第554話魔王様は善人です
「さて……遅かったな、勇者」
俺が声をかけたことで、勇者はハッと気を取り直し、俺を睨みつけながら剣を構えた。
「あ、お、おい! なんだこれは! いったい何が……何をしたんだ!」
「問い掛ければ答えが返ってくるとでも思ってるのか? というか、放送を聞いてなかったのか?」
あれを聞けばどんな状況下わかりそうなものだけどな。
「じゃあ……お前が教会を攻めたっていうのは、本当なのか?」
「……違うんだ! 俺が攻め込んだんじゃない! 俺は仕方なくここにいるだけで、今回のだって俺の意思じゃないんだ。信じてくれ!」
なんとなく思いついたので、ちょっと言い訳をしてみた。自分でもそれなりに上手い演技ができたんじゃないかと思ってる。
けど、勇者は眉を寄せながらいかにも信じてませんって顔をしている。勇者一行の他の三人は白けた目で見ているし、その反応を見てカイルやベルは笑っている。ソフィアだって真剣な表情をしているように見えるけど、口元が緩んでる。他の仲間達も似たようなものだ。……。
「……なんていってもどうせ信じてないくせに。なんでそんな無駄な問答したんだよ」
まるで初めからそう言うつもりでしたとばかりに俺は態度を元へと戻し、勇者へと話しかける。
まだカイル達は笑っているけど……あいつら、あとでお仕置きしておこう。
「まあいい。簡単に説明してやろう。——俺がやった。そこのそいつらも、この部屋も、ついでにコレも。全部俺の意思で、俺がそう願って行動した結果だ。どうだ。わかりやすいだろ?」
倒れている騎士達や、植木鉢となっている教皇を指差しながら、勇者にはっきりとわかりやすく伝えてやる。
流石にそう言われると勇者も状況を受け入れざるを得ないようで、苦々しい表情をして口を開いた。
「くそっ、なんだってこんなことになってるんだ。これじゃあ本当に魔王じゃないか」
「事実、あれは魔王と呼ばれており、本人もそう名乗っています。あれは人間ではありますが、正真正銘の魔王です」
「だったら魔王らしく、自分の城で待ってろよ。この教会がこんなことになるなんて……」
「今回のことはそっちから呼んできたと思ったんだけど?」
俺がここにいるのは、教会が呼んだから。もっといえば、目の前にいるこいつ、勇者自身が俺たちにこの国に来るように呼んだからだ。
「アア、ア……」
なんて話をしていると、植木鉢——ではなく教皇が声を漏らした。自分の意思では何もできなかったはずだけど、声が漏れただけか? あるいは、もう寄生樹による支配が終わったか、だけど、おそらく今のは教皇による最後の抵抗とか、寄生樹による動作確認とかだと思う。
「っ! そうだ、カノンッ! 教皇様を治すんだ!」
「は、はいっ!」
「治させると思うか?」
俺がそう言うと、元教皇の配下である護衛達が動き、教皇のことを守り始めた。
「……どうしてこんなことをしたんだ。話し合いをするんじゃなかったのか」
ん? 勇者にそんなことを話したことあったか?
まあ、確かに教皇とは話をしないとな、みたいなことを聖樹からこっちに戻ってくる時にこぼしたことはあったし、いきなり教会に攻め込むことはない、みたいなことを言ったことはある。それを聞いていたんだろうか?
「話し合いはするつもりだったさ。ただ、そいつらが先に仕掛けてきたんだ。そうなったら、ほら。俺だって死にたくないし、仲間にも死んでほしくない。なら迎撃しないわけにはいられないし、仲間だって助けないとだろ。まあ、俺みたいな善人を攻撃しようとした罰が下ったんだと思っておけよ」
「お前の、どこが善人だっていうんだ!」
「どこがって……知らないのか? 善人ってのは、『善も悪も関係なくぶっ飛ばせる人』の略で善人なんだぞ?」
「なんっ……! ふざけるな!」
ふざけてないんだよなあ。いやふざけてるけど、言ってる内容はある意味真理だと思う。
仮に善人の定義を『人々を幸福にする者』だとした場合、じゃあその幸福ってどんな定義だってなる。誰かの幸せが誰かの不幸につながる可能性がある。誰かを助けた結果、別の誰かが不幸になる。それは言い換えれば、『不幸を作り出す者』だ。そんなやつが善人か? 違うだろ。
選ばれた個人だけを救うのでは意味がない。
悪人は『悪』だから仕方ないんだと切り捨てて、助ける条件を善人だけとしても、さっきの条件であればそもそも善人なんていないんだから誰も助けられない。
というか、救う対象を選んで救うだなんて、そんなの本当の善人ではないだろ?
だから、自分の信念で拳を振るうことが唯一の正義で、善人の証だ。全てに等しく悪を敷く。そうすることで善人になれる。
誰かを優遇すれば別の誰かが不満を言う。等しく優遇したとしても、自分たちにとって不都合な場所を見つけては文句を言う。そしてそれを叶えるために優遇すれば別の誰かが文句を言う。
そんな流れは人が滅ぶまで続くだろう。
だったら等しく虐げればいい。そうすれば全員が平等だ。平等に不幸になれるから、それはある意味全員平等に幸せな世界を作ることになる。
たった一つの意思の下、全てが平等に幸せでいられるのだ。自分は辛い。でも他の誰かも辛い。だから助け合おう。そんな優しい世界が出来上がる。
なら、そのたった一つの意思を生み出した者は善人と言えるだろ? つまり、悪の親玉である俺はこれ以上ないくらいの善人だ。
……なんて。まあそんな奴がいて、俺に害を加えてきたら、善も悪も関係なしにぶっ飛ばすけど。だって、そんな奴がいたら邪魔だもん。俺が幸せに暮らせないじゃないか。俺は俺と仲間だけが幸せなら世界の幸福だとか平等だとかどうでもいいし。
「お前は……過激なところもあるし悪いこともするが、人を助けたり仲間のために怒ったりすることのできる。育った環境のせいで悪人に見えるけど、根はいい奴だと思ったんだ。……でも、それは間違いだったんだって今分かった。やっぱりお前は、魔王だ」
勇者はなんか真剣な様子で葛藤まじりに言葉を吐き出してるけど……え。今更分かったの?
「今わかったとか、遅すぎだろ。状況判断は早く的確にって教わらなかったか? それに、お前の頭ん中は間違えばっかりだよ、お人形。俺がいいやつかどうかなんて、お前の主観でしかない。誰かはいいやつで、別の誰かは悪いやつ、なんて決めようとするのがそもそもの間違いだ」
正義も悪も主観でしかない。なら、そんなものを決める事になんの意味があるってんだ。
仮にこの世界に生きる者の過半数を占める意見が正義なんだとしたら、それならそれで、俺は悪でいい。
「それに、一つ思い違いをしているぞ、勇者。魔王だから悪を成すのでも、悪を成すから魔王でもない。世界中から悪と言われようとも、己の意志を貫いたから魔王と呼ばれるんだ。その違いがわからないなら、お前に俺を糾弾する資格なんてねえよ。お人形の勇者様」
世間の常識や暗黙の了解やモラルにマナー。そういったもので縛られて自分が不幸になることを正義だというのなら、そんなのはお断りだ。
そんなばかみたいなものは全部蹴散らして、仲間と一緒にいられる幸せを掴み取る。
「そもそも、悪いことってなんだ? 俺がどんな悪いことをした?」
「人を殺してるだろっ!」
それをいったらこの教会にいる奴らの何割かは悪人になるけど? あと軍人もそうだし、お前だってそうだろ。……あ、いや。どうだろう? この勇者腑抜けてるし、人は殺したことないのか?
まあでも、勇者一行の他のメンバーは殺してるだろうし、悪人だ。そんな悪人に囲まれて行動してるんだから、勇者も悪人ってことでいいだろ。
「俺の命が狙われたからな。殺さなければ、こっちが殺されてた。ついでに、そこのクズに仲間を攫われた。……って、何回こんな話をすんだろうな? できるなら、一回でこっちの主張を理解してくれるとありがたいんだが。できないなら、すまん。そんなに頭が悪いとは思わなかったんだ」
この話何度目だ? カラカスにいた時も似たような話をした気がするし、こっちに来るまでの間にも似たような話をした。ここに滞在中もそうだし、聖樹に向かう時だってそうだ。
確かにいってることは正しいんだけど、状況に則していない。机上の空論というか、安全地帯で喚いてるなんちゃってフェミニストと同じだ。
いいかげん呆れというか、哀れさを感じてくる。
だって、多分こいつ、そういう『勇者らしさ』とか『普通の正しさ』とかに縋り付いていないとまともに生きていられないんだろうし。
自分の考える『正しさ』を成すために行動することしかできない。その正しさに意見されても、認めることができずに進むしかない。
この勇者は、そんな哀れな道化だ。
まあ、俺が相手だからムキになってるって可能性はあるかもしれないけど。だって俺にだけやけに敵意あるし突っかかってくるし。
俺のアンチかな? あるいは逆張り?
「このっ——」
「待ちなさい、ユウキッ!」
勇者が飛び出そうとしたところで、カノンからの待ったが入った。
「魔王。教皇聖下に何をしたのですか。守ったということは、まだ生きてらっしゃるのですよね?」
「答えると思ってるのか?」
「……やはり、答える気はありませ——」
「まあ答えてやるけどな」
「んか——え?」
カノンは俺が素直に答えると言ったことがよほど驚きなのか、それまでの睨むような眼差しをキョトンと丸くしている。
「別に教えたところで解決できるわけでもないし、そのくらいの優しさは見せてやるさ。ほら、俺は善人だから。——起きろ」
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