第一章 002 糸
いったいどれだけ歩いただろうか?
そんな考えに答えてくれるものはおらず、
代わりにザクザクと落ち葉を踏みしめる音があたりに響く。
ふと、上に目を向けると、そこら中に生えている木々が空を覆い隠すように張り巡らされていて、
陰鬱な空気が流れているように感じる。
これが道がしっかりしていてピクニックでもしていたら感じ方も違ったのだろうか。
「うぉ!?」
そんなことを考えていると足を木の根に取られ転びそうになる。
この森を歩いて転びそうになったのはこれが初めてではなかった。
落ち葉があたり一面に敷かれているおかげで、一目見ただけでは平らな地面のように見える。
だが、実際に歩いてみるとそんなことはなかった。
落ち葉の下には周りにある木々の根が絡み合い地表に露出しており、
太い木の棒や石が歩みを遮るように足をからめとってくる。
まるで食虫植物やアリジゴクに捕まった虫に自分がなってしまったかのような感覚に陥ってしまう。
そんな考えを振り切るように足元に気を付けながら歩いていると周りはさらに暗くなってくる。
そうして歩いているとあることに気付く。
「本当にこっちでいいのか?」
ネガティブなことを考えないように無我夢中で歩いていた足が急に止まる。
今進んでいる方向が人里や沢につながっているという保証などない。
しかし自分は根拠もなく、何故かこのまま進んでいけばどこかにたどり着くと本気で思っていた。
自分で自分に怒鳴りつけてやりたい。
いやそれよりも、この明らかな失敗を誰かのせいにしてやりたい。
そんなどうしようもない考えが浮かび…
その場で大きく息を吐き、ネガティブな考えを吐き出す。
今はそんなことを考えている暇はないのだ。
頭を切り替えてこれからどうするべきかを考える。
何かないかと周りを見渡すとあたりは先ほどより暗くなっており
まるで何者かが『もうすぐ暗くなるぞ!』とせかされているような気分になる。
このままやみくもに歩き続けても沢や人里に出られる保証なんてどこにない。
これからどうするかと、色々な考えがグルグルと頭の中で駆け巡っている。
ーーーーーガサッーーーーー
しかし考えがまとまる前に自分の後方にある茂みが揺れる音に意識が持っていかれてしまう。
反射的に体が音のした茂みを正面にとらえた。
心臓が早鐘をうち全身に血がめぐらされているように感じるのに
頭にだけは血が届いていないんじゃないかと思うほど血の気が引いていく。
いつの間にか額には冷や汗が伝い、呼吸が不安定になっている。
どうするか考えがまとまる前に足が震え、自分の意思とは関係なく後ろに動いた瞬間ーー…
ーーーーバサバサバサッーーーーー
鳥が茂みから飛び出しはるか上空へと飛んで行った。
その瞬間、緊張のせいか安堵のせいかその場でしりもちをついてしまう。
そんな自分とはお構いなしにドンドンとあたりは暗くなっていく気がしていた。
「いったいどうすれば…」
そう呟き、左手で地面をつき立ち上がろうとすると何かが手の下にあり、うまく手を付けない。
もしかしたらなにか役に立つものかもしれない。
そんな淡い期待とともに、それを持ち上げる。
持ち上げて確認するとそれは木の棒だった。
「なんだ…ただの木の棒か…」
もしかしたら何か今の現状をどうにかできるものが出てくると期待して持ち上げたが
本気でそんな都合のいいものが出てくると思っていなかったおかげか、
そこまで落胆せずにすんでいた。
そのまま木の棒を投げ捨て立ち上がろうとした瞬間、
【 頭の中で糸が一本、音を立てて張られた感覚がした。 】
「ーーーーー…!」
なにかを思い出した感覚がする。
それが何かはわからないが、今何をしなければならないかがわかる。
このままではすぐに暗くなり、沢が見つかっても自分の身を危険にさらすだけだ。
ならばここで夜を越すために、雨風が防げるシェルターを急いで作らなければならない。
そこからは速かった。
手際よく太い棒と枝をかき集めて、急いでそれらを組み立て始める。
太い棒を複数利用して立てかけたものの間に枝をかませて上から落ち葉をかぶせる。
そうすると人一人が座れるだけのスペースが出来上がる。
見た目は不格好だが、ちょっとした風くらいではびくともしないだろう。
シェルターが完成するころにはあたりはすっかりと暗くなっていた…。
※役に立つかわからない知識※ーーー
遭難時に暗闇の中歩くのは大変危険です。
もし夜を過ごすことになったら急いでビバークの準備をしましょう。
雨を防ぐことはもちろんですが、風を遮り少しでも体力の消耗を押さえなければなりません。
今回のように枝や落ち葉を利用してシェルターを作るほかに
積雪の多い場所では雪を利用する方法や
自然に生成される岩棚や洞窟を利用してもいいかもしれません。
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