第7話 サプライズプレゼント

 ルーファスが立ち上がり、ロアンに顔を向けて微笑みかける。


「ロアン・アストリーをエヴァンの補佐に任命する。君の根性や度胸、勇気や能力は一級品だ。立派にやり遂げてくれると信じているぞ」


「はい! 僕は言われなくてもミネルバ様の周りをウロチョロしてるので、エヴァンさんのサポートに最適な人材ですっ!」


 明るい声をあげて、ロアンが弾むように前に飛び出してきた。


「ミネルバ様、いまからは僕のこともロアンって呼び捨てにしてくださいね。エヴァンさんの休憩中やお休みの日は、僕が穴を埋めます。早朝にお散歩したいなーとか、ちょっと買い物に行きたいなーとか、遠慮なくお申し付けください」


 満面の笑みのロアンはとても嬉しそうだ。ミネルバも彼の表情を見て、思わず笑ってしまった。


「ありがとうロアン、頼りにしています」


「はい、お任せください。ミネルバ様に誠心誠意お仕えすることを誓いますっ!」


 ロアンが急に真面目な顔になり、うやうやしく頭を下げた。

 エヴァンの言葉をそっくり真似したことが照れくさいのか、顔を上げたロアンは少し恥ずかしそうだ。愛おしいその姿を、誰もが微笑ましそうに見ている。


「ミネルバ、実は君にプレゼントがあるんだ。私とエヴァン、そしてロアンの三人で用意したものだ。エヴァン、ここへ持ってきてくれ」


「かしこまりました」


 ルーファスに言葉にエヴァンがにっこりと微笑み、部屋の端にある棚まで歩いていく。

 戻ってきた彼の手には、光沢のある厚紙で作られた箱があった。横幅はミネルバの靴が入りそうな長さで、厚みはそれほどでもない。日記帳をしまうのにちょうどいい平べったさだ。

 テーブルの上に箱が置かれ、ルーファスが蓋を持ち上げる。中身が現れたとき、ミネルバは思わず歓声を上げた。


「か、可愛い! それに、すごく綺麗っ! これは……お菓子よね?」


 ルーファスが「そうだ」とうなずく。

 箱の中にぎっしりと詰められているのは、実にカラフルなお菓子だった。親指の爪よりも少し大きいくらいのサイズで、すべてに異なる花模様が描かれている。

 見た目は滑らかで光沢があり、飴でも砂糖菓子でもないようだ。つるつるしていて、溶かした蝋燭を固めたような見た目だ。


「エヴァンの故郷の島に代々伝わるレシピで作ったものだ。その島にしかないアロという豆が主原料で、非常に栄養価が高い」


 ルーファスがエヴァンに視線を向ける。


「私の祖先は魔女と呼ばれておりましたが、実際はすばらしい治癒師でした。切り傷擦り傷、咳に腹痛、虫歯に腫れ物を、膏薬や煎じ薬を作って治すのが役目だったんです。魔女と言えば毒というイメージがありますが、猛毒を含む薬草は処方によって良薬にもなるんですよ。魔女たちは長い伝統と知識で人々を助けてきましたが、ほとんどの薬草は栽培が難しく……古い処方は、一般的な医学の進歩で廃れてしまいました」


 そう言ってエヴァンは、テーブルの上の菓子をじっと見つめた。


「私は彼らの子孫として、魔女の薬草の復活に心血を注いでおりまして。栽培が軌道に乗ったものは、ジェムさんの治療にも取り入れて頂いています。この菓子に使ったアロ豆も、最近ようやく収穫できるようになって……未来の皇弟妃様に献上されたことを知ったら、祖先はびっくりすることでしょう」


 ロアンが箱の上にぐいっと身を乗り出し、にんまり笑った。


「ささ、食べてみてください。僕が味見を担当したんで、美味しさは保証します。ほら、千里眼を使ったあとはお腹が空っぽになるじゃないですか! たらふく食べないと気が済まない僕と違ってミネルバ様はちょっと食べたら回復するから、栄養があって日持ちがして持ち運びに便利で、ラブリーでキュートな携帯食を用意してあげたいって、ルーファス様そりゃあ頑張ってたんですから!」


 ルーファスが片方の眉をつり上げる。しかしロアンは構わず言葉を続けた。


「睡眠時間削ってエヴァンさんと打ち合わせして、僕は感動しました。携帯食作りだけじゃなくて、夜中にいきなり書類や本が散乱している執務室の掃除を始めたり、最新のデートスポットを調べるために流行小説を読んだり──」


「ロアン、お前が喋っていたらミネルバが菓子を食べられない」


 ルーファスが眉根を寄せ、押し殺した声で言った。怒っているというよりも、明らかに照れている。

 ロアンが「やばい」という顔つきになり、大急ぎで口を閉じた。ジェムは笑いを噛み殺し、セスとぺリルは同時に肩をすくめ、エヴァンは苦笑を浮かべている。


「それじゃあ、ひとつ頂きます」


 ミネルバは宝石のようにきらめいている菓子に手を伸ばした。

 それは飴よりも柔らかく、口の中でゆっくりと溶けていく。柑橘類に近い酸味を感じた。ほんのわずかに渋味と苦味もある。最後に残ったのは、上品な甘さだった。


「美味しい……舌の上でいろんな味が溶け合う不思議な感覚、こんなの初めて……」


 ミネルバは感激して言った。

 こちらをじっと見つめていたルーファスが「よかった」と安堵のため息を漏らす。

 これを作ろうと思い立ったとき、そして作っている間、ずっとミネルバのことを思い描いてくれていたのだろう。そう思うと喜びが込み上げてきて、胸がどきどきする。


「ありがとうルーファス。ありがとうエヴァン、ありがとうロアン。旅立ちを前にして、こんなに嬉しいプレゼントはないわ。見事な出来栄えのこのお菓子を、お守りにして持ち歩くわね」


 本当にルーファスは、ミネルバを気遣うことにかけては天才的だ。旅先で千里眼を使うことがあったとしても、淑女的には「お腹が空いた」とは言いにくいから。

 出発時間は刻一刻と迫っている。いよいよ新生活の始まりだ。

 ルーファスと頼もしい護衛たちがいれば、何の心配もないだろう。込み上げてくる嬉しさに、ミネルバはにっこりと微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る