第4話 注目の的

 翡翠殿を出て、グレンヴィルとエヴァンジェリンが待つ翼棟へと向かう。

 パレードの観覧は、義理の両親となる彼らと一緒にすることになっていた。皇帝夫妻は宮殿に残り、アシュランからの訪問団の受け入れ準備を整えてくれるそうだ。


「まあミネルバさん、とびきり美しいわ!」


 ミネルバをしげしげと眺め、エヴァンジェリンが頬を薔薇色に染めた。グレンヴィルも「ほう」と目を見開き、感銘を受けたようにうなずく。二人はソフィーの装いも「素晴らしい」と褒めそやした。


「いやしかし、ミネルバが美しいことはわかっていたが、その髪型が君のよさを一層引き立てているね。シンプルなドレスだが、自信と威厳が漂っている。パレードを見にくる紳士たちがざわつくだろうな。男というのは、高嶺の花に惹き付けられるものだから」


「あらあなた、これならば淑女からも強烈な賞賛の視線を向けられますわ。髪型のおかげで顔がはっきり見えて、類まれな美女だと認めざるを得ませんもの。初のお披露目に立ち向かうための、武装は完璧ね」


 エヴァンジェリンがにっこりと笑う。


「多くの貴族たちにとって、ミネルバさんはまだ名前だけの人です。私たちと同じ席に座るあなたを、じっくりと品定めするでしょう。華やかなだけのドレスよりも、いくぶん厳しい印象を与える装いを選んだことが、きっとプラスに働くわ」


 未来の義母に太鼓判を押されて、ミネルバは嬉しくなった。後ろを振り向くと、テイラー夫人がかすかな笑みを浮かべている。


「これまで皇族の結婚相手は、国内の人間に限られてきたからな。アシュランからの花嫁にどれほど魅力的な持参金があるか、一般市民も貴族も興味津々だ。大通りには、かなりの人数が集まっているようだぞ」


 グレンヴィルが言った。

 グレイリングの人々にとってアシュランは、実在する国でありながら物語の中のように遠い存在。持参金として一体何が運ばれてくるのか、新しい王太子はどんな人物なのか、気になって仕方ないらしい。


「観覧は自由ですけれど、ほとんどの貴族が足を運ぶようですわ。結果的に、社交シーズン初めの一大イベントになりましたわね。さあミネルバさん、気合いを入れて行きましょう」


 エヴァンジェリンに促され、ミネルバたちは馬車に乗り込んだ。


 帝都デュアートは雲ひとつなく晴れ渡っていた。

 パレードの最終地点は、デュアートでも最大規模の都市公園だ。一番奥の広場には、大きなすり鉢を半分に切ったような斜面を利用して、階段状に観客席が作られている。

 闘技場や円形劇場としても利用可能な、弧状の観客席は貴族のみで埋め尽くされていた。

 最も見晴らしのいい場所に優美な布で飾られた場所があり、玉座が四つ置かれている。これからミネルバたちが座る席だ。


「ここにいる貴族たちは皆、五百年近いグレイリングの歴史の中で、初めての属国出身の妃の顔を見ようと集まっているのです。そしてその実家の財力を見極めるために。ただ座ってパレードを眺めるだけとはいえ、醜態をさらしてはなりませんよ!」


 背後からテイラー夫人が檄を飛ばす。

 ミネルバは「はい」と微笑んだ。嫌でも緊張するはずなのに、連日厳しい教育を受けているおかげで、怖さなどまったく感じなかった。

 皇族の入場を告げる音楽が鳴り響くと、会場全体の空気が変化した。紳士も淑女も立ち上がって姿勢を正し、唇を引き結ぶ。

 金のモールをふんだんにあしらった、正装用の騎士服に身を包んだグレンヴィルと、会場内の誰よりも気高く光り輝くエヴァンジェリンが、まず通路に足を踏み出した。

 次にルーファスとミネルバが登場すると、貴族たちは一斉に好奇心を掻き立てられた様子だった。後ろからテイラー夫人が誇らしげに、ソフィーとマーカスが緊張した面持ちで続く。

 ルーファスの黒い騎士服には、袖や襟に銀の刺繍が入っている。人目を引く容貌に、淑女たちの口からため息が漏れた。

 彼にエスコートされているミネルバは、一挙一動を観察されているのを感じた。何人かの令嬢がぽかんと口を開け、慌てて閉じる。青年たちが息をのむ音が聞こえる。

 何百人もの貴族たちの目がミネルバに集中していた。若い娘とは思えない、流行に逆らった古典的な装いなのに、ミネルバから目を離すことは至難の業のようだ。

 妹の姿に群衆からどよめきが上がるので、マーカスが驚いたような声を出した。


「昔と同じドレスなのに、ミネルバの感じが変わったからか? 迫力というか、オーラがあるというか」


「自信こそが人を輝かせ、美しくするのです。揺るぎない威厳に満ちているからこそ、似合う装いもあるのですよ。マーカス様も皇弟妃の兄で、アシュラン国王の弟という立場になるのですから、言葉を使わずに立場を伝えられるオーラを身に着けて頂きたいものですね」


「が、頑張ります……」


 背後から聞こえるマーカスとテイラー夫人のやり取りに、心がほっこりする。

 ミネルバは次から次へと数えきれないほどの好奇の視線を浴びながら、笑顔でまっすぐ前を見て歩いた。

 ミネルバたちはきらびやかな玉座に腰を下ろした。テイラー夫人たちの席は、ひとつ下の段に用意されていた。

 遠くから群衆の歓声が聞こえる。アシュランからの一行を歓迎するために、一般市民が大通りに殺到しているのだ。

 立って見物する人がほとんどだが、有料の観覧席も用意されているという。裕福な商人などは通りの家を借り切ったり、大型馬車や幌馬車の中から見物するらしい。

 ミネルバの位置からは、きらびやかなドレスに身を包んだ淑女たちがよく見えた。その中にひとり、誰よりも強い視線を向けてくる女性がいる。

 いささか妖艶すぎるが美しい顔立ち。その周囲を、赤い巻き毛が覆っている。首と肩があらわなドレスは、風船のようにたっぷりと膨らんだ袖が印象的だ。スカートも大きく広がり、彼女ひとりで二人分のスペースを占領している。

 ミネルバの古風で直線的なドレスとは正反対だ。おそらくグレイリングでも最新型のドレスなのだろう。


(カサンドラ・メイザー公爵令嬢……)


 女性の周囲にいる淑女たちも、洒落たドレスで着飾っている。しかし美しさと豪華さでは彼女が一番だ。

 赤毛の美女の顔に笑みが浮かぶ。彼女が笑顔の下で静かな怒りをたぎらせているのを、ミネルバは敏感に感じ取った。

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