第549話魔王式ビフォーアフター

 

 拡声器を通してあたり一帯に広がった言葉に、果たして教会の者達は何を思っただろうか?


 とりあえず、目の前にいる教皇は驚いてくれたこと間違いなしだな。何せ目を見開きながら椅子から立ち上がってるんだから。それだけ驚いてくれたってことだろう。


 命令を受けたカラカスの奴らはよくわかんないけど……まあ多分ヒャッハーしてるだろう。あいつらはいつらで色々鬱憤とかたまってただろうし。


「馬鹿な! そのような事を認めるはずがない!」

「認めようと認めまいと、命令はすでに下ったんだ。さて、お前はどうする? このまま死ぬか、それとも、俺を殺すために抵抗するか」


 そう言いながら親切に拡声器を教皇へと放り投げてやる。

 そのまま顔面にでも当たれば面白いなー、とか思っていたんだがそんなことはなく、教皇は俺の投げた拡声器を受け取ると、数秒ほどこちらを睨んでから憎々しげに表情を歪め、拡声器を使用した。


「聖騎士、守護法官、異端審問官、聖者隊、全ての戦力に命じます! カラカスの犯罪者が本性を表した。総員これを迎撃せよ!」


 教会なんて祈りの場なのに、やけに武装勢力を有してるよな。普通だったらそんなにいらないだろ。まあ、ここについて知っていればそうおかしいものでもないかもしれないけど。地球だって似たような奴らはいたし、きっとこれが宗教の本来のあり方なんだろう。武力を持って教えを強要するってな。


 でもまあ、これで敵は全てここに集まってくるだろう。

 そうなれば、リリアやエルフ達の捕まっている場所、結界の要の場所、そして邪神に関係するあれこれについて調べやすくなるはずだ。


 今回のこれ、教皇にまで拡声器を使ってもらう必要はあったのかといえば、あった。簡単にいえば、俺達も陽動だってわけだ。表の連中と俺達。二箇所で暴れていれば他はどうしたって警備が薄くなるはずだし、そもそもこんな状況では警備もクソもないかもしれないな。何せ全戦力が集まるだろうから。


 ちなみに、魔法を使わない戦闘に秀でているのが聖騎士で、魔法系に秀でているのが聖者隊で、その中間の魔法剣士的なのが守護法官だったはずだ。

 異端審問官はこれと言って方向性とかないけど、各部隊の優秀者で、かつ狂信者だけがなれるエリート集団だな。


「聖下、お下がりください!」


 そんな放送を聞いたからか、それとも放送よりも早くここに向かっていたのかはわからないけど、俺たちが破った部屋の扉から教皇側の兵がやってきた。

 装備の見た目からして……聖騎士とかか?

 でも、せっかく来てくれたけど残念だな。


「カイル」


 一言俺がそう口にすれば、それだけでカイルは何も言わずに動き出し、部屋の中に入り込んできた聖騎士達を吹っ飛ばす。


 まだ二十にもなってないのに第七位階にたどり着いた化け物予備軍。その力を舐めるなよ?

 ただ漫然と鍛えて来ただけの奴らが勝てるわけがない。

 その必死さからくる強さ、練度は真似できるものではない。たとえ同位階だったとしても、カイルと同じだけの必死さがなければ容易く負けるだろう。


 ただ、一つ問題が発生した。問題ってほどでもないんだけど、一言言っておかないと問題になる可能性があること、だな。


「おいおい、邪魔者を吹っ飛ばすのはいいけど、壁まで壊すなよな。建物って案外脆いんだぞ。崩れたらどうしてくれるんだ」

「あー、思った以上に弱かったんだよ。それに、どうせ最終的には壊れることになるからいいだろ」

「それもそうか。とりあえず——守りは消えたぞ」


 カイルとの無駄話を終えて教皇へと振り返ると、教皇の顔には恐怖の色が表れていた。


「さあ教皇様。話をしようか」

「くっ……!」

「まあ座れよ。ちょっと風通しがよくなってるけど、お互いに組織のトップなんだ。立ち話ってのもなんだろ?」


 寄りかかっていたソファを少し動かして、教皇と向かい合うように置き直す。

 動かしたソファに腰を下ろすと、その隣にフローラが座り、背後は護衛達が固めた。


 それを見て、教皇もゆっくりと、警戒しながら座り直した。その脇には、最初から部屋にいた部下の男が一人だけ。


 対話の舞台としてはいささか不平等だが、まあこんなもんだろ。いつでも常に平等に話ができるだなんてことがあるわけないんだから。

 話し合いの場が巡って来ただけでもありがたいと思わないとな。もっとも、この場は俺たちが意図的に作ったんだし、それに乗ることを良いと捉えるか悪いと捉えるかは本人次第だろう。


「さて、本日はお時間をいただき感謝いたします、教皇聖下」

「……感謝というのであれば、このような誘いはやめてもらいたいものですね」

「ああそれもそうか。じゃあ感謝ってのはなしで」


 確かに、教皇の言うことは正しいので、俺は感謝すると言う言葉を取り消すことにした。


 だが、そんな俺の反応を見て教皇は苦虫を噛み潰したような顔をしてこっちを見ている。

 多分馬鹿にされたとか、ふざけているとか思われたんだろう。実際そうなんだけどさ。


「それで、話とは何でしょうか? このような事をしでかしているにもかかわらず、話などと持ちかけるのですから、よほど重要な事なのでしょう?」

「ああ。重要だな。とっても重要な話だ。……だがその前に、俺たちが話をするんだったらそれなりに相応しい環境ってもんがあるだろ?」


 ——《天地返し》


 言葉を発することなくスキルを発動させると、床が幾つもの小さな塊となって宙に浮かび上がりそれがくるりと一斉にひっくり返って地面へと落下した。一つ一つは三、四十センチ程度の塊だが、そこは数を用意することでカバーする。

 一度にこの部屋ごとひっくり返すことだってできるし、それどころかこの建物ごとひっくり返すこともできるが、まだ捜索が終わってない現状でそうするわけにはいかないので、こうして小さな範囲を何度も効果をかけるしかない。


 俺がスキルを使ったことで、それまでは清潔感漂っていた室内に急に土臭い匂いが充満するようになった。

 綺麗なのは、俺の座っているところと教皇が座っているところ。それから、俺たちの間にある床だけ。


 カイルが吹っ飛ばして壁際に倒れているだけだった聖騎士達は、今のスキルによって土の下へと埋もれてしまった。

 とは言っても、それほど深くは掘っていないし、埋めるために使ったわけでもないので、まだ体の半分ほどは見えているが、まあ土や家具の下敷きになっているあれを見て人だとは思わないだろう。思ったとしても、死体だと思うんじゃないか?


 しかし、俺はあんな雑魚を土に埋めるためにこんなことをしたわけではない。もしそうであれば部屋中をひっくり返す必要なんてなかったからな。


 敵を攻撃するためでもなく、移動を阻害するためでもない。にもかかわらずなんでこんな無駄なことをしたのかと言ったら、この後に続く行動の下準備が必要だったから。


「まあ、これくらいなら建物も壊れないだろ」


 騎士達を巻き込むようにスキルの範囲を設定したので、結構壁際ギリギリになってしまったが、壁は巻き込んでいないので大丈夫だろう。

 もっとも、今大丈夫だからと言って後々になっても大丈夫なのかと言われたら知らないけど。

 建物の壁ギリギリって掘り返してもいいものなんだっけ?


 まあそれはそれとして、土を耕したんだから次の行動に移らないとな。


 ——《播種》《生長》


 天地返しにより耕され、土が剥き出しとなった床に種をばら撒き、いつも通り生長させる。

 手を繋いでいるフローラの影響もあって、植物達はいつも以上に健やかに立派に育ってくれた。


 な、なんということでしょう!

 数秒も経てば、ここが元は部屋の中だったとわからないくらいに植物に覆われた密林と化してしまいました。

 壁を這い、天井を埋め尽くす植物達からは葡萄のような実が垂れ下がり、地面から生えている木からは真っ赤なベリーをつけています。

 もしこの場所を密林なの中で見つけたのだとしたら、素晴らしい光景だと目を見張ることでしょう。ある種の楽園のように思えたかもしれないほどの変化です。


 ……なんて。まあ、今でも目を見張ることになるだろうけどな。困惑とか驚きとかそういうので。


 一応見える隙間から壁とか建築物らしいものは見えているので、密林の中にある遺跡、位には見えるかもしれない。

 だが、やはり人が生活していた空間だとは認識できないだろう。

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