第7話 はじめての謝罪
セリカは大きなショックを受けた様子だった。
不思議な魅力と愛らしい外見に恵まれたセリカは、どんな男も自分の足元にひれ伏すに違いないと信じている。自分は何をしても許される、それは神から与えられた権利だ──彼女が心の底からそう思っているのをミネルバは知っている。
「ほ、ほんとうに知らなかったんだもの。どうして私がこんな目にあわされるのっ!?」
「セリカ、頼むから言うことを聞いてくれっ!」
フィルバートに背中を押されながら、セリカは顔を真っ赤にしてルーファスとミネルバを睨みつけた。ミネルバもまっすぐ彼女を見据えた。
華奢で小柄だが胸が豊かな、桃色がかった金髪と、黄色を帯びた茶色い瞳を持つ娘。かわいさたっぷりの顔立ちの、横柄で押しが強い娘。そして、嘘の名人。
婚約を破棄された日も、フィルバートはセリカの肩を抱いて歩いてきた──過去の光景がミネルバの脳裏をよぎる。
フィルバートは大勢の目の前でミネルバを拒んだ。恥をかかせたうえに、社交界から締め出すと宣言した。
ミネルバは静かにうなずくしかなかった。わめいたところでどうにもならないと知っていたから。
フィルバートは、セリカが幸運を運んでくれると信じている。
異世界の住人が降ってくるのは『奇跡』であり、ただ存在しているだけで『祝福』があるのだそうだ。
実際に異世界人の能力を活用している国もあるが、アシュラン王国にとっては縁遠い話で、ほとんどお伽噺のようなものだった。
セリカは『自分は異世界人だ』と言って、城下を視察していたフィルバートの前に現れたらしい。
崇拝されて当たり前という強気の態度と、自分がいれば王家に幸運を呼び込めるという売り文句に大喜びしたフィルバートは、その日のうちにセリカに王宮の一室を与えた。
得体のしれない人間を、詳細な調査もなしに傍に置くのは危険ではないか──ミネルバはそう訴えた。
しかしフィルバートは聞く耳を持たなかった。価値のある異世界人と巡り合えたことに大喜びするばかりだった。
『セリカはきっと伝説の聖女だ。彼女さえいれば、我がアシュラン王国はかつての栄光を取り戻すことができる! ミネルバ、君はセリカが一日も早くこの世界に馴染めるよう、しっかり教育してやってくれ。彼女はいずれ世界中の人々から崇拝される存在になるだろう。そのためにも、セリカを一流の淑女にしてやらなくてはっ!』
そう言われて、ミネルバはセリカの教育係を引き受けた。婚約者とはいえ臣下の娘にすぎない自分に、断るという選択肢はなかったのだ。
フィルバートに恋をしていたわけではなかったけれど、結婚生活を通じてゆっくりと愛情を紡いでいけばいいと思っていた。よき妻になりたかったから、フィルバートの望みに応えるべく頑張ったつもりだ。
セリカの教育係として奮闘したのは3か月間だった。彼女は待遇に関して細かに指定してきた。ミネルバはそれらを提供すべく尽力したが、セリカからはありがとうのひと言もなかった。
教育を施そうにもセリカはどうしようもなく怠惰で、ミネルバに対してむしゃくしゃしている感情を隠そうともしなかった。
ミネルバは底意地が悪い、影で虐めてくると、セリカは毎夜フィルバートの前で泣き崩れていたらしい。
グレイリング帝国の属国になる前の、強かった時代の祖先に誇りを持っているフィルバートは、セリカの祝福で軍事力と経済力を回復できると期待していたから──ミネルバがセリカの価値に嫉妬して、本当に虐めているのだと信じ込んでしまった。
『お前のような冷たい女は愛せない。正直に言って、婚約してから一度も愛したことはなかった』
そう言われた瞬間のことを思い出すと、いまでも屈辱のあまり胸が痛くなる。
セリカは異世界人という立場を大いに生かし、ミネルバを追い落として王太子妃の座を射止めた。それから1年が過ぎたが、自然災害や疫病の流行、不景気といった国内事情に大きな変化があったわけではない。
しかしセリカは相変わらず自信過剰で、フィルバートは自分が幸せになれると信じている。若い世代は、彼らの熱烈なロマンスの支持者のままだ。
「わ、私にひれ伏せと言うの? 床に膝をつけて? 私を慕ってくれるみんなの前で? 嫌よ、そんなことしたくない……っ!」
ついにミネルバたちの前までやってきたセリカが、うめくように言った。フィルバートが顔をしかめる。
「ああセリカ、いったいどう言えばわかってくれるんだ。いいかい、いくら君が異世界人でも、この世界には守るべきルールというものが──」
しどろもどろのフィルバートを見て、ルーファスの黒い眉がぐいと上がった。そして眼光鋭くセリカの破廉恥な衣装を一瞥する。その視線の鋭さたるや背筋が凍るほどだ。
フィルバートは慌てて上着を脱ぎ、セリカの体に巻きつけた。そのままの格好でひざまずかせたら不味いとようやく気づいたらしい。
「さあ、セリカ! ひざまずくんだっ!」
これまでのセリカにとってフィルバートは、金髪碧眼の優しい王子様でしかなかった。その彼に睨まれて、セリカはすっかり怯えている。
ぶるぶると身を震わせているのは、恐怖だろうか屈辱だろうか。
「ご、ごめんなさい……あの、私……悪気はなかったの……。だから、謝ったら許してくれるわよね……?」
セリカは自分の前にそびえたつルーファスの顔を見つめ、目をパチパチとさせた。
「それで謝罪したつもりか? 許す許さない以前に、ひざまずいて頭を下げろ」
ルーファスが有無を言わさぬ口調でうながす。
セリカは顔を真っ青にして、機械仕掛けの人形のようにぎこちなく身を屈めた。
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