ホワイトでブラックなグレーのお仕事 ~勇者にバレずにサポートしろって!? それだけじゃなくてヤラセまで!?~
翠南瓜
プロローグ 黒子は勇者を仲間と出会わせるためにヤラセの準備をします
1:説明のお仕事
……頭の中から何かが消えていくのがわかる。それが大事なものだった様な気がしてを思い出そうと必死に考えるが、どうして思い出そうとしていたのかを忘れてしまいどうでもよくなる。
最終的には僕、いや俺は何をしていたのかすら忘れてしまう。そして、自分が目を閉じていることに気づいて目を開けた。
目の前には一面真っ白でどこまでも平らな世界が広がり、目立つ黒いパーカーを着た黒髪の女性がしゃがんで俺の顔を覗き込んでいた。
「やあ、私は神をやっているヒキガミという。これからキミにはホワイトでブラックなグレーのお仕事をやってもらわなくてはならない」
突然話しかけられた俺は意味がわからず戸惑う。現状を把握するために俺は今に至った経緯を思い出そうとするが、
「……っていうかそもそも俺は誰だ?」
場所はもちろんだが、不思議なことに自分のことさえろくに思い出せなかった。すると目の前のヒキガミと名乗った女性が微笑み口を開く。
「思い出そうとしても無駄さ。キミは自分自身に関連する記憶を消去されたからね」
サラッと明かされた記憶喪失に唖然としていると、ヒキガミは立ち上がり左右に往復しながら話しを始めた。
「キミの記憶を消した理由は世界を再生させるのに、世界を滅ぼした時の記憶のままだと不都合だからさ」
俺は全くわけがわからないと呆けた表情を浮かべる。そんな俺にお構いなしにヒキガミは話を続けようとする。
「……さて、仕事の話を始めよ──」
「──ちょっとまて!」
サクサクと話を進めようとするヒキガミの話を俺は遮る。流石に話の展開が早すぎるのに加えて、俺が世界を滅ぼしたというのは無視できない。
「世界を滅ぼしたってどういうことだよ。突拍子が無さすぎるんだが……」
「私は決して嘘はつかないとも。……冗談は言うがね」
「……そもそもお前のことを知らないんだよ。意味不明なこと言いやがって、俺が世界を滅ぼしたって言うんだったら証拠を見してみろよ!」
「残念なことに証明する手段はもう存在しない。世界ごときれいさっぱり消えてしまったからね。……いや、今いるこの場所が証拠なるかもしれない」
「そういえばここはどこなんだ……」
俺はぐるっと回って周りを見渡してみるが、どこまでも真っ白で凹凸がなく平らな世界が広がっていた。上を見上げても青い空は存在せず、一面を雲が覆っているかのようにただただ白かった。
「これが世界が滅んだあとの世界……世界の卵という場所さ。現在この世界には私とキミしか存在しない」
「嘘だろ……そんな訳あるか!」
俺は叫ぶと一目散に走り出した。これはたちの悪いドッキリでどこかに扉があると信じて。
だが、いくら走ろうが白ばかりで自分が前に進んでいるのかもよくわからなくなってきた。気が付くと不思議なことにヒキガミがいる場所へと戻ってきてしまっていた。
「お疲れ様。あぁ、そういえば言うのを忘れていたが、この世界は見た目ほど広くはなくループしている。節約というやつだね」
「……はぁ、はぁ。そ、そんなのまるでこの世じゃないみたいじゃねぇか」
「キミが指しているこの世がどのようなものかはわからないが、普通ではないだろう」
ヒキガミを脅してここから出る方法も思いついたが、それでは俺が本当に世界を滅ぼした罪人になってしまう気がしてやめた。どうしようもないので、俺はヒキガミの話を大人しく聞くことにする。
「世界を滅ぼしたというのは信じないが、とりあえず話は聞いてやるよ」
「上から目線なのがとても腹だたしいが、私も仕事はしないといけないからね。こほん、仕事内容は最初に言った通りにホワイトでブラックなグレーのお仕事だが……頑張って欲しい」
人がせっかく聞く気になったというのに、あまりに適当な説明に抗議の声を上げる。
「なんだよ、そのブラックでグレーのホワイトの仕事ってのは!? 全くなんの仕事かわかんねぇぞ!」
ヒキガミは溜息をつくと、人差し指をユラユラさせる。
「……キミ? ホワイトでブラックなグレーのお仕事だよ。間違えないでくれ」
「そんなことはどうでもいい!!」
「はぁ、キミは文句が多いね。仕方がない、説明してあげようじゃないか」
「なんでお前がそんなに上から目線なんだ……」
ヒキガミは俺の言葉を無視して話し始める。
「キミは今から他の世界……いわゆる異世界を救う勇者になる──のではなくそのサポートをして盛り上げなければならない。……それも勇者に決してバレないように」
……異世界? 勇者? ただでさえ非現実的な言葉なのに、それにサポートやバレないという訳のわからない言葉の羅列が加わって頭が痛くなる。
「全く話についていけないんだが、……ええと、勇者とか異世界って漫画とかアニメのアレだよな。全く現実感が湧かないんだが?」
「今更何を言っているのさ。キミが目覚めてからのことに現実感なんてないだろう」
「……確かに」
この一面真っ白でループしている世界にいる時点で現実はすでに曖昧なものとなってしまった。
「世界を復興させるためには生命エネルギーという生物の活動によって生まれるものが必要なのだよ。しかし、この世界にはすでに生物は存在しない。なので私は仕事をして生命エネルギーを稼ぐことにしたのだよ。そしてその仕事の内容というのが、神よりも上の創造主と呼ばれる方々に娯楽を提供するというものなのさ」
そして、ヒキガミは少し間を開けて話を続ける。
「……それもただの娯楽ではなく、なんと異世界ファンタジーらしくてね。それもただの異世界ファンタジーではなく……ハッピーエンドで終わるものらしい」
「神よりも凄いやつが異世界ファンタジーを望んでいるってどういうことだ! 加えてハッピーエンドだと!?」
「私もどうかとは思うが考えるだけ無駄さ。そんなことは置いておいて建設的な話をしよう。そうハッピーエンドの定義についてさ」
世界を再生させるのにハッピーエンドの話をするのはどう考えてもおかしいが、聞いておかなければ俺が後で苦労するだろうと思い耳を傾ける。
「ハッピーエンドの定義について私は考えた。それで導き出した答えが……この世界のようになる寸前の世界を救えばハッピーエンドになるのではないかと思いついたわけさ」
ヒキガミは自慢げにそう言って俺を見つめる。言動はアレだが見た目は美少女なので少し照れてしまう。
「だが、世界を救うというのは簡単なことではない。神の間では勇者を召喚して世界を救うという決まりがあるが、それでも上手くいくとは限らない。そこでキミが裏方として勇者のサポートをするわけさ」
なるほど、確かに勇者一人で救うのなら難しいだろうが、状況を理解している人間が他にいて手伝えば成功率は上がるだろう。
「だがよ、わざわざ裏方じゃなくて一緒に救った方が早いだろ」
「普通に考えたらそうさ。しかし、キミの存在自体がグレーなのだよ」
「グレー? どういうことだよ?」
「神はルールで縛られていて禁止されていることはできないのさ。そのルールの一つで勇者以外を召喚するのは禁じられている。だが、それではキミに罪を償わせることができない。……そこで私はルールの隙をついて、勝手にキミを勇者として召喚してサポートさせる方法を思いついたわけさ。別に勇者を召喚していいのは召喚する世界の者だけとは書いてないからね」
「つまり、俺が異世界に行くこと自体はルールを破ってないからできるが、バレたらアウトってことか……。だとしてもよ、なんで勇者限定なんだ? その創造主って奴にバレた方がヤバいんじゃねぇか?」
普通に考えると勇者にバレる可能性よりも、それを見ている創造主の方がバレやすい気がする。
「物語を見る時に自分を主人公に自己投影する人がいるだろう。創造主たちはそれを現実のものとしたのだよ……自身の思考を他人の思考に置き換えることでね。それ故に勇者がサポートされていると気づかない限り、創造主たちが気づくことはない」
「なんか、SFチックな話になってきたな……」
いくらなんでも自分の思考を他人に置き換えるなんて、普通の考えではできないことだ。そう思うとなんだか創造主という奴らが恐ろしく感じる。
「あぁ、当たり前だがグレーなので創造主にバレてしまうと罰せられて消滅させられてしまう」
あっけらかんと衝撃の事実を告げるヒキガミに俺は声を荒らげる。
「ふざけるな! そんな危険こと無理に決まってんだろが!!」
「私も鬼じゃないさ。キミに選ばせてあげよう。見つからないように勇者のサポートをするか? ──今消滅するか?」
……選ばせると口では言っているがこんなものは実質一択だった。
何も言わずに待ち続けるヒキガミに俺は口を開く。
「……世界を滅ぼしたとか救うとかはよくわからないが、死にたくないから働いてやるよ」
俺の答えにヒキガミは微笑む。
「理由は自己保身なのは仕事に望む理由として落第点だが、これから一緒に仕事ができるようで私は嬉しいよ。さて、質問はあるかい?」
俺は全く嬉しくないが、質問をしていいと言われたので気になっていたことを尋ねる。
「今聞くのもアレだと思ったんだが、せめて俺の名前ぐらいは教えてくれないか?」
ものすごく今更だが、俺は記憶が消されているので自分の名前がわからない。ヒキガミはキミと呼ぶのであまり気にならないが、これからのことを考えても名前はわかった方がいいだろうと思った。
「……あぁ、確かにキミの名前のことを忘れていた。じゃあ、クロゴで」
「じゃあって……それ絶対に前の名前じゃなくて、今決めた名前だろ!?」
「何か問題があるかい?」
「あるに決まってんだろ! 元々の名前があったはずだろ……それを教えてくれよ。名前が分かったぐらいで世界を滅ぼそうなんて思わねぇから」
「……悪いけど、前のキミには興味がなかったからね、知らないよ」
「酷すぎるだろ……」
口では悪いと言っているが、ヒキガミは清々しいほど悪びれる様子など一切ない。
俺は元の名前に別れを告げ、しょうがなくクロゴという名前を受け入れることにする。
「……わかった。もうクロゴでいい。だけど、どうしてクロゴなんだ?」
「それはキミの着ている服がそうだからさ」
そう言ってヒキガミが指を鳴らすと姿見が俺の眼前に現れた。
鏡にうつるのは身体を黒い衣装で覆われ、頭にも黒い頭巾を被っている。まるで──というか黒子そのものだった。
「なんだこれ……」
頭に被っている頭巾を脱ごうと引っ張るがびくともしない。せめて、顔だけでも見ようとすだれを上に上げると、俺の姿が平凡な顔の白い軍服を着た姿に変わった。
「一体どうなってんだ……」
「その服はキミの名前と一緒で
口を動かしたり目を動かすと、鏡の中の俺も同じ動きをする。それなのに作り物と言われても実感が持てない。
「ってキミと一緒ってこれから俺の名前を取ったんだろうが! というか、どうやったらこの黒衣は脱げるんだよ?」
すだれを下げてヒキガミに視線を向けると、ヒキガミは俺から顔を逸らす。
「わたしからはこうとしか言えない。……諦めたまえ」
「諦めたまえって……外すことが出来ないってことかよ!」
「正解。おめでとう!」
パチパチと手を叩くヒキガミをバシバシと叩いてやろうかと思わずにはいられない。
それにしても俺はここまで黒衣をつけていることに気づかなかった。理由はこの頭巾、不思議なことに顔を覆う黒い布が姿見ではハッキリと映っているのに対して、視界は一切妨げられていないのだ。
「この黒衣には他にも翻訳機能や身体強化に収納、加えてすだれを下げた状態だと透明化することも可能だ」
「色々と便利な機能があるのはわかったが……透明化? さっきから鏡にはっきりと俺の姿が映ってるぞ?」
「なに、この世界では効果は発揮しないのさ。もしも透明になって私に卑猥なことをされては困るからね。あぁ、もちろん当たり前だが、私以外にも卑猥なことに使ってはダメだよ」
「やるわけないだろうが! てか、もう少しこの格好は何とかならないのかよ!」
俺はぶかぶかの黒衣を引っ張りながら、せめて他の格好にならないかと文句を言う。
「はぁ……そこまで嫌なら初期案の全身黒タイツでもいいんだよ。……私はね」
「ごめんなさい。これでいいです……」
黒衣も恥ずかしいが、全身黒タイツに比べれば天と地の差があるので、俺は態度を一変させて大きく頷いた。
「そういえば収納もあるって言ってたが、どこに付いてるんだ?」
黒衣をまさぐりながらヒキガミに尋ねる。
「袖に物を入れるといい。あぁ、一応言っておくが生きている生物は入らないよ。もしも入ってしまうと裾の収納はこの世界に放り込んでいるだけだなので、召喚ということになってしまいルールを破ってしまうことになるからね」
「怖っ、それにしても放り込むってえらく乱暴だな……。それと後は翻訳だったが。まぁ、なんとなくわかるからいいか」
翻訳機能は異世界の言語がわかるとかそういうものだろう。
「この黒衣さえあれば無力で愚かなキミでも、異世界で少しは善戦できるだろう」
一言多いヒキガミにイラつきながら俺が黒衣について考えていると、ヒキガミが居住まいをただし初めて真剣な表情を浮かべる。
「さて勇者はキミが異世界に召喚されてから五日後に召喚される。そしてキミの補助は勇者が世界を救うまでさ。ちなみに私はここで勇者をカメラで監視しながらキミのサポートをする」
どうやら勇者は俺と同時に召喚される訳ではないみたいだが、五日間で一体何ができるのだろうか? ……異世界そのものがよくわからないというのに。
「さて、勇者の黒子のお仕事を完遂してくれたまえ」
ヒキガミは鏡を消して両腕を白い空へと掲げ小さく口元を動かす。すると俺の足元に魔法陣が徐々に浮かび上がり初め、光が俺を包こもうと広がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなり異世界召喚なんて聞いてないぞ!」
「とても派手な演出だろう。……まぁ、なかったとしても別に召喚はできるが、勇者にはなれず黒子となるキミにせめて勇者気分を味あわせてあげようと用意したのさ」
「…それって、言ったら意味ねぇだろが!」
……そして、俺の身体は完全に光に包まれしまい、強制的に勇者の黒子にされたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます