第6話 計画
「殿下とミネルバ様はおかけくだい。ご兄弟方は立ったままでもよろしいですね? シーリア、バートネット公爵夫妻に椅子をお勧めして」
ニコラスの指示にうなずいたシーリアが、両親にソファを勧める。
ルーファスは室内で最も豪華な椅子に座った。ミネルバも隣の椅子に腰を下ろし、淑女らしく背筋を伸ばす。
ニコラスと兄たちは話しやすい位置に立った。それを見届けて、シーリアも空いている椅子に腰かけた。
「まずは現状を整理しましょう。昨日よりミネルバ様とご家族は、グレイリング大使公邸で保護されています。本日午前中、アシュラン王宮の事務方より問い合わせがありました。こちらが保護に至った理由として『ミネルバ・バートネットより人権侵害を受けたという申し立てがあり、実際に生命・身体の安全が脅かされる恐れがあるため』と返答いたしました」
ニコラスは指先で眼鏡のブリッジを押さえた。
「乗馬中のミネルバ様を捕まえて脅したことのみならず、婚約破棄にまでさかのぼって、人権侵害に該当する事実があったかどうか調査することになっています。王太子フィルバートにとっては青天の霹靂に違いありません」
ルーファスが片方の口元を引き上げた。
「フィルバートは大慌てで、法律の専門家を集めていることだろう。グレイリングは属国に対して税金や軍役を課すが、独立的な地位と一定の内政自治も許しているからな。ミネルバの保護は不当であり、内政干渉に当たると主張する準備をしているはずだ」
「王太子の認識では、ミネルバ様は貴族の令嬢とはいえ属国のいち国民。宗主国の全権大使である私が首を突っ込むなどということは、普通はあり得ませんからね」
「ああ。フィルバートは万全の準備を整えてくるだろう。ニコラス、せいぜい礼儀正しく迎えてやってくれ。奴の相手をするのはうんざりするだろうが」
「お任せください。しかるべき敬意を払い、丁重におもてなしいたしますよ。こちらの真の目的は、王太子を王宮から引き離しておくことですから。私との面談に辿り着くまでに、彼は客間で一夜を過ごすことになるでしょう」
「頼んだぞ。私とミネルバ、そして三兄弟はフィルバートと入れ替わりに王宮へ向かう」
立って話を聞いている兄たちが驚かないところを見ると、どうやら事前におおよその流れの説明を受けていたらしい。
ニコラスがルーファスに向かってうなずき、兄たちに視線を向けた。
「ジャスティン殿。王太子は幼いころからじっとしていられない性分で、毎日のようにあなた方を外へと連れだしていたそうですね?」
「そうですね。城下の食事処、ダンスホールや芝居小屋、乗馬や狩り、夏になれば北の離宮、冬は南の温泉地と、気忙しく動き回る男でした」
「そんな男が、セリカと結婚してからというもの王宮から長時間離れたことがないのです。たまに乗馬に出てもすぐに戻っている。遊びといえば、定期的に若い世代の貴族を王宮西翼に呼びつけて、恐ろしく悪趣味な催しを開くくらいのもの。おかしいと思いませんか?」
「たしかに……」
ジャスティンが口元を押さえた。マーカスとコリンも顔を見合わせている。
「フィルバートの側近の任を解かれて、奴の行動など知ったことではないと思っていましたが……。あの茶会でも『自由を満喫して何が悪い』などとうそぶいていたのに……」
「高齢の国王夫妻が健康を蝕まれているから、ということも考えられますが。しかし王太子が看病に勤しんでいる様子はありません。自分を育ててくれた祖父母のために、腕のいい医者を探し回ったり、様々な治療法を試したという話も聞こえてきません。異世界人であるセリカが『癒しの力』を発動した気配もない」
ニコラスは考えを整理するように顎に手を当てた。
「国王夫妻には、一年と少し前の王太子夫妻の結婚式でお会いしました。痛々しいほどに青い顔をしておいででしたよ。すぐにお疲れになって、途中で退席なさったほどです。ミネルバ様にお尋ねしたいのですが、セリカが王宮にやってきた時点でのお二人の健康状態はどうでしたか?」
話を振られてミネルバは唾を飲み込んだ。
「とてもお元気でした。六十代も後半を迎えられていますが、丈夫で滅多に病気をしない方たちでしたから」
「王太子が連れてきたセリカのことを、お二人は歓迎していましたか?」
「いいえ。得体のしれない人間をいきなり王宮に連れて来たことに、国王様は恐ろしく腹を立てておいででした。王妃様も……昔ながらの道徳観を守っている方でしたから、男性に対して馴れ馴れしい態度をとるセリカに眉をひそめていらっしゃいました」
「あの娘の態度は飛びぬけて不愉快で、同席するのが耐えられないほどですからね」
ミネルバはうなずいた。
王妃様は古典的な美を好み、派手さや虚飾を嫌っていた。フィルバートの目を引く格好をして色目を使うセリカを見て『いくら異世界人とはいえ、なんとふしだらな』と憤っていた。
だからこそ、彼女がセリカを受け入れたときミネルバは驚いたのだ。もしかしたら婚約破棄の衝撃より上だったかもしれない。
「当時は考える余裕がありませんでしたが、国王様と王妃様の心変わりの原因には、孫可愛さ以外のものがあったのでしょうか……」
「その可能性はあります。目に見える成果を何ひとつあげていないセリカを側に置き続けているということは、王太子には何らかのメリットがあるということ。そのメリットが、国王夫妻を弱らせることでも不思議ではありません」
ニコラスは目をきらりとさせ、指先で眼鏡を押し上げた。
「王太子が漏らした『降臨の地での奇跡』について調べてみましたが。セリカは月に何度かそこを訪れています。町娘の姿に変装して、ごく少数の供しかつけずに。彼女が次に王宮を出たタイミングで、王太子をこちらに呼びつけるつもりです」
ルーファスがミネルバを見て、安心させるように笑った。
「一見無能に見えるセリカが、ぞっとするような力を使っているかもしれない。だが国王夫妻が生きていることは確認されているし、こちらも専門家を連れていく。彼らが考えを変えた『理由』をちゃんと調べよう」
「はい、ルーファス様」
何も心配していないように明るく笑って、ミネルバは力強くうなずいた。
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