、大舞台のステージに立たせてやる事が、出来なかったんだ。
「…私には無理ですよ」
俯き不安そうに言う優良。だが俺には、この子ならやっていける、と言う確信がある。こんな底辺の事務所でも、彼女は一際輝きを放っていた。だから優良には、もっと相応しい場所がある。ここを辞め、更に上へ羽ばたいていける。だから俺の役目はここまでだ。
「心配することはないさ、君の転属先も決まってる。きっと—。」
「嫌です…。私、諦めたくありません!」
怒気を強め俺の言葉を塞ぐ。今にも泣きそうな表情、何かを言おうとする唇が震えてる。両拳を胸の前でぎゅっと握りしめ、感情を抑え込む。思考を巡らせているのか瞬きの量は多く、落ち着かない彼女は俺の言葉を待っている。
「無理なものは無理なんだ、現実を見ろ。俺の力じゃもうどうにもできない」
優良は答えない。ただ認めないと、フルフルと首を横に振るだけだ。
「…俺は地元に戻る。優良、君はどうか自分の夢を叶えてくれ。それが今の俺への救いになり、この事務所が存在した意義になるんだ」
我ながら気休めにもならない事、言ってるよな。しかしこれ以上、抗っても恥をさらすだけだ。
理解したのか優良は肩を落とす。しょぼくれた双肩は、まるで重圧から解放された様だ。ふぅっと一息つき、俺の目を見る。垂れた前髪に隠れたその目は死んでいた。精力を感じさせる事ない悲壮面は、淡く、儚く、なんとも怠惰な情を俺に与える。
「…分かりました、三社さん。本当に…。今までありがとうございました…」
深々と力なく俺に頭を下げる優良。その姿に俺も、泣いてしまいそうだ。
「こちらこそ、5年間お疲れさまでした。今後の君の活躍を、陰ながら応援してるよ」
俺の言葉を聞いた後、優良は事務所を去って行った。
思い返せば初めて彼女がここに来たときはまだ、中学1年だったんだよな。それが今は高校2年生だ。随分大人になったものだと思う。彼女の成長を身近に感じる事はもう、ないだろうな…。
さぁ、これでもう店仕舞いだ。長く苦しい日々が続いた。しかしそれ以上にメンバー全員の生き生きとした姿を、この目に焼き付けることが出来た。夢を一緒に追いかけることが出来た。楽しかったんだ。それなのにどうして……。
「畜生…。畜生…!なんだったんだよ、今まで…!」
嘆きは誰にも届かない。競争に負けた俺は、もうここにいるべき人間じゃない。頭では理解してても、悔しいのだ。
誰も居なくなった事務所には、物寂しさが溢れ、俺をネガティブに誘い込む。嘗ては活気に満ちていた。メンバー達が夢を語りあっていたこのソファーも、今は冷たい。
こうして俺の挑戦は夢半ば
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あれから1年近くが経ったある日、俺に一本の電話がかかってきた。東雲優良が事務所を辞めた、との連絡だった。ショックだった。俺が夢を託した彼女は、終にそれを叶えてはくれなかった様だ。結局俺がやった事は何も成せないまま消えてしまった。
だがこれも運命と言う物だろう。やれるだけの事はやった訳だ。あとはもう穏やかなこの地で、普通の人生を送るだけだ―。
「三社さん。はいこれ、給料明細ね。お疲れさま」
「ありがとうございます、お疲れさまでした」
俺、
「はぁ…。まじか40時間残業して、手取り20万ギリ超えないんだもんな。いつもながらキッツいわ」
兎に角安い。安月給過ぎる。もう30歳超えてこれってまずいよね~。給料だけなら東京にいた時の方が、いいのは当然なんだが。田舎の中小企業なんてこんなもんだろ。まぁ忙しいというより家に帰ってもやることも無いから、時間潰してるだけなんだけど。
タイムカードを押し、手を洗い、更衣室にて私服に着替え、駐車場に向かうと「おう、三社。ちょっとこっちこ」とベテラン従業員の、
「はい?なんでしょう」
「ほれ、大根一杯取れたすけ、持ってってけれじゃ」
(大根一杯取れたから、持って帰って食ってくれ)
軽トラックの荷台に、袋詰めされた大根が大量に積まれている。あぁ、そっか今、6月終わりくらいだし、春撒きなら収穫時期だもんな。こういう所は田舎の良い所だな。暫くは大根買わなくて良さそうだ。
「こんな一杯良いんですか?なんか申し訳ないですけど」
「えぇ?あぁ気にしないでいいじゃ、持ってけ」
「では頂きます、じゃぁお先に失礼します」
「はぁい、お疲れ様」
うん、いい人だ。これからも上手くやっていきたいものだ。
大根を車の後部座席に詰め込み、運転席に乗り込む。6月にも関わらず車内は蒸し暑く、乗り込むのも難儀だ。八戸でもこれは変わんないんだもんな。何となく東京と比べてしまう。寧ろ屋内駐車場がある分、向こうの方がマシかも?いや、そんな事ないか。余計なことを考えつついつも通りコンビニへ向かう、最早ルーティーンと化している。
コンビニで適当な弁当とビールを取りレジのカウンターに置く。
「お疲れさまです。今日は残業ないんですね。あ、お弁当温めと208番ですね」
俺の顔を見るなり挨拶をし、いつものですね?と言わんばかりの手際で、事を進めるコンビニ店員。名札を見るに白浜さん、だと思われる。女子大生くらいで笑顔の可愛い人だ。毎日通ってるせいか、何も言わなくても、俺の要望を叶えてしまう。全く恐れ入る。
「そうですね、今日は給料日ですし買うもん買って、パパっと帰りたいですから」
「あっはは、やっぱりそう言う物なんですか?それとレジ袋いりますよね?」
「給料入ったし飲みに行こう!って感じじゃないですからねぇ。レジ袋いります」
倒置法が如くの会話は、今はもう不自然じゃない。何気なく世間話を差し込んでくるのは、東京ではあまりなかったことで、最初は意外と戸惑ったものだ。しかし慣れと言うのは、不思議なものである。
「最近だと飲みとか行かないのは、皆そうなんですね~。じゃぁ4点で1,217円になります」
そういうと白浜さんは、手際よく商品を袋に詰め込み言う。それをスマホ決算にて支払う、便利な世の中になったもんだ。袋を受け取りレジを離れる。
「ありがとうございます。じゃあまた」
「はい!またいらしてくださいね」
こうやって毎日の様に、煙草か飯を買っている俺は、きっと上客なのかもしれないな。たったこれだけで1,200円もする、勿体ない気はするが面倒なのだ。
因みに青森は喫煙率は全国2位。色々全国1位はあるがこれは要らないな。まぁこうやって喫煙率上昇に一役かっている俺は、間違いなくギルティーだ—。
夕暮れ時の優しい風が、速度に合わせ車窓から流れ込む。エアコンよりこっちの方が、余程気持ちがいい。フワフワと髪を浮かせるその風は、泥の香りを含んでいて田舎の情緒を感じさせてくれる。水面から突き出す稲も、白緑の漣が如く揺らめいでいる。ふと感じる地元愛に黄昏てしまうのは何でなんだろう、などと考えつつ自宅に着く。
帰郷し、2度と東京になんか戻るか!と勢いで建てた新築の家は、まだまだ綺麗だ。その家と家の間は少なくとも、100メートルは離れていて、余程の事がない限り騒音問題にはならない。これも間違いなく素晴らしい点だ。
向こうにいた時は、しょっちゅう隣人から扉を叩かれたもんだ。作曲のためにギターを弾いていたおかげで、随分肩身の狭い思いをした。部屋中の壁をライトロンや、緩衝材で埋め尽くし、アコギなんかはサウンドホールにタオルを突っ込んで弾いていた。節約の為にボロアパートに住んでいた訳で、苦労した記憶しかない。
やはりまだ未練はあるのだ。そんな過去を毎度思い出してしまう自分に辟易する。敷地内の駐車場に車を停め、後部座席にある大根を取り出し、荷物をまとめて車を離れようとする。
「今日はお帰りが早いんですね。三社さん」
ひゃん!っと変な声を上げてしまった。背後から名を呼ぶ甘くハスキーな女性の声。心臓が破裂しそうな程驚愕したのもつかの間、声の主を見る。
「え…は?なんで君がいるんだ?」
ブルーストーンかの様な美麗な瞳。夕焼けに透き通る、真白の長髪を軽やかに靡かせる。整った抜群のスタイルは高校生、と言うには些か大人びて見える。間違いなくそこには、東雲優良が立っている。
少しダボついた白のTシャツに黒いスリットの入ったロングスカート。セクシーなヒールサンダルは、すらりとした足首をより一層美化している。小物にすら余念がなくカジュアルでありながら、大人らしさを表現している。見事なまでに完璧だ。そんな美相に不釣り合いである不敵な微笑みをする彼女は、不思議そうに首を傾げ言い放つ。
「なんでって、ここに三社さんがいるからですよ?」
いやいやいや!意味わからんし!この子真面目で冗談なんか言わないって思ってたんだけど?
頭の整理が追いつかず、軽くパニックになる。そんな事より何故、彼女はこの家を知っているのか?それが問題だ。確かに俺が青森出身、だと言う事は彼女も知っている。しかしあれ以来優良とは、一切連絡は取っていない。だから俺がここに住んでる事など、知る由もないのだ。
「説明になってないぞ…。いやまぁ、いいや…。それより一つ聞いていいか?」
「はい!なんでも聞いてください!」
満面の笑みで了承する優良。やはり滅茶苦茶可愛い。しかし今は、それどころではない。
「…どうやってこの家を知ったんだ?君には言ってないって思うんだけど」
これまた不思議そうな顔をする優良。ほんとこの子なんやねん…。顎に手を当て少し考えた後、優良は言う。
「何かおかしい所あります?私、三社さんの事なら何でも知ってるんですよ?お勤め先から、日頃の行動パターン。スマホのロック番号だってわかります。それに…」
聞き捨てならないセリフの羅列に、思考が停止しかけてる俺を
「優良さんこれは…?僕には鍵に見えるんですけど」
妙な汗が背中に滲む。優良が摘み上げる鍵は、ゆっくり左右に振れ、催眠術にかけられている気分になる。キーホルダーに付けられた、掌サイズの俺そっくりの人形も、助けを求めてる様に見えた。
「そうですよ?三社さんのご自宅の合鍵です!」
こえぇぇよ!はぁ…もう無理…。おうち帰る。あぁもう家着いてたわ。
「あ、すいません。俺ご飯作らないといけないんで、先帰りますね。お疲れさまっした」
そう言い優良の顔を見ないように、最速で玄関に走る。鍵を開け中に入り、ドアロックを掛ける。外からは扉を叩く音が鳴り、開けてください、と優良の声がしている。精神が崩壊しそうな状況の中、鍵がゆっくりと回る。扉はドアロックに阻まれ、全開になるのを防いだが、隙間から優良が覗き込んでいる。
「三社さん、これ外してくれませんか?じゃなきゃ入れないですよ?」
「だからやってんだろうが!」
はぁ…。超怖いんですけど。斧とか持ち出してこないよね?ね?
「……三社さんは、私の事、嫌いになったんですか?」
今にも泣きそうな声で言う扉の向こうの怪物は、本当にあの東雲優良なのか?
しかしながら、このまま放置するわけにもいかない。
「…オッケー、仕方ない。外すから一旦閉めてくれ」
「そのままいなくなりませんか?」
「大丈夫、君が変な事しないなら問題はない」
「…分かりました」
ふぁ…。刺殺されたりしないよな?大丈夫か…?いや。優良はそんな事はしない。名は体を表すだ。
細目になりつつ扉を開け放つ。だがそこには先ほどまでの狂気は無い。じっとスカートの裾を握りしめ、俯いたままの優良が居るだけだ。久しぶりにしっかりと見た彼女は、やはり俺が夢見たアイドル。東雲優良その人だった。
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