片腕の記憶

モリワカ

片腕の記憶

気がつくと、私は知らない天井を見上げていた

それもそのはず、私はここに来たことがないからだ

どうやらここは病院の一室らしい


私は不意に違和感を感じた

そう、私には左腕が無かった

冷静すぎると言われるかもしれない

しかし、現実に起こっている事だから受け入れるしかない

痛みは感じないが、左肩から下がきれいさっぱりなくなっているのだ


どうしてこうなったのか私には全く検討もつかない

一体誰がこんなことをなんのためにしたのかも知らない

私は何も知らない、知らなさすぎるのだ


私はどうしてこうなったか知るために病室を出る

しかし、病院内にしてはあまりに静かすぎる

私は途端に不安になる

受付の看護師も他の患者さんもいない

まるで私だけが世界に取り残されたかのようで怖くなる


病院を飛び出した私は、外の世界を見て呆然と立ち尽くすことしか出来なかった

外の世界は私が知っている世界とは、大きく違っていたからだ


一体何がどうしてこうなったのか、私は頭を抱える

私が眠っている間に、何が起こったというのだろうか?

私はそれを知るべく、知らない世界に足を踏み入れた


そこには人が全くと言っていいほどいなかった

人どころか生き物すらいない

どうりで静かなわけだ


私は誰もいない世界を歩く

左腕がないからといって今は特に問題は無い


私が最後に見た時、青かった空は、そんな面影を残すことなく黒く染まっていた

地面には草や木が一本も生えておらず茶色い地面がむき出していた

とてつもなく酷い有様だ


歩いていると途端にいい香りがした

花は咲いていないはず

私はその香りの元を辿って行った


やがて、一つの家を見つけた

どうやらこの中からあの香りがするらしい

私は恐る恐る扉をノックする


コンコンっ


返事はないようだ

私は罪悪感を感じながらも扉に手をかける

鍵はかかっておらず簡単に開いた


「あのーー! 誰かいませんかぁーー?」


私はありったけの声で叫んだ

すると、奥から物音がした

私は思わず奥へ進む


「あのーー、誰かいませんかぁーー?」


さっきよりは小さめの声で呼びかける

奥から小柄なおばあさんが出てきた

起きてから初めて人に出会えて私は涙を流しそうになった


「おやおや、 まだ生きている人がいなさったか」


おばあさんはそう言った


「しかも、片腕なしと来たもんだ。 これはこれは・・・・・・ 冥土の土産にちょうどいいかもしれない」


おばあさんは私をジロジロ見ながら言う


「あのーー、ここってどこですか?」


私は一番気になっていることを尋ねる

おばあさんは目を丸くして


「あんた知らないのかい? あの悲痛な大災害を!」


大災害?

そんなの聞いたこともなかった


「一体ここで何があったのですか? 教えてください。 私、何も知らなくて怖いんです」


おばあさんに助けを求める


「いいだろう。 話してあげよう。三年前に何が起こったのかを・・・・・・」


そういうとおばあさんは語り始めた


「この大災害が起こる前、人々はみんな幸せに暮らしていた。 しかし、大災害をきっかけにそんな幸せな世界はあっけなく崩れ去った」


おばあさんはボロボロの椅子に腰掛けさらに続ける


「この世界は大災害から草や木、そして新しい命すら生まれることはなくなった。 人々は嘆き悲しみながら死んでいったよ」


「その大災害って・・・・・・」


私はさっきからずっと言っている大災害のことについて詳しく尋ねる


「大災害というのはなぁ、ある一人の少女が原因で起こったと私は聞いた。 詳しいことは知らんが、それはそれは見るに絶えなかったそうな」


一人の・・・・・・ 少女・・・・・・

私はなぜだか怖くなりおばあさんの家を飛び出した

その後ろでおばあさんはニタニタと不気味に微笑んでいた


私は最悪な結果を想像していた

おばあさんが言っていたあの少女と言うのが私のことだとしたら──

私はなんてことをしてしまったのだろうか!

私はその場に崩れ落ち、ワンワン泣きわめく


そんな私には記憶がないのだから何をしたのか覚えているはずもない

覚えているのならこんなところで泣いたりしてない

そして、この左腕のこともまだ分からないのだ

私は涙を拭き、歩き出す

自らの罪を償うために・・・・・・


しばらく歩いていると白い大きな建物が目に止まった

どこかの研究所のようだ

こんな大きな建物の中なら私が罪を償えそうな物もきっとあるはず

そう思い、私は建物の中に入る


建物の中は想像していたよりも明るかった

それも至る所に電灯が置いてあるからだろう

それにしても、ここは一体何をしているところなのだろう

そう思った私の足が一枚の紙を踏む


「なんだろう、これ?」


私はその紙をひろいあげる

そこにはこう書いてあった


『●月✖日、あの大災害からもう一週間が経つ。 私を守ってくれた愛娘は行方知れずのまま。 いつまで続くのだろうか・・・・・・』


「これは、日記?」


私はその場にしゃがみこみ他にもないか探す


『●月✖日、一ヶ月が過ぎた。 いつまでもこうしている訳にもいかない。 原因となったあの少女をどうにかしないことにはこの戦いは終わらないだろう』


『●月✖日、半年経つ。 人類はほとんどいなくなった。 これもみんなあの少女のせいだ。 あいつを倒す研究はなかなか上手くいかない。 一体何が足りないのだろうか?』


どうやら私を倒すためにここで研究をしていたみたいだ

私はますます罪悪感を感じる


「この奥に行けば、私も罪を償うことができるのかなあ?」


私はもっと奥へ進むことにした


長い廊下が続く

終わりが全く見えない

だが、私は行かなきゃ行けない

自分の罪を償うために、そしてこの戦いを終わらせるために!


やっと終わりが見えた

突きあたりの扉を右腕で力いっぱい押し開く


ギギギギギ・・・・・・


重い音を立てて扉は開く

しばらく使われていなかったようだ

私は扉の中を見て驚いた

そこには、様々な道具が乱雑に置かれていた


だが、私が驚いたのはそんなことではない

大きな機械の中に何も身につけていない裸の女の人がいたからだ

その中には液体が入っているようで中の人は両手で両脚を抱えながらプカプカと浮いていた


「ここで何をしてたんだろう・・・・・・」


私はフラフラと歩くと足に何かが当たった

私はそれを手に取る


それはホコリを被った一冊の本だった

私はその本を机の上におきページをめくる


『●月✖日、ようやく完成した! あの少女に対抗する機械がついに出来た! これで長かった戦いも終わるだろう。 一安心だ』


さらにページをめくる


『●月✖日、実験は失敗に終わった。 あいつに対抗するにはまだまだ改良が必要だ。 急いで作らないと・・・・・・ もう、私にも時間が無い』


私は震える手でページをめくる


『●月✖日、あいつに一矢報いてやった! あいつはみるみる弱体化していった。 これであいつを倒すことができる!!』


そこで、日記は終わっていた

倒すことは出来たのだろうか

いや、私がここにいるということは倒せなかったのだろう

私はそっと本を閉じる


ふと隣に目をやると、そこには腕が何本もあった

小さいものから大きいものまで色や形は様々だ


そして、私は一つの腕を手に取る

それは左腕で、私の肌と色と同じ色をしている

どうしてこんなところに私の腕があるのかは知らないがやっと見つけた


私は自分の左腕をあった場所に近づける

すると、左腕は光を放ち私と合体した

私と合体した左腕は私によく馴染んだ

その瞬間、私の頭の中に知らない記憶が流れ込んできた


私はとある研究所で生まれた

そう、私はこの世界を壊すために生まれたのではない

救うために生まれたのだ


私を作り出すのに多くの時間と労力がかかった

世界が終わる、その前に完成しないといけなかった

だが、そこにあいつが現れた


あいつは研究所をめちゃくちゃにして最後に私の左腕を切り落として去っていった

残されたのは多くの犠牲者と使い物にならない機械の残骸ばかりだった


それから、私は全ての記憶をシャットアウトされあそこに寝かされたのだ

全ての元凶は、私ではない誰か

そう、あの人だ!


私は急いであの家に戻る

今思えば、誰もいない世界にあの人がいるのはおかしい

となると、あの人が世界をこんなふうにしたとしか考えられない


しかし、遅すぎた

あの家はもう跡形もなく壊されており誰もいなかった


「探さないと! 私があの人を止めないと!」


私はあの人を探すため必死に走り回った

私は機械とわかった今、疲れるということは無かった

私はさらにスピードをあげる


「ようやく思い出したかい? お嬢ちゃん」


私の目の前にあのおばあさんがいた

この人が世界をめちゃくちゃにした張本人

そう思うと、怒りが抑えられなかった


「どうしてこんなことを! こんなに世界をめちゃくちゃにして何が楽しいの!?」


私はこらえきれない感情を一気に吐き出す


「楽しい? いいや違うね。 私はねぇ、この世界のためにと思ってやっているだけなんだよ? それなのにみんな私を悪者扱いにして・・・・・・」


「それで、こんなことを?」


私はおばあさんに聞く


「それはお前が一番わかっているはずだと思うがねぇ」


そういったおばあさんは自らの腕を引きちぎる

私は思わず目をつぶった


そして、目を開けるとそこには機械の腕を持ったおばあさんがいた


「なんで? なんであなたも機械なの?」


もう意味がわからない


「私はねぇ、お前さんと同じなんじゃよ? ただちょっとした不具合が起こってしまってねぇ」


私と同じ? ちょっとした不具合?

全然理解できない


「私は生まれてから人のために尽くすロボットとして存在してきた。 だがある日、私の身体に異変が起こった。あまりに働きすぎて私の頭はオーバーヒートしてしまったんじゃ」


おばあさんが言うにはそれからは自分の意思とは関係なく人を傷つけたり、自然を破壊したりすることが多くなったのだそう

そしてついには、世界を壊すところまできてしまったのだという


「もう、後戻りはできない。 あんたと出会った時はもうダメかと思ったよ。 でも、記憶が無いみたいじゃないか」


だが、今は全て思い出した

自分が何者かなのも

そして何をすべきなのかも


「分かっているなら大丈夫だ。 さぁ、ひと思いに私を殺ってはくれないだろうか?」


私は機械

感情はないはず

でも・・・・・・


「このままではいつまでたっても死ぬに死ねない。 だからどうか、頼む」


おばあさんは私に悲しげな顔をしながら言う


「頭の後ろに緊急停止スイッチがある。 そこを押してさえくれれば私は止まるはずだ」


私はおばあさんの後ろに周り頭のスイッチを押そうとする

しかし、おばあさんが動いたせいで押せなかった


「ハッ! ソウカンタンニオサレテタマルカ!」


ダメだ! もう時間が無い!

もう、おばあさんには意思がないのだ

そして、おばあさんを止めることが出来るのは私だけしかいない


「最後の手段として私に残してくれたこれ、使わしてもらうね」


私は自分の胸に手を突っ込んであるものを取り出す

それは大きな爆弾だった


もう世界は終わりだ

なら、いっそ派手に壊しても大丈夫だろう

そう思い私は爆弾を腕に抱えながらおばあさんに抱きつく


「ヤメロ! ハナセ! ワタシニハマダヤルコトガアルンダ!」


もういいんだよ

あなたはよく頑張った

一人でよく頑張った

私は爆弾を手にし、起爆させた


ドカああああん!!!!


大きな爆発音が誰もいない世界に響く

爆発の後には大きな穴が残っているだけだった・・・・・・



あの戦いから数年がたった

何も生まれないと思っていた世界に、小さな芽が出た

その芽はやがて大きな木になり、色鮮やかな実を実らせた


その木から新たな命が生まれた

その命がこの世界をより良い世界にしてくれることを、あの子はきっと望んでいることだろう

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片腕の記憶 モリワカ @Kazuki1113

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