第580話邪神討伐戦・レーネの手柄

 

「——っと。始まるぞ」


 戦場の様子を見ていると、敵がこちらの接近に反応したようで、動きを変えた。

 直後、味方から流星のような一撃が放たれ、先頭にいた大型の魔物は頭を弾けとばさせた。


「敵はいっぱい。私達の神を貶める者。全部処理する」


 魔物を一撃で処理した第十位階——ランシエが仲間達を見回し、話す。

 それは大きな声ではない。だが、その場にいた者達にははっきりと聞こえ、遠距離から攻撃する者全員が武器を構えた。


「射って」


 その言葉を合図に、矢に魔法に投石にと、遠距離からの攻撃が雨のように変異生物達へと降り注いだ。


 ランシエは流石は第十位階というべきか。俺と戦った時には全く本気を出していなかったようで、今は一発一発が大砲以上の威力を持っている矢を、それこそ流星のように降らせている。


 ランシエだけではなく、彼女の連れてきたエルフ達や、人の中でも魔法や弓に秀でた者たちが行う攻撃は変異生物へと命中し、倒していく。


 雨霰と攻撃を受けたことによって、邪神から生み出された変異生物達は徐々にその数を減らしていった。

 とはいえ、今もなお変異生物達は生み出され続けているために、そう易々と終わりとはいかない。減らされた変異生物達は、攻撃を受けても、仲間が死んでも、その足を止めることなくこちらへと向かってきている。

 だが、新たに生み出されたのは大型ではなく小型のものばかり。もちろん倒しきれていない大型や新たに生み出された大型もいるが、それでも最初に比べればその数を減らし、当初の目論見はある程度果たすことができたといえよう。


「もうすぐ接近するな」


 後少ししたらランシエ達の攻撃を抜けてきた敵がこちらの軍の先頭と接触することになる。

 大型を多少減らしたとはいえ、まだ残っているし、追加で増えた小型たちを相手するのは大変だろう。

 ここで押されることとなればその後の流れも台無しになるため失敗することはできない。


「ご心配なく。こちらとしても奥の手の一つ二つは用意してありますので」


 俺の言葉に、フィーリアは正面にいる兵を見つめながら微笑んだ。

 その様子はまるで心配していることなどないと言わんばかりで、その視線に釣られて俺も正面へと向き直った。


 そして変異生物の群れと軍の先頭が接敵する直前、こちらの軍の正面に炎の嵐が吹き荒れた。


 ここからでは詳しくは何が起きているのかさっぱりわからない。

 見える限りだと、炎の渦のようなものが、火炎放射器のように横方向へと放たれているような感じだ。おそらくはそう間違っていないだろう。

 だが、火炎放射器のように、とは言ったが、その性能は比べ物にならない。それこそ、最初に言った『炎の嵐』という言葉が相応しいだろう。


 その炎の嵐は、兵達の正面を赤く染め、そこにあるもの全てを『赤』で飲み込んだ。


「……すごいな、アレ」


 本来であれば、植物とは意外と燃えないものだ。その体のほとんどが水分で構成されているのだから、当然といえば当然だろう。

 だがそんなことは関係ないとばかりに、小型であろうと大型であろうと、全てをまとめて焼き尽くしている。


「でもアレだけの魔法具を揃えるのはかなり金かかっただろ」


 敵と接触する前面全てに炎魔法師を用意したとは思えず、であれば魔法具を用意したものだろうと考えるのが妥当なところだろう。

 だが、それをやるにはかなりの数を用意しなくてはならないはずだ。正直、俺でも躊躇うほどには金がかかると思う。

 しかも、ここまで揃っている威力を出すことができるものを用意したとなると余計に金がかかっただろう。魔法具ってのはライン工で作ってるわけじゃなく、職人の手で一つ一つだからな。


 だが、そんな俺の言葉にフィーリアは首を振った。


「いえ、そうでもありませんよ。全て自作ですので」

「自作って……お前がか?」


 確かにこいつは魔法師だけど、土だろ? であれば炎を吐き出す魔法具なんて作れないはずだ。


「いえ、レーネです。火魔法の第四位階を紙に記してもらいました」

「レーネって……あいつか。どうやら、うまくやってるみたいだな」


 一瞬レーネと言われても誰のことか思い出せなかったが、フィーリアと俺の関係者を思い出していくとすぐに思い出すことができた。共通の知り合いなんてそんなにいるものでもないからな。


 レーネとは、以前俺がザヴィートの王都に行った時に出会った、フィーリアの先輩だ。

 姉王女との勝負として大会に出ることになったが、その時のチームメイトでもある。今はどうしてるのか知らないけど、多分フィーリアの側近でもやってるんだろう。


 天職は『司書』で副職が『火魔法師』だったが魔法がろくに使えなかった彼女に、俺がスキルの使い方というか組み合わせ方を教えたのだが、今回もそれをやったというわけだ。


 自身の使える魔法を紙に記すことで使い捨ての簡易的な魔法具を作成することができるのがレーネの能力だが、確かにその能力があればこれだけの数を用意することができるだろうな。威力が同じなのも、同一人物が作ってるからで……って、同一人物? それって、あれを一人で全部用意したってことにならないか?


「ええ。……もっとも、少し無理をさせすぎて今は寝込んでいますが」


 どうやら、この王女様は自分の部下にぶっ倒れるまで仕事をさせたらしい。


「まさかとは思うが、あの兵全員に持たせてるを全部一人で作らせたのか?」

「はい。元々彼女は使用回数は桁外れに多かったので、なんとかなりました。最後の方はスキルを使い続けたことで《複製》というスキルを覚えましたので、予定よりも多めに用意することができました。とはいえ、もちろん彼女一人で今回兵に持たせたもの全部をやらせたわけではありませんよ? 精々が何割か、と言ったところです」


 何割か、って言ってもこれだけの数だと、たとえ一割でも大変だろ。


「《複製》ねえ。聞いた感じだと、文字通りなんらかの『書』を複製するスキルか。何位階なんだ?」

「……」

「おい、フィーリア?」


 俺の問いかけに、なぜだかフィーリアはスッと顔を逸らして黙ってしまった。

 だが、黙ったままではいられないと思ったのだろう。フィーリアは一度息を吐きだしてから口を開いた。


「……現在は第八位階ですね」

「へえ。結構上がったもんだ。……。……? 待った。第八って言ったか? ……前に会った時って第五だったよな?」


 確か、前に会った時はレーネの司書の位階はでありだった気がする。あの時に第六位階ギリギリのところまでいたんだとしても、まだあれから二年程度だ。それなのにもう第八位階? 普通に過ごしていたらそんな一気に位階が上がったりしないだろ。


「少々、無理をさせすぎたかもしれませんね」

「二年で三位階あげるって、少々どころの話じゃねえだろ……」

「これには仕方ないわけがあったのです。お兄さまと別れた後、レーネは第六位階に上がりました。そのスキルが《修復》というもので、『書』の破損を修復するというものだったのです。ですので、素人が書いた魔法陣をレーネが修復することで時間の短縮を狙い、レーネが使えない属性であっても修復することで使える状態にするということができるようになりました。その結果、今の我が国は第十位階こそ減ったものの、戦力としてはそれなりのものとすることができたのです。王国を守るため、戦力の立て直しは急務でした。ですので……心苦しくはありますが、少々レーネには無理をしてもらうこととなってしまったのです」


 確かに八人もいた第十位階が一気に二人にまで減ったんだから、そりゃあ戦力強化は必要だっただろうさ。

 でもさ、二年で約二位階あげるってなると、単純に一日三百回近くスキルを使うことになるだろ? それって、ある種の拷問じゃないか? だって普通の貴族達って百回も使えればとってもすごいって評価だったはずだし。

 まあレーネの場合はスキルの回数が多かったはずだし、大丈夫……なのか?


 けど、それだけスキルを使わされ続けたのはそれなりに大変だっただろうし、なんとなくそれを押し付けたことを誤魔化そうとしてる気がする。


「お前、そんな誤魔化しが通用すると思ってるのか?」

「……誤魔化しだなんて、そんなことありませんよ?」


 俺の言葉に、フィーリアはにこやかな笑みを浮かべて答えた。だが、その笑みはやけに嘘くさい。


「まあ、お前の部下だしとやかくいうつもりはないけど、そんな調子で無理させ続けてきたわけか。……逃げられないようにしろよ?」

「その点はご心配なく。すでにレーネは『戦略魔導書記官』という役職を与え、大臣並みの額を与えていますので。実家の爵位も上げ、資金援助や今後の兄弟の進路を優遇することも決まっています。王族にもっとも近い部屋も城に与えてありますので、あの子の性格からして逃げることはまずないでしょう」


 あー、そういえば、確か実家はそれほど力がないとか貧乏だとか、そんなような話をしていた気がするし、金と地位を与えた上に家族まで優遇するとなれば、逃げられないだろうなぁ。


「部下ではあるけど、友人でもあるだろうに。黒いなぁ」

「友人だからこそですよ。逃げられたら悲しいではありませんか」

「そもそも、友人に逃げられるような対応をするなよって話じゃないか?」

「大丈夫です。きっと、レーネもわかってくれていますから」

「お前の手からは逃げられないことを、か?」

「私の元にいるのが一番幸せだということを、です」


 なんというか、なんかなぁ……。こいつの愛情表現歪んでね?

 まあ確かに、状況だけ見ればレーネは幸せだろう。さして裕福でもない家の貧乏貴族が、王族の側付きになって、役職まで与えられたんだ。しかも自分だけではなく家まで取り立ててもらって、まさしく王族に取りいって成り上がることができた貴族の成功例だと言えるだろう。

 だが、その裏に込められた意味というか、思惑というか……。


 軽くため息を吐き出してから視線を正面へと戻すと、またも炎が壁となって敵を飲み込んだのが見えた。


「炎の魔法具の予備はいくらでもあります。躊躇わずに使って構いません! 使い終わった者は一旦引いて陣まで下がって、魔法具の補充をしてください!」

「邪神君のご命令だ! 燃やせ燃やせ!」

「どっちが本物の邪神かわからせてやれ!」

「今こそ邪神滅殺君の本気を見せる時だぞ!」

「おい、お前らほんとふざけんなよ!? その名前で呼ぶのやめろよ!」


 メガホン的なものを使ってるんだろう。なんか指示だしの声と、それに反応した兵達の声が聞こえてきたが、だいぶ余裕がありそうだな。

 でも、『邪神君』かぁ。『拷問卿』とどっちがマシ……いや、まだ邪神君の方がいいな。


 それはそれとして、話を聞いてると一人一個どころか、交換するほど用意してあるそうだ。

 この軍隊七万いるわけで、魔法具はその何倍もの数を用意してるんだろ? その何割かを担当したレーネって……


「……お前の友達はすごいなぁ」

「ええ。私の友達はすごいのです」


 俺の言葉に自慢げに頷く姿を見ると、ちゃんとレーネのことを大事に思っているのは確かなんだとわかる。


 ……まあ、本人達が幸せならそれで良いんだろう。なんだかんだ言ってレーネもきっと楽しそうにしてるだろうし。楽しい生活だと信じよう。

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