第5話 気の抜けないお茶会2
ソフィーが言葉を返そうと口を開いたとき、カサンドラはそれを遮るように言葉を発した。
『いくらミネルバ様でも、女官のプライベートについてどうこう言えるお立場ではないでしょうし。それにソフィーさんは宮殿入りしてから、一度もお休みを貰えていないそうですね。ああ、お可哀そうに。過重労働を課すのは、道義にもとる行為ではありませんか?』
『そんな! お休みについては、私が自分で──……』
ソフィーの声がしぼむように途切れてしまった。カサンドラがさらに言葉を被せたからだ。
『ミネルバ様が、アシュランの王宮で評判を落とされたことは事実ですし。そんな方が、富も名誉も保証されたグレイリングの皇族になるのですから、浮かれてしまっても仕方ないのでしょうけれど。属国出身のミネルバ様が、生来の身分が上のソフィーさんを必要以上にこき使うなんて……鼻持ちならない方だという印象を受けますわね』
『ち、違います、ミネルバ様はそんな……』
カサンドラが右手を上げた。反論を許さないことを告げる動作だ。
『ソフィーさんがどう言おうと、外部からどう見られるかに気を配るのが、主人として当然の義務ではないかしら?』
ソフィーの顔から血の気が引いていく。自分の行いがミネルバの弱点になったと悟ったに違いない。
カサンドラはどうやら、こちらの動きを絶え間なく追っていたようだ。メイザー公爵家は建国にも携わったほど歴史の長い名家だから、中央殿の使用人と親密な関係を築いているのだろう。
たとえ翡翠殿の使用人たちの口が堅くても、ミネルバはすでに皇族扱いを受けている。一日のスケジュールの中で、公務に関連のある部分は中央殿とも共有されるのだ。そこから女官であるソフィーの動きも推測できたのだろう。
宮殿に入ってから、休みを取りたがらなかったのはソフィー自身で、ミネルバはそれを心配していた。
しかし傍目にはそうは映らない。実際、カサンドラはそこを容赦なく叩いてきた。
(いいえ、ソフィーのせいじゃない。彼女に休みを取らせる機会は数えきれないほどあった。でも私が彼女に側にいてほしくて、ついつい甘えてしまった……)
情けなくて涙が出そうだ。いますぐにソフィーに話しかけたかった。謝りたかった。
『ねえソフィーさん。あなたが女官になったと聞いたとき、私たちは悲しみに暮れたものです』
カサンドラは優雅な身のこなしで扇を広げた。双子のリオナとメイリンがくすくす笑いをし、ヴェルヴェットは鋭く尖った視線を投げてくる。
四人から一身に視線を注がれて、ソフィーは居心地悪そうに身じろぎをした。すっかり怖気づいていることが表情に出ている。
『ミネルバ様は、身分の高い令嬢ならば誰でもよかったのでしょうねえ。ソフィーさんが妹と婚約者から自尊心を傷つけられて、これ以上ないくらい弱っているところに付け込むなんて……私から言わせれば、悪辣そのものです』
『そ、それは誤解です。ミネルバ様は、あなたの考えているようなお方では──』
『ソフィーさんがどうおっしゃろうと、属国出身のミネルバ様が、辺境伯令嬢を女官にしたことに眉を顰めている者たちがいることは事実ですわ』
扇で口元を隠したカサンドラの目に、なんとも意地の悪い笑みが浮かぶ。
『女官とは本来、熟慮の上で決めるべきもの。身分や年齢、家同士の力関係など、あらゆることを考えなくてはなりません。ミネルバ様の生まれ育ちを考えれば、男爵家の娘でももったいないくらいです』
カサンドラはわざとらしくため息をついた。まるでソフィーがひどい過ちを犯したかのような口ぶりだ。
双子の姉のリオナが肩をすくめた。
『妹が婚約者を誘惑しただなんて、ソフィーさんにとってこれ以上の辱めはありませんわよね。醜聞に巻き込まれたら、普通の令嬢より立場が弱くなりますし。ミネルバ様は評判が失墜したばかりのあなたに、噂好きの人々から守る盾になってやるとでもおっしゃったのかしら?』
妹のメイリンが呆れたように首を振る。
『ソフィーさん。あなた、屈辱から逃げようとなさったのね。まあ、わからないでもないですわ。身近な人間から恥をかかされたら、逃げ出したいという衝動は凄まじく強くなるでしょうし』
カサンドラがうなずいた。
『そうは言っても、取り返しのつかない一歩を踏み出す前に、よく考えるべきでしたね。ねえソフィーさん、あなたは社交界の噂好きたちに最高の餌を与えてしまったの。あなたを女官にしたことで、ミネルバ様は思い上がりが激しくて、うぬぼれが強いと思われているのよ?』
ソフィーが身をこわばらせた。
四人の公爵令嬢たちは微笑んでいるが、その瞳はきつい光を放っている。
『ルーファス殿下が、どこの誰ともわからない属国の人間を、婚約者として連れ帰ると発表したことは、控えめに言っても貴族たちの不興を買いました。特に公爵家は、一部を除いてみんな怒っています。その上自らの評判を補うために、身分の高いソフィーさんを女官にしたとあっては、ミネルバ様が野心的な方だと思われても仕方がありませんね』
カサンドラがすました顔で言う。
『私たちの見解が、事実とまったく違うとは言わせませんよ。ねえソフィーさん、一刻も早く女官職を返上するのが正解ではないかしら。いまのままでは、どちらも悪く言われるだけですわ』
カサンドラは身を乗り出し、ソフィーの手をぎゅっと握った。
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