第4話 強い絆
それからどれくらい気を失っていたかわからない。ミネルバが次に目を開けたとき、窓の外はすっかり暗くなってしまっていた。
「ミネルバ、目が覚めたの?」
頭上から心配そうな声が降ってくる。ソフィーがベッドの脇にひざまずき、ミネルバの顔を覗き込んでいた。
「ソフィー……、いま何時?」
ミネルバは体を起こそうとした。しかし疲れすぎているせいか、体がひどくだるい。結局は諦めて、ミネルバは頭を枕に戻した。
「まだ起きちゃ駄目よ。くたくたに疲れ切って、体が悲鳴を上げているんだから」
ソフィーが眉をひそめた。彼女は口も歪めていて、泣き笑いのようにも見える表情になっている。
「時間のことも気にしちゃ駄目。気が楽になるかどうかはわからないけれど、神官様からの伝言を伝えるわね。『講義の遅れは、明日少し頑張れば十分挽回できます』ですって」
ミネルバはぼうっとした目でソフィーを見上げ「そう……」と小さな声で答えた。
休憩時間に神殿から出たけれど、ソフィーに会ったらすぐに戻るつもりでいたのだ。けれども、状況がそれを許さなかった。
ソフィーが辛い目に遭い、助けに行きたいのに助けられない。そんな状況で、千里眼を使わないという選択肢があるわけがない。
「ルーファス殿下やロアン君から聞いたわ。心と心で会話をするという、論理的な説明のつかない力を、ミネルバは初めて使ったんでしょう? 体がどうなるのかもよく知らずに。不可能を可能にしたことで、すっかり体力を消耗して……」
ソフィーの灰色の目が潤み、ひと粒の涙が彼女の頬を伝った。
「私のために、どうしてそこまでしてくれたの?」
「だって、ソフィーは世界中で一番大切な友達だから……」
ミネルバは手を伸ばして、すぐそばにあるソフィーの頭を優しく撫でた。
「どうしてもソフィーの元にたどり着きたかった。千里眼……私が持って生まれた力を使ったって、一方的にあなたの姿を見て、あなたの声を聞けるだけなの。そういう能力があるって自覚したのは最近で、ちゃんと使ったのも片手で数えるほどなんだけど……」
ソフィーの灰色の瞳を見つめながら、ミネルバはさらに言葉を続けた。
「心と心での会話までできるようになったのは……多分、強い感情が引き金になったんだと思う。あなたを守りたいっていう、激しく純粋な気持ち……」
ソフィーの目がみるみる涙でいっぱいになる。ミネルバはまどろみたい気持ちと闘いながら「ごめんね」とつぶやいた。
「千里眼のこと、秘密にしていてごめんね。きっと受け入れてもらえるって思いつつ、後回しにしてたの。気持ち悪いって思われたらどうしようって、いざとなると怖気づいちゃう自分がいて、それで……」
言葉が途切れたのは、ふいに柔らかさを感じたからだ。ソフィーがミネルバに覆いかぶさり、強く抱きしめてくれていた。
「あなたの能力は最高よ! 気持ち悪いだなんてこれっぽっちも思わないっ!」
ソフィーのぬくもりと安堵の気持ちが同時に襲ってくる。ミネルバは目を瞬いた。
「私、神様に感謝してるわ。ミネルバに不思議な力を授けてくださってありがとうございますって。あんな風に心が満たされるような体験をしたのは、生まれて初めてだった。ロアン君が言ってたわ、強い絆があったから心と心が繋がったんだろうって」
たしかに強い絆を感じた。実の姉妹でもないのに、説明のしようがないほど深く繋がっている。ソフィーとの抱擁ですっかり心が落ち着いたおかげか、ひと呼吸ごとに体力が戻ってくるみたいだ。
ミネルバは胸がいっぱいになって、ソフィーの背中に腕を回した。受け入れてくれたことへの感謝の気持ちを込めて、泣きじゃくる彼女の背中をぽんぽんと叩く。
ソフィーは体を起こすと、照れたように笑いながら涙を拭った。
「そうそう、エヴァンさんが滋養強壮剤を作ってくれたの。すごくよく効くらしいわ。起き上がれそうだったら、飲んでみて」
サイドテーブルに手を伸ばしたソフィーが、摩訶不思議な色合いの液体の入ったグラスを差し出してくる。
内心の驚愕がそのまま顔に出たのだろうか、ソフィーが「抗議は無しよ」と微笑む。ミネルバは身を起こしてグラスを受け取った。強烈な草の香りに、両方の眉を上げずにはいられない。
ゆっくりと口を近づける。ぺろりと舐めると、アロ豆の菓子と同じ甘さを感じた。今度はたくさん飲んでみた。見た目とは裏腹に優しい味で、喉をするりと通り抜けていく。体内を滑り落ちた滋養強壮剤が、お腹の中をじんわりと温め始めた。
「効き目が出るまで、少し時間がかかるわ。だから無理をしないで寝てなくちゃ駄目」
ソフィーは真剣な表情で釘を刺した。ミネルバはうなずいたものの、遅効性だとは信じられないくらい気分がよくなっていた。
「すぐにルーファス殿下を呼んで貰うわ。自分まで神殿での講義や執務を休んだらあなたが気に病むだろうって、後ろ髪を引かれる思いで出ていかれたのよ。本当は、誰よりもミネルバの側にいたかったはずなのに」
ソフィーの言葉に、思わず笑顔になった。気を失ったミネルバのことが心配でなかったわけがないが、恐らく侍医のジェムが大丈夫だと請け合ったのだろう。
やるべきことを数多く抱えているルーファスの、足を引っ張る存在になるのが一番辛い。そういうミネルバの性格を、さすがにルーファスはよくわかっている。
ソフィーが廊下に出て、すぐに戻ってきた。外で待機しているエヴァンにミネルバが目覚めたことを伝えたのだろう。
それから数分もしないうちに、ミネルバの寝室はみるみる訪問者でいっぱいになった。三人の兄たちとロアン、テイラー夫人、父と母、アシュランから連れてきた二人の侍女、それから翡翠殿の使用人たち。
やがて廊下から猛々しい足音が響いた。走り出したいのをぎりぎりまで我慢しているのがわかる表情で、ルーファスがベッドに近づいてくるのが見えた。
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