第4話 名誉の回復

「心身ともに疲弊しているあなた方に向けるには、きつい言葉であることはわかっています。愛情を注いできた孫に、人生最大の裏切りをされたのですから。しかし、いまだからこそ、フィルバートからひどい仕打ちをされたミネルバと、三兄弟の心の痛みが想像できるはずだ」


 ルーファスが穏やかに、だがきっぱりと言った。


「王太子であるフィルバートの周りには、出世を狙う貴族たちが大勢いたことでしょう。気に入られようと媚びてくる、むやみやたらに褒めまくる……そういった者から逃れられない立場であることは、私とて同じだ。欲がなく、不正を嫌うバートネット公爵を守護者に選び、その子どもたちで周囲を固めれば、孫に襲い掛かる狼たちを追い払える。孫の未来は安泰だと、あなた方は安心しきっていたのではないですか?」


「……おっしゃる通りです。バートネット公爵は大いに尊敬されている人物で、有力者の中では誰よりも私に忠実だった。貴族たちはみな娘を王太子妃に、息子を側近にするチャンスを狙っていた……フィルバートの周りでは欲深い大人たちが、何重もの人垣を作っていたんです。養育係も家庭教師も、フィルバート正しく導くことより、おべっかを使うことが重要な使命だと思っていた……」


 キーナン王が白い眉を寄せる。彼はルーファスを見上げて言葉を続けた。


「バートネット家の子どもたちは、私や王妃と同じ品位を持っていた。すばらしい家族感、高い倫理観を持つ公爵に育てられた幼い子どもたち……。私はこれ幸いと、フィルバートを最も近くで守る役目を一任してしまった……」


 オリヴィア王妃が小さくうなずいて、気まずそうな表情になった。


「フィルバートと一緒に遊んで、一緒に学んで……当時は微笑ましいと思っておりましたけれど……私たち、子どもを容赦なくこき使っていたのですわね……」


 ルーファスが無言でうなずいた。

 オリヴィア王妃が兄たちを見回し、最後にミネルバを見る。ミネルバはまっすぐ彼女の目を見返した。


「あなたたちは……思慮深くて気配り上手で、同年代だからこそフィルバートに真摯に率直に接してくれた……。大人たちが言わない耳に痛い言葉で、フィルバートに自分が置かれた立場を考えさせようとしてくれた。あの子のことを、安心して任せていられた……」


 力のない笑みを浮かべたオリヴィア王妃は、しわがれた声で「それなのに」と続けた。


「フィルバートは最善を尽くしてくれたミネルバとの婚約を破棄して、公衆の面前で容赦なく恥をかかせたわ。私はあのときはもう、まともな思考を失っていたから……ミネルバは味方を得られなかった。17歳の娘にとって、どれほどむごい仕打ちだったことか……」


 いくつもの涙の粒が、王妃の皺だらけの頬に転がり落ちる。

 ルーファスが考えを巡らせるような表情になった。


「私が初めてミネルバに出会った日……彼女は冷たい扱いを受けていました。フィルバートの陰険な視線、セリカの嫌味。周囲の人間は野心を持って彼らに媚びへつらい、ミネルバをこれ見よがしに無視してくすくす笑いを浮かべていた。フィルバートが婚約破棄と社交界追放を決め、国王と王妃が反対しなかったのだから、彼女のことはどのように扱っても構わない。それがこの国の貴族たちの一致した意見だったのでしょう」


 ルーファスの言葉がミネルバの胸に、茶会の日に感じた悔しさやつらさを呼び起こした。蔑まれて内心が穏やかであるはずもなく、平静を保つのは簡単なことではなかった。


「しかしミネルバは、軽蔑に満ちた視線に晒されても堂々と胸を張っていた。誰よりも気品に満ちていた。平静を保つだけでもつらかっただろうに、毅然とした態度で私を庇ってくれた。あのときの凛とした姿は、いまも目に焼き付いている」


 ルーファスから温かい目を向けられて、ミネルバは熱いものが喉にこみあげるのを感じた。


「オリヴィア王妃。あなたが先ほど言われたように、ミネルバにとって最大の悲劇は家族以外の味方がいなかったことだ。貴族たちはフィルバートとセリカの言葉を、すっかり真に受けている」


 涙が出そうになる。ミネルバは自分の目が真っ赤になっていませんようにと祈らずにはいられなかった。

 家族の支えがあっても、ルーファスと出会うまでの日々はつらかった。たゆまぬ努力で多くの知識を身につけていただけに、生きる屍のように過ごした一年間が情けなかった。

 ルーファスがミネルバに向かって微笑み、それから国王夫妻を見やった。


「セリカの魔力が浄化されたあなた方には、まだまだ時間が残っている。孫から受けた心ない仕打ちには苦しみ続けるだろうが、しなければならない仕事が山ほどある。その中で最も大切な仕事が、ミネルバの名誉を回復することだ」


 ルーファスの深い愛情が手に取るように伝わってきた。国王夫妻がミネルバを見る。ミネルバは必死で涙を押し戻し、背筋を伸ばした。


「ミネルバは遠からずグレイリングへと旅立つ。下劣な嘘を広められ、反逆者扱いされたままにしておくわけにはいかない。アシュラン王国全体の名誉を回復する機会だと思って、全力で取り組んでほしい」


 国王夫妻は自分を戒めるように何度もうなずいた。そして、ミネルバに向かって深々と頭を下げた。

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