第533話あんたはどうしたいんだい?

「話がそれたけど、なんにしても相手方の目的はあんたやあたしらの排除だろうねえ。最終的な目的はカラカスの占拠、あるいはエルフの確保だろうけど、そのためにはカラカスに戦争を仕掛けなくちゃいけない。その前段階として、できる限りの戦力を削っておきたいんじゃないかい?」


 ああ、そういえばそんな話をしてる最中だったな。

 しかし、だ。聖国が……というか、教会が、か? 教会がエルフを欲しがるのも、それが理由で俺たちに攻撃を仕掛けるのも理解できる。

 けど、あいつらはすでに一回負けてるんだ。勇者も第十位階も連れてカラカスに攻め込み、その結果逃げ帰ってる。

 あれからまだそんなに時間が経ってないってのに、また来るもんだろうか?


「……まあ、その考えは理解できないわけじゃないけど、でももう俺たちに戦争仕掛けただろ。で、失敗した。あれからそんなに時間が経ってないのにまた来るのか?」

「あれはあくまでも『邪神の討伐』って名目だったろ? それに、聖国は直接戦ったわけじゃないから、それほど被害は出ていない。まあ、あんたがちょっかい出したから多少の損害はでただろうけど、動かそうと思えばいつでも動かせる状態さ」


 ……そういえば、逃げ帰ったって言っても、あの時は巨人(寄生樹)に邪魔させたくらいで、まともにぶつかり合うことはしてないんだったっけか。

 確か姉王女が変異体になって、それを俺たちが倒したら南の連合軍が崩壊し、当てにしていた戦力がなくなったから帰って行った……で、よかったはずだ。


 そうか。そうなると、攻め込んで負けた、という事実は残ったとしても、聖国側の被害としては大して出ていないのか。


「とは言っても戦力が足りないのも事実。だからそれを補うために、魔王達が襲ってきたとか、まあ適当言って周辺国を強制的に動かすのさ。そうなれば、今までみたいな国一つや幾つかの同盟、なんて規模の話じゃなくなる。聖国とバストークは確定として、その奥にいる国だって話の持って行き方じゃあ参加するだろうし、そうなるように狙うだろうね。王国だって、下手に断ればあたしらとの繋がりをバラされて窮地になるかもしれない」


 前回は姉王女——南の連合軍が旗頭となってカラカス包囲網的なものを作っていたが、今度は自分たちが頭になって仕切ろうってわけだ。

 失敗した場合は責任を取らないといけないってリスクは増えるけど、人任せにして失敗する確率が増えるよりはマシだと判断したのか?


「それじゃあ、あの時の賊や俺たちについて来た騎士たちもその一環だったのか?」


 俺たちを襲ってきた賊は明らかに何者かが裏で糸を引いていた。


 あれは誰が黒幕かって言ったら教会の可能性が高いと思っているが、その理由はきっとその戦争を起こすためなんじゃないだろうか?


 あの時俺たちについてきた騎士だが、教会を守護すると言われている『聖騎士隊』にしては弱かった。ぶっちゃけクソ雑魚だ。何せ、賊に押されていたくらいなんだから。


 どうして他国の王の護衛にそんな雑魚集団を寄越したのか。それは雑魚で問題なかったから。むしろ雑魚である方が有り難かったからあいつらを俺に付けた。

 俺につけて、そして、死んでもらうつもりだったから。


「賊? ……ああ、賊に襲われたのを魔王に襲われたってことにして、魔王が攻撃したんだって言い張るための人柱だったってことかい? ない話じゃあないねえ。勇者のことも狙ってたんだろう?」

「というか、勇者がメインの狙いだった気がするな」

「なら、可能性が高まったね。流石に勇者が殺されれば、大義名分としては十分だからね」


 あの時賊は俺たちのことも狙っていたが、本命は騎士達や勇者だった。

 聖国が糸を引いているのに、自分たちの戦力であるはずの勇者一行を殺そうとしていた狙いは、勇者に死んでもらうことで俺たちを罠に嵌めようとしたからだろう。

 以前植物を通して聞いた話では、教皇的にはもう勇者の役割は終わってるみたいだし、死んでも問題ないのだろう。


 とはいえ、仮にも勇者だ。魔王と対等に戦えるような奴がそう簡単に死ぬはずはないし、向こうだって失敗すること自体は考えていただろう。

 だが、もし帰ってきたとしても怪我をしていたのであれば隙をついて殺すつもりだったのかもしれない。

 ……いや、なんだったら今、もうすでに殺されてるかもな。あるいは今日これから。

 今ならまだ「旅の途中で魔王に何かされたから」という言い分が立つからな。


「さて、それじゃあそれらを踏まえた上で聞くよ。あんたはどうするつもり……や、どうしたいんだい?」

「どうしたいか……か。どうしたいかで言ったら、この街を覆っている結界を壊して、完璧に呪いを消し去りたい」


 正義の心に目覚めたとか、義侠心とかそんな理由ではない。ただ、あの切り倒された聖樹の森で出会ったエルフ——ロロエルのことが気に入ったから、ってな理由だ。

 自分の人生を懸けて、バカみたいだと思える願いを叶えるために生きてきた。

 その信念の果てに死んだあいつの生き様は、とてもかっこいいと思ったのだ。

 最初は逃げ出したとか、ろくに手を打つことができずに見守ることしかできなかったとか、自己満足と腹いせで樹を切り倒していたとか、まあ言葉にすれば悪い部分、みっともない部分ははたくさんある。

 けど、それでも俺はあいつのことをかっこいいと思ったし、気に入った。

 だから、その願いを完璧な形で叶えてやるために、あいつが人生をかけて願った呪いの除去……その先にある聖樹の復活を果たしてやりたいのだ。


「それから、教皇を消したい」


 ……そして、そんな気に入ったやつを殺された腹いせに、殺した奴らの親玉である教皇を殺したいとも思っている。


「でも、それはダメだろ。呪いを消すのはいい。結界なんて、呪いを消す過程で壊れたんだって言えば、文句は潰すことができるだろう。でも、教皇の殺しは流石に俺が勝手に動いてやってもいいことじゃない」


 教皇を殺すこと自体に忌避感はない。けど、『俺』が教皇を害せば多くの者達にとって不利益となる。


「そんなことをしたらみんなに迷惑がかかる。ここまでついてきてくれた婆さんにだってそうだし、あんたたちがやったことが無駄になる。俺は王様だ。魔王、なんて名乗ってるけど、王様である以上はもっとみんなのことを考えて行動しないといけない。だろ? 婆さん」


 俺は王で、王の選択は国全体に影響する。


 俺は以前、ソフィアと話をした時に好きに生きるとそう決めはした。でも、それは俺個人に関することであれば、だ。

 俺がやりたいことがあったとしても、それがやっていい事なのかやってはいけない事なのかを考えなければならない。


 やりたいことがあって、それをやるにしても、色々と考えた上で調整をし、真っ当に行動する必要がある。


「——とはいえ、完全に教皇のことを諦めるってわけじゃないけどな。今の教皇がいるのは俺だけじゃなくて俺達にとっても邪魔にしかならないし、まあほら、そのうちちゃんとした手順を踏んで、国王に手を貸して処理でもさせれば大丈夫だろ」


 でもそれは、ソフィアに言われたように、俺は自分の考えを放棄して人形に成り下がるわけじゃない。

 ただちょっとだけ周りの意見、周りの状況を考えに取り入れるだけだ。


 その場の感情だけで行動するのではなく、教皇を処理するにしても、それらしい手順を踏んで、正当性を手に入れて……そうしてまともにやる必要がある。

 もう少し大人になりましょうって、それだけの話だ。


「なに馬鹿なこと言ってんだい、あんたは」

「……婆さん?」

「子供が成長するのは見てるもんにとっては嬉しいことだよ。あんたが王としての立場を受け入れて、その上で物事を考えるってんなら、そりゃああたしも応援でも手伝いでもするさ。でも、自分を曲げて『成長しました』なんてふざけたことを口にされるのは、腹が立って仕方がない。そんなもんは成長でもなんでもなく、ただの妥協と逃げだよ」


 だが、そんな俺の話に婆さんは呆れたようにため息を吐き出した。


「あんたは好きにやりゃあいいんだよ。普通なんて気にしないで、好きに暴れりゃいい。その方が面白い。そっちの娘二人に言われたんじゃないのかい? 好きに動けばいい、って」

「いや、それは……言われたけど……でも、それは個人や身内で済む限りの話だろ? 今回のはそうじゃない。国全体に迷惑をかけることになりかねない」

「あんたはそんなの気にしなくていいんだよ。あたしらは、あんたのことを面白いと思ったから王様なんて仰いでんのさ。血筋や状況や立場なんて関係なくね。普通や常識なんてぶち壊して、退屈を吹っ飛ばしてくれそうだから、あたしやあの街の奴らはあんたを王としてるんだ。だからあんたは、常識なんてもんに縛られて小さくまとまってないで、好きに暴れればいい。後始末なんてのは、あたしらに任せな。そのためにあたしがこんなところまでついてきたんだから」


 そう言ってくれるのはありがたい。婆さんみたいなすごいやつにそう言ってもらえるのは素直に嬉しいし、俺は間違ってないんだって思える。

 でも、そんなふうに思う奴が全てかというと、そうではないだろう。


「……でも、全員がそんな考え方じゃないだろ。エドワルドとかは、文句を言うはずだ」

「まあ、エド坊はちょいとあたしらとは考え方が違うだろうからね。文句も、まあ言うだろうねえ。でも、根っこの部分は同じさ。あんな街で生まれ育ったんだ。平穏なだけの生活なんて、望んじゃいないよ。何せ、ただ金を稼ぐだけならカラカスである必要はないんだ。安定と安全をとるなら、他の街、他の国に移った方がいい。『商人』としての道を考えるのなら、カラカスから離れるのが当然だ。裏の仕事も、あの子くらいの能力があればできないわけじゃないんだしね。でもあの子は残った」


 それはまあ、そうかもな。エドワルドくらいの能力があれば、普通の場所で真っ当に商売をしてもそれなりの規模の金持ちになれたはずだ。それこそ、金で爵位を買うなんてことが余裕でできるくらいには稼ぐことができると思う。


「これからあんたが何をして、どんな結果になろうと、あの子は文句を言ってもなんだかんだで楽しむさ。だからあんたは気にしないで好きにやりゃあいい。自分の気分のままに動くからこその『魔王』だろう?」

「その名前は俺がつけたもんじゃないけどな。……でも、ありがとう」


 なら、うん。そうだな。俺が思ったようにやろう。何せ、俺は『魔王』なんだから。

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