第489話聖都の様子が……

 

「なんだ? 何かわかったのか?」


 その様子から何か異変についてわかったのかと思ったのだが、どうやらそういう訳ではなかったようで、キョトンとした様子を見せてから首を横に振った。


「え? ううん。そうじゃなくてさ。さっきわたし活躍したじゃない? ほら、色々教えてあげたでしょ?」

「そうだな。助かったよ、ありがとう」

「ふふん! どういたしまして! やっぱりわたしってばすごいのよ! あんたもわたしのありがたさがわかったでしょ?」

「ああ、すごいすごい。流石だなあ」


 すごいことはすごいんだが、なんかこうも恩着せがましく言われると感謝する気が失せていく。それでも全く感謝しないってことではないんだけど、どうしてもこうして適当な感じでの感謝の言葉になってしまった。


「むうっ。そんな適当な感じじゃ騙されないんだからね!」


 だが、リリアはそんな俺の適当さが気に入らなかったようで、頬を膨らませて文句を言ってきた。


「……まさか、そこに気づかれるとは。お前、成長できたんだな」

「バカにしてない!?」

「……何言ってるんだよ。そんなこと、あるわけないだろ。成長したんだな。すごいぞ。いや本当、まじですごいと思ってるよ」

「あったりまえよ! いつまでも同じところで立ち止まってるわたしじゃないんだから。これからのわたしの歩みにも期待してなさい!」


 それだけ言うと、満足したのか再び横になった。


「って、そうじゃなくて!」


 かと思ったらまた勢いよく体を起こして叫んだ。


「わたし、活躍したの! ご褒美ちょうだいよ!」

「えー……」

「なんで渋るの!?」

「いや、まあご褒美って水だろ?」

「そうだけど? あ、でもお菓子とかもいっぱいくれても良いのよ?」

「菓子は後で屋敷に帰ったら適当に食ってろ。まあそれはそれとして、水って今朝の出発前に水筒やっただろ? あれはどうなったんだ?」


 流石に水筒の中身が入っている状態ではどうしようもない。満タンに入っているところに追加で入れるわけにもいかないしな。

 一応新しい水筒を用意したり直接指から飲ませたりする方法もあるけど……


「そんなの、一時間で消えたわ!」


 ニヤリと笑いながら堂々と言い放つリリアだが……一時間か。

 こいつには予備も合わせていくつか水筒を渡しておいたと思ったんだけど、それが全部消えたのか。

 というか、水筒一つを五百ミリとして、三つ渡してたから一、五リットルだろ。それを一時間で飲み切ったのか。どれだけ水飲んでるんだよ。


「……そうか」

「そうよ。だから、はいこれ」


 純粋な笑顔で水筒を差し出されたのでそれ以上何も言うことができず、俺はその水筒の中に水を入れてやることにした。


「わーい!」

「大事に飲めよ?」

「わかってる!」

「……大事に飲んでねえじゃん」


 返事をしながらも速攻で蓋を開けて口に運んだリリアを見て、俺はため息を吐き出すのだった。




「ヴェスナー様。そろそろ聖都に到着いたしますので、ご準備の方をよろしくお願いいたします」

「ようやくか」


 フローラやリリア、それから他のエルフ達に異変が出てから数日経ち、俺たちはようやく聖都アルフレアまでやって来ることができた。


 まだ聖都までは距離があるけど、後一・二時間もすれば着くだろう。その間に魔王らしく準備を整えなければならないため、俺は寝ていたところをソフィアに起こされた。

 気分的にはついてから起こして欲しかったけど、そういうわけにもいかないので仕方がない。……めんどくせえ。


「ですが、一つ問題が」

「問題?」


 ここまできて問題とはどういうことだろうか? 相手が待ち構えている、とかではないと思うんだが……。

 ソフィアの顔を見てみれば、緊迫したものではなく困惑した様子に見える。

 その様子から敵ではないというのがわかるが、じゃあ何があったんだと言われると全くわからない。


「はい。……問題、と言ってもいいのかわからないところなのですが、異常だと思われることがありましたのでご報告を」

「……なんか、はっきりしない物言いだな」


 困惑した表情もそうだが、普段はこんなに迷うような物言いはしない。それなのにソフィアがこんな様子を見せているってことは、それだけのことがあるんだろう。


「とりあえず、馬車の外を見ていただければわかると思います。説明をするよりも早いでしょう」

「? まあそういうんだったら見るけど……っ!?」


 俺は訳がわからないまま窓から軽く顔を出して辺りの様子を見回してみたが、何も変わらない。

 ——かと思ったら、正面……聖都の方を見た瞬間に目を見開くこととなった。

 ソフィアが言っていたのはこれだ。すぐにそうわかった。

 異常。確かにそうだろう。この国の現状を知っている奴がこの光景を見たら、誰だって異常だと答えるだろう。


「緑色……。建物の色、ってわけじゃないよな」


 そう。俺の視線の先には緑色の景色が見えるのだ。今までは植物なんてろくに生えておらず、生えていても枯れかけた樹木とかそういったもの程度。

 それなのに、聖都周辺には青々とした植物が育っているように見える。


 まだ距離があるからはっきり見えないだけで、実は植物ではなく緑色に塗っているだけ、ということも考えられなくはないが、それはないだろう。


「強化して見てみたけど、アレは植物だ。……でも、聖国では植物の声が聞こえなかったんだろ?」

「……ああ、そのはずだ」


 俺とは違って身体能力が高いカイルは、すでに身体強化のスキルを使って確認していたようであの緑色のものが植物なんだと教えてくれる。


 だが、俺にはカイルがいったようにそこにある植物達の声を聞くことができない。


「だめだ。やっぱり今も聞こえないままだ」


 今までは受動的に受け入れてただけだから聞こえなかっただけかと思って、今度はこっちから呼びかけて見たんだが、それでもやっぱりあそこにある植物達の声を聞くことはできなかった。


「でも、あそこにあるのは本物の植物ですよね?」


 ベルも見たんだろう。首を傾げながら、俺があそこにある植物達の声を聞くことができなかったことで疑問を口にした。


「まあ、見た感じはそうらしいな。実際に見るまではわからないけど、作り物を用意してあんなことをする意味もわからないし、多分本物でいいんだろうと思う。ただ、それにしては声が聞こえないのがな……」

「考えられる理由としては、聖樹に異変があるから聖樹を介しての能力ではわからなくなっている、と言ったところでしょうか?」

「ああ……そうだな。それが一番考えられるか?」


 ソフィアが言ったように、俺の植物との会話は、普段は聖樹を介して行われている。近場のものだったら俺が直接話すことができるんだが、あれだけ距離が離れていると一度世界中の植物と繋がっているという聖樹を中継してもらい、それから俺に声を届けてもらうという方法をとっている。

 だが現在はこの国は聖樹のネットワークから切り離された状態なので、その方法が使えずあそこにある植物達と話をすることができない、という可能性は十分に考えられる。


 しかし、どうしたものか。あそこだけ植物が生えているなんてのは、明らかに異常だ。

 見た感じやばそうな感じはしないけど、周辺が荒野なのにあそこだけ青々としている光景はそれだけでやばそうな感じがしないでもない。


「フローラ、リリア。なんかわかるか?」


 俺にはわからなくても二人ならあの異常について何かわかるんじゃ、と思ってまだ寝ていた二人に声をかけたのだが……


「うえぇ〜? んみゅー……」


 リリアは俺が声をかけるとゆっくりと体を起こしたのだがその反応はどうにも元気がないように見えた。


「おい、大丈夫か? すごく気分悪そうだが……またあの時みたいな何かがあるのか?」

「んー……これはなんていうかー。アレとはちょっと違う感じのあれなのよねー……」


 もしかしてまた体に異常が出てきたのかと思ってリリアに問いかけてみたのだが、どうにもあの時とは様子が違うみたいだと言う。

 俺には何がどう違うのかさっぱりだけど、確かに言われてみれば前の時とは少し反応が違う気もする。


「力がおかしいから気分悪いんじゃなくってー、力が溢れすぎてるからお腹いっぱいー……って感じー?」


 お腹いっぱいって……聖樹に近づいてきたから、とか? 聖樹に近づきすぎたからその力を受けて異変が、って可能性もないわけではないと思う。


 フローラに近づいても異変が出ないのは、まだフローラが若いからで、聖樹の中ではそれほど力がない存在だからとも考えられる。


 ただ、こっちの聖樹は切り倒されているんだから、フローラを上回るほどの力があるのかどうかって言われると答えづらい。


「フローラもか?」

「……」


 理由は分からないが、とりあえずフローラの様子も確認しておこうと思ってフローラのことを呼んだのだが、なぜかフローラからの返事は聞こえてこなかった。


「フローラ?」


 どうしたんだろうか、と思って振り返ってみたのだが、そこには険しい表情をしたフローラがいた。


 俺はこれまでそれなりにフローラと一緒にいたし、フローラの人生のなかで俺が一番永くの時間を共にしただろうという自信がある。

 だが、その時間の中で俺はフローラのこんな表情を見たことがない。どうしたんだろうか? どうしてこの子はこんな表情をしているんだ?


「……ナー。フローラ、ここ嫌い」


 フローラに何があったのか聞こうとした時、フローラは徐に口を開きそう言ったが、その言葉は表情と同じで固いものになっており、普段のような緩さ、柔らかさといったものは全く感じられなかった。

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