第527話聖樹の浄化

 

「リリア。今回のメインはお前になりそうだし、期待してるぞ」

「まっかせて!」


 ロロエルとの話を終えた俺たちはすぐ様動き出した。

 連れてきたエルフ達を結界の周囲に配置し、これから行う作戦の補助とする。

 護衛達は俺達が行動している間の守りとして勇者達聖国所属の者の監視をさせる。この森には呪いの影響か危険生物なんていないし、今の状態で一番危険なのは聖国の騎士達だからな。


 勇者が相手となると些か厳しいものがあるかもしれないし、そうでなくても敵の数はこっちの倍だ。俺がいない状況では万が一があり得る。


 だが、それも今回に限っては心配することではないだろ。何せ、結界の外ではロロエルが俺たちのことを守っているんだから。

 今のあいつが相手では、たとえ第十位階が複数相手だろうとそう簡単に抜くことはできないだろう。


 そうして仲間達に結界の外側のことを任せ、俺たちは再び結界の中へと入り、聖樹の元へと進んでいた。


「準備はできたみたいだな」


 結界の外のこと以外にも、仲間達には結界内にとあるものをばら撒いてきてもらったのだが、その仲間達が戻ってきた。


 これで準備完了だ。あとは実行するだけ。


「フローラ、力を貸してくれ」

「はーい!」


 呪われ、切り株となった聖樹の前で、俺はフローラに手を伸ばす。

 フローラは俺の手を取り、依代となっていた体から抜け出し、繋いでいる手からするりと俺の中へ入ってくる。


 久しぶりの安らぎすら感じる聖樹の力。実際の期間で考えればそれほどは慣れていないはずだが、多分呪いで満ちた場所に居続けたことでそう感じたんだろう。


 そんなフローラの力を体に馴染ませ、自分の調子を確認していくが……うん。問題ない。

 それじゃあ、やるかな。


「——《生長》」

『んんー! えーい!』


 両腕を聖樹へと伸ばしながらスキルの名前を口にすると、それに合わせて体内のフローラから力を籠めるような声があたりに響いた。


 その直後、結界の内部、聖樹の周辺に異変が起こった。

 異変と言っても驚くことではない。何せ、ただ新種の植物が発芽し、急速に成長しているだけなのだから。


「……まだだ。まだやるぞ、フローラ!」

『ん〜……はーい!』


 ばら撒いたのは聖樹の分身体であるフローラの体からできた種を改良した植物。効果は自身の周囲の呪いを吸い取り蓄えるもの。

 それを吐き出すことができないので、呪いを吸い取れば自身が呪われることになるんだが、それでいい。


 フローラの体は元々が自分で移動するトレントなだけあって、森中に広まっていた呪いを吸い上げた樹は一人でに動き出して切り株となった聖樹の元へと集まってきた。


 やってきた樹木達は、本来あるべき姿を変えて醜く歪んだ姿で戻ってきた。

 今のこの結界内にある植物は総じて呪いの影響を受け、本来とは違う生長を遂げているのだが、それらと比べても比較にならないほどに歪んでいる。

 幹や枝は捻れ、葉はまだらに変色し、その材質は植物のはずなのに肉のように思えるほど不気味にてらつき、蠢いている。地面を歩くための足となっている根っこは、根っこというよりも触手に近いもののように見える。

 その姿は、見ているだけで不快感を感じる気配を放っていた。


 多分この変化は、呪いを受けたことによるものだろう。呪いを受けた、と言っても普通ならこんなに変わることはないんだろう。精々が、この森の植物達みたいに変色したり形が歪になったり、そんなものだと思う。

 だが、今回は本来の量を超えた呪いを集めてもらった……いや、集めさせた。だからこそ、こんな変化をしてしまったんだろう。


 後はこれをリリアに浄化させれば、それでおしまいだ。


「リリア、あとは頼んだ」


 そう言いながら俺はリリアへと右手を差し出し、リリアはそれを左手で握って自信満々と言った笑みを浮かべた。


「それじゃあ、やるわねっ!」


 集まってきた呪いの塊達を前にして、リリアはそう宣言した。

 そして、普段はそんな物を使わないくせに、身の丈を超えるほどの杖をエルフから受け取り、右手で構えた。


「《光よ満ちろ・我が意をここに示さん・我に仇なす者を消し去れ・これなるは裁き・世界を正す神の意思なり・しかして神の意思は世界を満たさず・その裁きは邪悪によってかき消される・それでも光は滅びず願いは輝く・我が元に顕現せよ・この意志を糧に世界を照らせ——神霊憑依・フローラ》」


 フローラが俺の体から抜けていき、繋いでいる手を伝ってリリアの中へと入り込んでいく。


 本来はリリアの里の聖樹から力を借りるらしいんだが、今回はそれができないので代用としてフローラを使うことになった。

 それでは本来の効果は発揮できないみたいだが、今回の作戦くらいならなんとかできるとのことなので、少し無理をしてもらうことにした。


「——■■■■」


 それは声とも音とも、あるいは歌とも言える旋律。

 それはリリアの口から出ているのだが、リリアの声とは思えなかった。


 だが、そんな声があたり一体に響き渡ると、黒く不気味な色合いに変色していた森は元に戻っていき、呪いを一身に集めた改造樹木達は枝の先端からサラサラと崩れ落ちていった。


 夜であるにもかかわらず光に包まれた世界。

 その光が広がっていくにつれ、それまで感じていた呪いの気配はどんどん消えていく。


 そして……


「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

「っ!?」


 森を包み込んだ光は聖樹の切り株も完全に包み込み、光で満ちたと思ったら、何かが耳元で……いや、頭の中で直接叫んでいるかのような悲鳴の如き音が響いてきた。


 だが、その音もすぐに消えた。かと思うと、森を包んでいた光も消え、その後には呪いの気配なんてかけらもない、ただの森が残った。


「うっへ〜……。うあぁ…………きもちわる」


 全ての呪いを消し去ったのだろう、と安堵していると、手を繋いでいるリリアがその場に座り込み、それに釣られるようにしれ俺もその場にしゃがんだ。


「おい、リリア。大丈夫か?」

「んえー……へーきー……ちょっといつもとは違ったから疲れただけー……」


 そう言っているが、顔色は悪くなっているし、声にもいつもの明るさがない。


「ありがとな。無理させた」

「……っぷぷ〜。なーに言ってんのよ。わたしだってここの聖樹をどうにかしたくないわけじゃなかったんだから、いいのよ。それに、これってすっごい見せ場でしょ? これぞわたしの独り舞台ってね。どんなもんよ」

「ああ、大活躍だった。お前を連れて来て良かったよ」


 最初は不安しかなかったし、つれて行かなくてもいいかな、と思いもしたが、今となっては本当に連れてきてよかったと思う。


「ぬえっへっへっへ〜……」


 でも、その笑い方で台無しだ。キモいぞ。


「なんでそんなキモい笑い方してんだ?」

「キモいっ!? キモくなんてないもん! ——あ」


 急に立ちあがろうとしたことでふらつき、そばにいたエルフが慌てて支えることとなった。


「ヴェスナー様」


 リリアのことを見ているとソフィアが声をかけて来たのでそちらへと振り向くと、そこには依代に戻ったフローラが抱き抱えられていた。


「なー……」


 どうやらフローラも力を使いすぎたようで、元気がない。


「フローラもお疲れ様。俺とリリア、二回も力を使って疲れたろ。ありがとうな」

「これでみんなげんきになる〜?」

「ああ元気になるさ。俺が元気にしてみせるからな」

「よかった〜」


 そういうなり、フローラはソフィアに体を預けて眠ってしまった。


「ソフィア。フローラのことよろしくな。あと、リリアも寝かせておいてやれ。もうこっちでやることは終わるし、なんだったら護衛は全員回しても構わないから何があっても守れるようにしておけ」

「かしこまりました」


 そう言ってソフィアはフローラを連れて離れていき、リリアを抱き抱えたエルフ達がその後を追っていった。


「後は、俺の仕事だな——《焼却》」


 ただの森になったとはいえ、そこには元呪いの塊だった残骸の粉が残っている。

 すでに呪いの気配は感じないのでこのままでも大丈夫な気もするが、それでも確実に消すためには予定通り全てを焼き尽くした方がいいだろう。


 ただ、一箇所に集めたと言っても全てを文字通り同じ地点に集めることはできないので、それなりの範囲となってしまっている。

 それを燃やそうとすればどうしたって余計なものまで燃やしてしまうことになるし、呪いまみれだった聖樹も綺麗にするために焼かないといけない。


 呪いの粉を焼きつつ、周囲の植物達はあまり被害を出さないようにとなると火力の調整が難しいが、その程度ならやってみせるさ。


「最後に——《潅水》」


 焼き尽くした後に燃え残りを残さないためにも、辺り一帯に潅水で消化を行なっていく。

 俺が出すこの水には植物の回復効果や呪いの浄化効果もあるみたいなので、今の状況に使うには最適だろう。……なんでただの『農家』の水にそんな効果があるのかわからないけどな。まあ役に立つのでいいとしよう。

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