暗闇での助け舟

ゆーり。

暗闇での助け舟①




午前八時、普段の起床時刻から遅れること一時間。 スヌーズ機能すらなくした目覚ましをベッドに放り投げ明乃(アキノ)は慌てて起き上がる。


「ヤバい! 遅刻だぁー!!」


スポーン、なんて擬音が聞こえそうな勢いでパジャマから制服に着替え、リビングへと向かう。


「明乃ー? まだ寝ているのー?」

「もう起きてる!!」


母の声にそう返し“どうしてもっと早く起こしてくれなかったの!”と独り言ち急いで支度をしていると携帯が鳴った。 スピーカーにして手を動かしながら電話に出た。


「もしもし!?」

『おー、明乃? 今日はもう学校へ行ったのか?』


連絡をして来たのは近くに住む男子の雪夜(ユキヤ)だった。


「その逆! 遅刻しそうなの!!」

『はぁ!? 本当に鈍臭いな、お前』

「うるさいッ! というか、鈍臭いって何!?」

『悪い、間抜けの間違いだったわ』

「ムキーッ!」


幼馴染である雪夜とは高校も同じで、時間が合えば一緒に学校へ行くことが多い。 今日は明乃の姿が見えなかったため連絡をしてきたのだろう。


「雪夜は今どこにいるの?」

『もうすぐ駅に着くけど』

「え、智光くんはいる!?」

『・・・いや、いないけど』

「そっかぁ。 もう行っちゃったかぁ」


智光(トモミツ)とは明乃が密かに好意を抱いている男子である。 同じ高校であり最寄り駅が一緒だということで朝会えることを楽しみにしていた。 残念がる明乃の声を聞き雪夜は声を低くして尋ねてくる。


『・・・なぁ。 どうしてそんなにアイツのことが気になるの?』


雪夜にだけは智光が好きだということを伝えてあった。


「そりゃあ、雪夜みたいに意地悪じゃないし? 王子様のように優しいし、あの爽やかな笑顔がたまらないからに決まっているでしょ!」


競争率は高くライバルが多いことも分かっている。 だから憧れの人を見ているような感覚で告白しようとまでは思わない。


『・・・アイツは止めておけって』

「え、どうして?」

『どうしても』

「何それ!」


好きな相手を否定され、少々不機嫌になりながら時計を見る。 


「というか、もう先に行っていていいよ! 私も急ぐから!」

『お、おう・・・』


通話を切りバッグを持つとリビングへ向かった。


「お母さーん! どうして起こしてくれなかったの!」

「何度も起こしたわよ。 朝ご飯は?」

「いらない!」

「顔は洗ったの?」

「時間がないの! 行ってきます!」


走って駅へと向かった。 これなら間に合う、そのような希望は最寄り駅へ着いてすぐに吹き飛んだ。 北側の入り口は工事で封鎖されていて、迂回して遠回りしなければ駅のホームへ行けなくなっていた。 

普段ならそれでも問題はなかっただろう。 だが遅刻の瀬戸際と言える今、迂回しているうちに電車に乗り遅れてしまう可能性が高い。


―――畜生ーッ!

―――雪夜の奴、工事しているなら教えてよね!

―――仕方がない、こうなったらエレベーターを頼るしか!


普段はエレベーターを使うことはないが、今は迷っていられなかった。 

だが明乃と同様の考えの人が多かったのか、エレベーターは遠めに見ても満員寸前で人一人ギリギリ入れるかどうかくらいにしか開いていない。 そこに滑り込む勢いで駆け込んだ。


「ふぅ・・・」


エレベーターのドアが閉まり、これで間に合う。 そう安心したその時だった。


―ガタン。

―ビー。


重量オーバーを知らせるアナウンスと共に、異音を放ち始めたのだ。 まるでズレるようにエレベーターが動き、閉じ込めらた窮屈な箱は引くことも進むことも適わず止まってしまった。


―――嘘でしょ・・・!?

―――こんなことってある!?


更にエレベーター内の照明まで落ちてしまったのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る