第1部5章
第1話 王宮到着
ルーファスの率いる一団は爽快に馬を飛ばして、丘陵地から平地へと一気に駆け抜けた。
ミネルバもしっかりと手綱を握りしめて馬を駆った。隣ではルーファスの黒い牡馬が力強い走りを見せている。
(いまごろフィルバートは最初の面談で、私を引き渡すよう求めているかしら。アシュランの王太子たる自分には断固とした権利があると、あざけるように言い放っている姿が目に浮かぶわ)
落とし格子の下を走り抜け、大使館関連の施設をぐるりと囲む壁の外に出る。目指すは国王夫妻が暮らす王宮東翼だ。
隊列を組んだ馬の蹄が規則正しいリズムを刻む。
ミネルバの前を走る黒い制服姿の人々は、みなルーファスの部下であり一流の騎士でもあるらしい。10人ほどの男たちの中には、以前バートネット公爵家の屋敷に贈り物を届けてくれた、穏やかな容貌のジェム・キャンベルの姿もあった。
(お父様とお母様は別の場所へ避難したから、何も心配することはない。とにかく時間との戦いだから、足手まといにならないようにしなくては)
一団はかなり速いペースで平原を駆け抜けた。
ルーファスの精鋭部隊の馬たちは、乗り手と同じように真っ黒でたくましい。
ミネルバの父が愛情を持って育てた白毛のエディと兄たちの馬も、彼らにまったく引けを取らない強く美しい足運びだ。
(今朝がたセリカが向かった『降臨の地』は、王都のほど近くのレノックス男爵領。のどかで小さな村だけど……)
レノックス男爵と言えば、セリカが元メイドのリリィを養女にするよう頼んだ相手だ。
(どうして頻繁に降臨の地に行く必要があるのか……気にかかるけれど、そちらはニコラス様の部下が調べてくださることになっている。まずは国王様と王妃様の現状を確認しないと)
王宮までの道を進んでいく中、ミネルバは胸の中で王妃オリヴィアの顔を思い浮かべた。
7歳で初めて会ったときにはもう、彼女の金色の髪には白髪がまじっていた。それでも肌の色つやはよく、娘時代に幾多の詩に歌われたという美貌は十分に保たれていた。
細身で小柄ながら、王妃としての誇りと気品が漂う物腰。温かく親切な人柄。オリヴィアが柔らかくほっそりした手を差し出してくれたとき、ミネルバは彼女のことが大好きになった。
オリヴィアはいつもミネルバを労り、あれこれと配慮してくれた。
フィルバートは『ばあさまは女なのに、理路整然としすぎていて息が詰まる』などと言っていたけれど。王妃としての役割を自覚し、それを立派にこなすオリヴィアは尊敬に値する女性だった。
(オリヴィア様は、王宮から見える星の名前を教えてくださった。王宮の庭に生い茂る植物の名前もすべてご存じだった……)
当代随一の学識のある教師たちは、ミネルバに未来の王妃として欠かせない知識を授けてくれたけれど。
オリヴィアが教えてくれた心を豊かにする雑学こそが、ミネルバの10年間を支えてくれたような気がする。正直なことを言えば、彼女に会うことだけが楽しみで王宮に通っていたようなものだった。
(フィルバートを溺愛するあまり、あれだけ悪しざまに言っていたセリカを受け入れ、私に対する理不尽な行いを許したのだと思っていたけれど……)
自分はこれから、どんな現実を見ることになるのだろう。それを思うと胸がどきどきする。
(もうすぐ王宮の城壁が見えてくるはず)
ミネルバは注意深く前方を確認した。
前を走るルーファスの部下たちの中に、十五歳くらいの少年が混じっている。
金髪と赤毛の混じった、いわゆるストロベリーブロンドの髪を風になびかせている彼は、ニコラスと同じく異世界人の能力を研究している『専門家』であるらしい。
ロアンと名乗った彼の姿を正面から見たとき、ミネルバは少しばかり驚いた。
少女たちのあこがれの的になりそうな、まるでおとぎ話の王子様のような美しい顔立ちのせいでもある。そしてロアンの瞳が、左が青で右が赤だったせいでもあった。
もちろん驚きを顔に出したりはしなかったが、ただでさえ珍しいオッドアイでも、こんな色の組み合わせは見たことも聞いたこともなかった。
前方に石の城壁と、壮麗な王宮が浮かび上がってきた。
一行はほとんど速度を落とさないまま、出入口を守っている守衛小屋の前までやってきた。守衛の兵士たちが飛び出してくる。
「ルーファス・ヴァレンタイン・グレイリング皇弟殿下が、アシュラン国王夫妻との面談をご所望だ。すみやかに門を開けよ!」
馬上からジェム・キャンベルが声を張り上げた。
守衛たちはルーファスの予期せぬ到来に、一歩、二歩とあとずさりした。しかし彼の不興を買ったらただではすまされない。
急いで門が開かれ、一行を通すために守衛たちが両側に並ぶ。ミネルバの姿に気が付いた数人が、大きく目を見開いた。
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