第4話 嬉しい発見

 ミネルバはゆっくりと息を吸って、そっと吐き出した。頬がほてるのを感じながら、自分の膝を枕にして眠るルーファスを観察する。

 目を閉じている彼の顔は緊張がほぐれ、なんだかとても幸せそうに見えた。


(この角度から見下ろすのは妙な気分。照れるというかくすぐったいというか)


 いつものルーファスは鋭い目つきゆえに威圧的で隙がなく、妥協や弱さとは無縁に見える。男らしくて威厳があって、芸術作品のように美しい。

 たぶんグレイリングの令嬢のほとんどは、ルーファスを見て胸をときめかせただろう。皇弟妃になることを夢見ただろう。中には父親や一族の利益のためだけではない、純粋な恋心も含まれていたに違いない。


(でも、ルーファス様……ルーファスはずっと心の周りに壁を張り巡らせていたのね。華麗な恋愛遍歴があっても不思議ではない人なのに、誰とも親しくならず、決まった相手を作らず……)


 そこまで考えて、ミネルバは全身がかっと熱くなるのを感じた。


(ずっと人を愛することを禁じられていた……つまりルーファスの生まれて初めての恋の相手が、私ということ!?)


 ミネルバは驚きに息が止まりそうになった。

 ルーファスがバートネット公爵家を訪問した日のことを思い出す。いつも黒づくめの彼が、ミネルバの髪色に似たシルバーグレーの騎士服を着て、真っ赤な薔薇の花束を抱えて──。


(あの日ルーファスが前のめりだったのは緊張の裏返しだったの? 彼がくれたのは求婚の言葉と花束だけじゃなくて、ありったけの勇気も差し出してくれていたんだわ……っ!)


 お互いに初恋同士だなんて夢にも思わなかったことだ。彼と自分が同じものを感じている、そのことがたまらなく嬉しい。

 ルーファスにはこれから先もすべきことがたくさんある。ミネルバにもすべきことがある。

 人生はいいことばかりではないに違いなくて──それでも相手から愛されている、大切にされている、自分が貴重な存在だと心から信じられるから、どんなことにも負けないでいられるに違いない。

 喜びに打ち震えながらルーファスを見つめていたミネルバは、ふと壁の時計に目をやった。


(あ、もう15分たっちゃった。どうしよう、まだ寝かせてあげたいけど……)


 そのときミネルバの思いを読み取ったかのように、ルーファスがぱっと目を開いた。


「信じられないくらいよく眠れた。瞬時に眠りに落ちる訓練は積んでいるが、短時間でここまですっきりしたのは初めてだ」


 寝ぼけ顔ひとつ見せずにルーファスが身を起こした。ほんの少し前まで深い眠りに落ちていたのが嘘みたいだ。

 彼は両手で黒髪を梳いて、さっと髪を整えた。あまりにも魅力的な仕草についうっとりしてしまう。


「ほんの少ししか寝ていませんけれど、体は本当に大丈夫ですか?」


 ミネルバが尋ねると、ルーファスは「ああ」とうなずいた。


「この世界に癒しの魔法というものがあるとしたら、私のそれはミネルバの膝枕だな。冗談抜きで、驚くほど身体が軽くなっている」


「そ、それはよかったです……」


 ミネルバは頬が熱くなるのを感じた。自分の膝枕に回復作用があるとは思えないし、しょせんは気は心なのだろうが、役に立てたならやはり嬉しい。


「それじゃあミネルバ、自称アダム・レノックス男爵の謎を解くとしようか。恐らくフィルバートの従叔父が何らかの方法で入れ替わっているんだろうが、証拠がなければ話しにならない」


 ルーファスが手を差し出してくる。大きくて力強い手だ。


「はい。従叔父の持ち物と、そして本物のレノックス男爵のものだとはっきりわかる肖像画がありますから。ルーファスがくれたトパーズも導いてくれるでしょうし、きっと真相に辿り着いてみせます」


 ミネルバを暗闇から救い出し、明るい世界へと導いてくれた人の手を、ミネルバはぎゅっと握りしめた。


「ルーファスと呼んでくれるなら、口調も少しくだけたほうが嬉しいな。脳裏に映ったことは何でも口にしてくれ。私がしっかりメモを取っておく。キーナン王が国中の兵を動かすと約束してくれているから、君が見つけたものはすぐに探し出せるだろう」


「わかりまし……わかったわ、ルーファス。あの……最初のときみたいに私を支えていてくれる? 寄りかからせて貰えるだけで、きっと勇気が出るから」


「もちろん、喜んで支えさせてもらう」


 ルーファスが微笑み、漆黒の目に温かさが浮かんだ。それを見て、ミネルバの中で生まれかけていた緊張が一気にほぐれる。

 ルーファスの長い手が、テーブルの端に置かれていた2つの品物を引き寄せた。ロアンとマーカスが持ち帰った、従叔父が愛用していたという懐中時計。そしてコリンが手に入れたレノックス男爵の小さなころの肖像画。

 ノートとペンを太腿の上に置き、ルーファスが左腕でミネルバの肩を抱く。

 ミネルバはゆっくり呼吸しながら、トパーズの婚約指輪を嵌めた右手を従叔父の懐中時計の上に置いた。そしてルーファスに寄りかかって目を閉じ、現在の彼の元へ導いてほしいと祈った。

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