第528話聖都への帰還——?

「——で、ロロエル。どうだ?」


 消化活動を終えた頃になって、背後からロロエルが近づいてくるのがわかったので振り向いて声をかける。


「……そうだな。なんと言えばいいのか、正直なところ何もわからない。ただ、色々な思いが渦巻いている、かな」


 俺が問いかけてから数十秒ほどロロエルは何も言わなかったが、ついにそんなふうに話し始めた。


「これまでの数百年、私のやってきたことはなんだったのか。私がこれまで生きてきた意味はあったのか。そもそもあの時に逃げ出した意味はあったのか。他所から来た君たちが治したのなら、私は無駄に恥を晒していただけなんじゃないか。……そんな思いばかりだ」


 ……まあ、こいつからしてみれば、七百年もの間頑張っても解決できなかったのに、ぽっと出の俺達に解決されたとなっては、そう思うのも無理はないだろう。

 でも……


「なあ、私の人生に、意味はあったと思うかい?」

「あっただろ、そりゃあ」


 こいつの人生に意味がなかったなんて、そんなわけない。


「それは……どこが?」

「どこがも何も、俺と出会ったことだ」

「君と出会ったこと?」

「ああ。あんたがいなかったら呪いがどうしたとかわからなかっただろうし、もしかしたらそのまま帰ってた可能性だってある。なんだったら、そもそも俺たちがここに来るよりも早く……俺が生まれるよりも早くに呪いが活性化していた可能性だってある。教会の奴らに攻め込まれたり、旅人が迷い混んで余計なことをしたりして、結界が壊れた可能性だって考えられるんだ。それなのに、俺たちがここに来るまでこの森が守られ続けたのは、お前がいたからだ。お前がここに居続けたからこそ、この森も、聖樹も、お前の仲間達も、みんな守られたんだよ

 。胸を張れよ『守り人』。お前はこの森を守り切ったんだから」


 まだこの地とここの聖樹を浄化しただけで、呪いの発生源はもう一つある。そちらを解決しない限りは聖樹だっていつまでも無事と安心することはできない。

 だがそれでも、ロロエルがいたからこそこの森が守りきれたのはまごうことなき事実だ。


「……そっか。なら私は、みんなの仲間になれただろうか……」


 そばにあった樹に手を伸ばしながらそう言ったロロエルの表情は、どこか安心したようなものだった。


 ——◆◇◆◇——


「世話になったな」

「世話になったのはこっちだよ。ありがとう」


 その後はもう一日泊まって様子を見てから帰ろうということになったのだが、一日経過してもなんの異常も起こることはなく、俺たちは予定通り聖都へと帰ることとなった。


「こんな寂れたところにもう来ることはないだろうけど、もし来ることがあったら歓迎するよ」


 ロロエルはそう言って肩を竦めているが、その表情は貼り付けたような笑みではなく、本心からの笑みだった。


「ああ。まあ寂れてるかどうかに関係なく、俺たちとこの国の関係がどうにかならない限り気軽に来れないだろうけどな」

「そういえば、なんだか仲が悪いんだったね。必要になればどうにかして連絡の一つでも入れてもらえれば、手を貸すよ。今はまだ無理でも、しばらくすれば聖樹も多少は力を使えるようになるだろうから」

「聖樹の力か……。なら、次の聖樹の御子はあんたが?」


「まさか。私なんてただの一般エルフさ。次の御子様は、まあ最低でも百年はかかるんじゃないかな? まず聖樹が精霊を出せるようにならないとだからね。ただ、確認した限りでは次の芽は出ていたから、もしかしたらもっと早いかもしれないね。その時になったら、こっちから知らせでも送るよ、多分長くても二百年くらいで連絡を入れることができると思うよ」


 そのことは俺たちも確認したが、聖樹であるフローラの力を注いだからなのか、俺が水をばら撒いたからなのか、あるいは他の理由かはわからないが、とにかく切り株の脇から聖樹の芽が出ていたのだ。

 今までロロエルが確認した限りではそんなものはなかったらしいから、呪いが消え去ったからこそのことだろう。


 ただ、やっぱりエルフというべきか。ロロエルが言ったように育つには百年から二百年くらいは時間が必要だってのがみんなの考えで、その時には俺は死んでいる可能性もある。

 だって、普通はこの世界の人間の寿命なんて七十か八十程度のものだ。高位階になったらもっと生きられるけど、それでも二百年は聞かない。婆さんみたいに不老なら生きられるのかもしれないけど、俺にそんなスキルはないしな。


「百年って……その時に俺は生きてるか怪しいけどな」

「……? 何言ってるんだい? 確かに人間だけど、聖樹の御子になっているんだから普通よりも長く生きるだろ? 二百年どころか、四百か五百年くらいなら余裕さ。神樹からの派生とはいえ、仮にも神の力だよ?」

「……なんか、人間離れしてるなあ」


 神の力と言われればその通りなのかもしれないけど、なんというか、いきなりそんなこと言われてもまともな感想なんて返せなかった。

 そうなのかぁ、すごいなぁ、くらいなものだ。……冷静に考えると、結構やばくね? 後でもうちょっと真面目に考えとこう。なんだったらリリアのところの聖樹とまた話をして改めて確認をする必要もあるだろう。


「まあ、その時にはこの森ももう少し綺麗になってると思うよ。しばらくは回復に専念させるからこの国で植物達が枯れるのは続くだろうけど、その後は力の流れが元通りになるはずだから」

「ちなみに、そのしばらくって言うのはどのくらいだ?」

「さあ。君たちが首都の異変を片付ける前提で話すし、聖樹次第にはなるけど、できることなら五年はほしいかな」

「五年……」

「人間には長いだろうけど、まあ自業自得が数百年から五年に減ったんだから大した短縮だと思うよ」

「そりゃあそうなんだろうけど……まあ、せいぜいその間有利に話を進めさせてもらうさ」


 元々はこの国の生き物が全滅して自動的に呪いが消えるのを待つしかなかったのに、その滅びを待たずに済むようになったんだから、だいぶ短縮されたのは間違いないだろうな。


 ただ、これからすぐに植物達の状況が戻るってわけではないようなので、その間は食料の輸入とかなんかで儲けさせてもらうとしよう。


「それじゃあ——っと、ああ。君に渡すものがあったんだった」


 話を終えてもう別れの時だ、と思ったのだが、そこでロロエルがふと何かを思い出したようで服の内側を漁り始めた。

 そして、指輪に腕輪に首飾りと、いくつかの装飾品を取り出した。


「これは?」

「随分前に作った結界の魔法具だよ。と言っても、技術系の天職を持ってるわけじゃないから、不恰好なものだし、正しく作ったものより効果は落ちるけどね。まあそれでも第十位階の力が込められてるものだから、一度くらいは同格の力も防いでくれるはずだよ」


 そう言いながらロロエルは手に持っていたそれらの道具を俺の手に握らせ、満足そうに頷くと一歩下がって跪いた。


「我らの森の恩人に心からの感謝を。願わくば、不出来な私の道具があなた方の助けにならんことを」

「結界の道具ね……。ありがとな。こんな大層なもんをもらったんだったら、聖都の呪いもどうにかしないとだな」

「別にそんなつもりじゃないんだけど、もし本当にそうなるんだったら……うん。嬉しいな」


 そう言って笑ったロロエルは再び立ち上がり、今度こそ別れの時となった。


「それじゃあ、またな」

「うん。また」


 そうして俺達は森を離れていった。




「ん?」

「ヴェスナー様? どうかされましたか?」


 しばらく馬車で進んでいると、微かながら頭の中に声が届いた。

 これはいつもの植物達からの報告と同じだが、この国では久しく聞いていなかった。

 だって。そもそも周囲に植物がないということもそうだけど、俺まで声を届けてくれる聖樹が機能していなかったんだから。


 だが、そんな声が届いた。

 しかもその声も声というよりは悲鳴に近く、危機感を感じさせるような焦りが含まれているものだった。


「……あの森、ロロエル以外に他に誰も住んでなかったよな。住民もだが、野盗とかそういうのも」


「確認は行わせましたが、そのような報告は受けておりません」

「私も見ましたけど、人の痕跡はなかったですよ」

「何か見つけたのか?」


 ソフィアの言葉を無視してさらに問いを投げた俺の様子に、ソフィア、ベル、カイルの三人はただならぬものを感じたのか警戒しつつも頷き、答えた。


「獣の類はいたけど、危険な魔物とかはいなかったよな?」

「えっと、はい。森の端の方には呪いから逃げた動物達がいましたが、危険と言えるようなものはいませんでした」


 そうしている間にも頭に響く声が強くなっていき、ついには……


「ならいったい何が——————あ゛あ゛?」


 悲鳴のような声は、本物の悲鳴……いや、絶叫へと変わった。


「ヴェスナー様?」


 ソフィアが心配そうに俺の顔を覗き込んでくるが、そんな言葉に答えている余裕はない。


「……引き返せ」

「え? あの、どうされたんですか?」

「戻れって言ってんだ! 早く!」


 俺がそう叫ぶと、三人は訳がわからなそうな表情をしつつも、すぐさま動き出し、俺達は再び森へと戻っていく道を進み出した。


「全員武装しろ! 森に戻るぞ!」


 走っている馬車の扉を開けて、乗っていた馬車の屋根上に姿を見せながら、全隊に届くように叫んだ。

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