第7話 テイラー公爵夫妻2

「何より、結婚式の経済効果を無視することはできませんもの。中止による損失も。何しろ国民にとっては、王族の結婚とほとんど同じですから。平民がミルバーン公爵令嬢となり、テイラー公爵家嫡男と結ばれる……まさにシンデレラストーリーではありませんか。国民はきっと熱狂いたしますわ。国王様も理解してくださると存じます」


 私は淑やかに微笑み、また紅茶に口をつけました。


「私には、義妹に婚約者を奪われたという不名誉が与えられてしまいますけれど、平民に奪われるよりは何倍もましです。それに有責なのはテイラー公爵家の側ですから、次の相手探しにはそれほど苦労しないでしょうし」


「し、しかし……そのような娘を迎え入れるなどと……ミルバーン公爵、貴殿は本当にそれでいいのか」


 テイラー公爵の震える声に、私の父アンドルーがうなずきました。


「もちろん養女に迎えるに際して、アーティという娘に法律上保障された相続財産を与える必要が出てくるが。その分の補填はすべてテイラー公爵、貴殿に行って貰う。我が家の娘ともなれば、持参金を遥かに超える相続財産だ。そちらの財産はかなり目減りするだろうが、耐えて貰わねければならない」


 父の言葉を私が引き継ぎます。


「それだけではなくアーティを受け入れる男爵家、子爵家、伯爵家に侯爵家……すべてに対する金銭を賄っていただきますわ。だって、お金にものを言わさないと平民を受け入れてくれるお家なんてありませんでしょう?」


 私の言葉を母ラフィアが引き継ぎました。


「結婚式を中止するより、お金がかかるかもしれませんわね。でもテイラー公爵家の名誉が地に落ちることを防げるのなら、安いとお思いになりませんこと?」


 たしかに、とテイラー公爵がつぶやきました。私は心の中でほくそ笑み、胸の前で両手の指を組み合わせました。


「アーティの教育については、バーナード様は単なる『愛人教育』だと思っています。だって彼はとても心配性で……愛しいアーティが、私から厳しすぎる教育を受けることを決して許さないでしょう」


 私はテイラー公爵夫妻をじっと見つめます。


「ですから、アーティを『立派なミルバーン公爵令嬢』にする計画は、バーナード様には秘密にしておきたいんです」


 私は14歳のエドモンドを見て、唇の前で指を一本立てて「しー」のポーズをしました。この一年ですっかり私に懐いた彼は、力いっぱいうなずきます。


「明日から早速アーティを我が家で教育します、ええ、もちろんバーナード様の元へは返しません。テイラー公爵ご夫妻には、バーナード様がアーティと接触しようとしないよう、取り計らっていただきたいのですが」


「も。もちろんだイブリン嬢。愛人を作って貴女をコケにした息子に、ここまで寛大な心で接してくださるとは。アーティという平民の娘も、貴女に教育されたのであれば立派な淑女になるであろう」


「できれば、バーナード様のお仕事も、一時的に取り上げて頂けるとありがたいのですが……議会などで外出なさると、どうしてもアーティに会いたくなってしまわれるでしょう? アーティは気骨のある娘のようですけれど、バーナード様の顔を見たらきっとくじけてしまいます」


「わかった。あれの仕事は、すべて私が肩代わりする。元々私がやっていたものばかりなのだから、何の問題もない。イブリン嬢の邪魔にならぬよう、家から出ないよう見張っておこう」


「ありがとうございます。我がミルバーン公爵家とテイラー公爵家、双方の未来のために、私きっとアーティを立派な淑女にしてみせますわ」


 私はにこやかに微笑みました。こんなときの私の顔は天使のように見えるということを、私はよく知っていました。

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