第585話邪神討伐戦・ランシエとリエータの必殺技

「《徹甲矢》《流星》《射撃》《狙撃》《連射》《驟雨》《必中》《破魔矢》、あと《暗殺》——『星落とし』」


 弓を構えたランシエは、矢継ぎ早にスキルの名前を口にしていく。

 それは、空に浮かぶ星を撃ち落とすが如きだからなのか、それとも、流れ星が落ちてくるように見えるからなのか。

 ランシエは今回の戦いの開幕直後に大技を一発放っているが、そんなものとは比べ物にならないほどの技。

 ランシエの手元、つがえられた矢が光を帯び、放たれると空中に一筋の線を描いた。

 だがその線は邪神へと向かう途中で糸が解けるようにバラけ、無数の線へと分かれた。

 だが、分かれたと言っても一つ一つの大きさは変わっていない。まるで流星群のような無数の光の線。途中で射線上に入り込んできた大型の変異生物がいたが、光の線の一つに当たると、体を弾け飛ばして死んだ。

 たった一つの線でそれだ。それが無数に飛んでいき、しかもそれが合計で四度も放たれた。


 その全てが邪神へと向かっていき、着弾。

 邪神の体には大小様々な穴が空いた。


 だが、その攻撃に意味なんてないとでも言うかのように、邪神の体は修復されていった。


 あれだけの攻撃が無かったことにされてしまう。それは普通だったら絶望的な光景だろう。

 だがしかし、そんなのは想定内だ。相手は邪神。仮にも『神』と呼ばれるような存在だぞ。傷を治すことくらいできるに決まってる。

 だからそれでいい。

 今のは、あくまでも様子見だ。攻撃が効くのかどうか。それを確認するため。そして、邪神の足を止めるため。


 ランシエが矢を放ち、疲労からその場に崩れ落ちたと同時に、母さんから声が聞こえた。


「《大地よ起きろ・我が意をここに示さん・我に仇なす者を打ち砕け・これなるは祈り・全てを守る大地の慈悲なり・しかして祈りは世界に届かず・その慈悲は悪意によって阻まれる・故に全ての命を守る偉大なる大地・我が元に顕現せよ——精霊召喚・アンキ》」


 聞こえてきた詠唱は九節、つまりは精霊の召喚だが、これは俺が止めた結果だ。

 精霊を召喚して力を借りるのではなく憑依して精霊の力そのものを振るった方が強い。

 だが、その代償として術者の寿命が削れることになる。きっと母さんなら、俺たちが無事に勝てるように、ってかなりの無茶をすることだろう。だからこそ、第九位階で止めさせた。それでも残りのスキル回数と魔力をぶち込めば、第十位階に劣らない威力を出すことはできるはずだ。


「あらぁ。久しぶりねぇ。今回は……すこ〜し大きな戦いみたいねぇ」


 現れたのは、気の抜けるような間延びした話し方をする女。

 声や雰囲気から考えれば強いようには思えないが、その身を構成している力は魔法師ではない俺でも簡単に感じ取ることができるほど強力だ。

 だが、その力の質がフローラに似ているように感じるせいか、不思議と恐ろしさはない。多分精霊だからだろう。


 精霊を初めて……フローラを除けば初めて見たために少し見ていたい好奇心が湧いてくるが、いつまでもここにいるわけにもいかないので、俺は邪神の元へと向かう準備をした。

 準備、と言っても、たいしたことはしない。というか、もう終わってるしな。何をしたかって言うと、ただ……うん。ただ、魔王の背中の上に立つだけだ。


 だって仕方ないだろ? 俺だって普通に走って行きたかったさ。でも俺と親父と勇者と、あとは婆さんの力で強化されまくった露払いたちが突っ込んでいくわけだが、その中に非戦闘職はいない。それはつまり、全力で走れば俺だけ置いていかれることになる。それはあってはならないのでこうなった。まあ、これでも妥協した方だ。最初は親父の背中におぶさる案もあったんだから、それに比べればだいぶマシだろう。


 そんなわけで、魔王の上に乗った俺は落ちないように触手で固定されることで準備を終え、あとは母さんが攻撃を仕掛けてから俺たちが突っ込んでいくだけとなった。


「ええ。力を貸してちょうだい。敵はあそこにいる大きな樹よ」

「でしょうねぇ〜……。いいわぁ。力を貸してあげるぅ」

「今回の代償は好きなだけ使って構わないわ」

「はあっ!? ちょ、おいっ! 母さん!?」


 精霊を召喚する代償は、最初に呼び出した際の魔力だけのはずだ。

 それなのに今更代償について話すなんて、何を言って……っ! まさか、今から憑依に切り替えようってのか!?


「あらぁ? 精霊相手にそんなことを言うと、死ぬまで持って行かれちゃうかもしれないわよぉ?」

「ええ、知ってる。でも、それでも構わないわ。我が子のためだもの」

「子供のため子供のため……ず〜っとそう言い続けて来たけどぉ、なんだか今回は前とはちょっと違うみたいねぇ。……いいわぁ。今回は何にももらわずに手伝ってあげるぅ」


 咄嗟に魔王の上から降りて母さんのところに駆け寄ろうとしたが巻きついている触手のせいでうまくいかず、慌てて振り解こうとしたところで、そんな会話が聞こえてきた。

 何もいらない、だと? それはつまり、代償なく力を貸してくれるってこと、なのか?


「それは……いいのかしら?」

「元々私みたいな強い精霊はぁ、術者から寿命だなんだってもらわなくても平気なのよねぇ。ただあったほうが便利だから集めるだけで。それにぃ……あれは確実に処理しないとまずいことになりそうな感じだものねぇー」

「……そう。力を貸してくれるのなら理由なんてなんでもいいわ」


 母さんも驚いていたようだが、すぐに精霊の言葉に頷き、手を差し出した。


 そしてその手に精霊の手が重なり……


「《精霊憑依》」


 フローラが俺の体の中に潜り込むように、精霊も母さんの体の中へと溶けるように消え、代わりに母さんからそれまで感じていた精霊の力を感じるようになった。


 それからの動きは早かった。母さんは憑依させてすぐに敵を見据え、魔法を放った。

 母さんが手を振るだけで大地が蠢き、巨大なトラバサミのように邪神を左右から挟み込む。

 それだけにはとどまらず、柏手を一つ鳴らすと邪神を挟み込んだ地面が巨大な槍となって邪神の体を抉り、貫いていく。


「……くっ。後もう少し……」

「いや、もう十分だリエータ。お前一人で頑張んなくても、他にもあいつを守る奴はいるんだ。俺とかな。だから、後は俺たちに任せておけ」

「あなた……はい」


 行ったこととしてはそれだけだが、規模が違う。何せ数キロもの範囲の大地を操ったのだ。

 そのせいで一気に力を使いすぎたのか、母さんが膝をついたが、いつの間にか城壁の上に立っていた親父が母さんの肩をだき、母さんもそんな親父に笑いかけた。


「こんな時にいちゃつきやがって、クソ親父が」


 おそらくは精霊に代償を支払うと言った時に止めようとして城壁の上に跳んだんだろう。それ自体は構わないし、母さんがこれ以上力を使ってぶっ倒れることにならなかったのもありがたいことだ。

 でも、その後のいちゃつきは必要だったか? 今決戦ぞ? 処すか?


「おい、クソ親父! 行くぞ!」

「おう。そんじゃあ行くとすっか、魔王陛下」

「うっぜえ……」


 いつもよりやる気を漲らせているのは、これが大事な戦いだからか、さっき母さんにカッコつけたばかりだからか……。前者であって欲しい。後者だとすると、なんともいえないモヤモヤかんがするから。


 ……まあ、それはそれとして、今ここで無駄に話す時間はない。ランシエと母さんが傷を負わせて動きを止めた今を逃すわけにはいかない。


「総員突撃!」


 俺の号令と共に、婆さんの兵とカラカスの騎士達が走り出し、その後をついていくように魔王(俺)と魔女を乗せた魔王(真)が、その横を親父と勇者が走り邪神の元へと向かい始めた。


「——それじゃあ、勇者。盛大に目立て。倒れても回収する奴がいるから安心しとけ」


 それから数分と経たずに未だ残っていた魔物たちの群れに衝突し、それを婆さんの兵とカラカスの騎士達が食い破って道を開ける。そしてその間を俺たちが進んでいったが、もうそろそろ速度が落ちてきた。流石に残りの雑魚全部を処理するってのは無理だった。


 なので、一旦ここらで足を止め、次の戦力の出番とするべきだろう。


「本当に、いいんだな?」


 次の戦力こと勇者様は、攻撃を命じた俺に向かって眉を寄せながら問いかけてきたが、さっさとやれ。のろま。


「くどい。あれを父親だと思ったことなんて一度もねえよ。それこそ、生まれた時から俺にとっての敵だった」

「……そうか」


 そう言うなり、勇者は何も言わずに正面を向き、それ以上何も言うことはなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る