第6話 テイラー公爵夫妻

 私はすぐにミルバーン公爵家の屋敷へ戻り、執事を使いにやってテイラー公爵ご夫妻、そして次男のエドモンドを呼び出しました。

 嫡男の行状を知ったテイラー公爵夫妻の狼狽ぶりは凄まじいものでした。14歳の次男エドモンドも、苦し気に顔を歪めています。


「なんという、なんということだ……9歳からイブリン嬢と婚約しておきながら、なんということをしでかしてくれたのだ……」


 バーナード様の父ゲオルグ様が苦悩に満ちた声を出します。母であるユリアナ様は卒倒してしまわれました。

 エドモンドがユリアナ様をソファに寝かせ、我が家の侍女たちが急いで気付け薬や水を取りに走っていきました。


「ミルバーン公爵、ラフィア様、そしてイブリン嬢。本当に申し訳ない。そのアーティという娘はすぐに始末しよう」


 私の父、ミルバーン公爵アンドルーが右手を上げ「それには及ばない」と静かに言いました。


「テイラー公爵には娘がいないから分からないかもしれないが、結婚前にこのような事がわかって、なお嫁がせたいと思う父親がいるだろうか。貴族の未亡人との火遊びならばいざ知らず、平民に手を出して孕ませたとあっては」


「ならば結婚は取りやめか……」


 テイラー公爵ががっくりと肩を落とします。私の母であるラフィアが小さくため息をつきました。

 超大国であるシェブリーズ王国の8大公爵家のうち2つが結びつくのですから、結婚式には我が国の王族はもちろん、他国の王族や貴族も大勢招かれています。

 

「中止にかかる費用は、すべて我がテイラー公爵家で負担しよう。ああ……仕方ないこととはいえ、王家からのお叱りは免れない……。次男のエドモンドが成人を迎えていれば……あの馬鹿者を廃嫡して、代わりに結婚させることもできたのだが……」


 私は向かい側の席に座るテイラー公爵に、小さく微笑みかけました。


「テイラー公爵様、もうひとつ道がございますわ。今夜はそのことについてお話しするためにお越しいただいたのです」


「もうひとつの道?」


「ええ」


 私がうなずくと、気付け薬で回復したユリアナ様が起き上がりました。私は両親を見てさらにうなずき、言葉を続けます。


「平民のアーティという娘を、我がミルバーン公爵家の養女に迎えます。そして結婚式は予定通りに……これでしたら、結婚証明書の名前を書き換えるだけで済みますわ」


「「平民を公爵家の養女に!!!?」」


 テイラー公爵夫妻が同時に叫びました。ユリアナ様がまた卒倒する前に、私は次の言葉を発します。


「あり得ないことではありません。過去に男爵家の養女になった平民が、その美貌と才知を買われて数年後に伯爵家の養女となり、さらに数年後に侯爵家の養女となった例がございます。それを『2か月で』やるのです」


 テイラー公爵夫妻はあんぐりと口を開けています。


「この計画には、我がミルバーン家、そしてテイラー家の双方の力が必要です。まず男爵家、次のステップとしての子爵家、伯爵家に侯爵家……協力してくださる方々を見つけなければ」


 私は目の前の白磁のカップに手を伸ばし、紅茶を一口飲みました。


「アーティという娘のお腹にいるのは、テイラー公爵ご夫妻にとっては初孫ですわ。始末してしまうのは心苦しいですし。何よりバーナード様は心から彼女を愛していらっしゃるのです。仲を引き裂くなんて私……できませんわ」


 私がほうっと息を吐きだすと、テイラー公爵夫妻はまるで聖女を見るような目で私を見つめました。

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