第447話街の状況確認

「おい、あの話聞いたかよ」

「あの話ってのは、例の黒剣の話か?」


 二人の男が路地裏で座り込みながら何事かを話している。

 見ていることがわからないように、できる限り自然体でそいつらの話に耳を傾けてみた。


「ああ。この騒ぎだ。マジみてえだな」

「だなあ。ここまでの騒ぎってなると、なんか他のことってわけでもねえだろうし」

「つっても、あの黒剣が嫁もらうとか冗談にしか聞こえねえな。しかも相手はザヴィートの王妃様だ。まあ、王妃っつっても今のやつじゃなくて先代の王のらしいけどな」

「前のやつとは言っても、国王から女を奪ってきたってんなら流石だろ」

「なんにしても、この騒ぎで楽しく飲み食いできんだったらなんでもいいけどな。どうせ黒剣もその女も、俺たちが会うことなんざねえし」

「だな。……騒ぎに乗ってなんかやるか?」

「は? 馬鹿かよ。んなことしてメンツ潰してみろ。ぶっ殺されてしまいだぞ。五帝の奴らが大々的にやってることの邪魔なんざしたかねえよ。ただ適当に酒でも飲んで楽しめりゃあ十分だ。……まあ、やらかすバカはいるだろうから、そいつらをカモにするのはアリだろうがな」

「なら、適当に狐狩りでもすっか。どうせ暇だしな」


 そう言って男達はめんどくさそうに立ち上がると、スッと気配を消してその場を離れていった。


 今のカラカスは、街をぶらつけばすぐにそんな声が聞こえてくる。

 少し街を歩いただけでも、聞こえてくるくらいなんだから街の奴らのほぼ全員に知れ渡っていると考えてもいいだろう。


 カラカスに戻ってきた俺は、母さんを城に送り届けたのだが、そこで待ってましたとばかりに婆さんとエドワルドが親父と母さんの結婚報告を兼ねた街の改修祝いの計画を進め出した。

 そうなってしまえば俺にできることなんてなく、ただ式が行われるのを待つだけだ。


 とは言っても、街も完成していることだし、母さんの安全のためにも式そのものはすぐに行われる予定だ。どうせ、前々から商人達には知らせてあったことだし、どこかから誰か来るのを待ったりするわけでもないんだから。

 なので、俺としてもあまりゆったりしていられるってほど余裕があるわけでもないんだが、それを理解しつつも普段は着ないようなローブを被って街をぶらついていた。

 その理由としては、街の奴らの反応を見るためだ。


「……一応、住民達からは好意的な感じだな」


 街の奴らの反応を見ながらそう呟けば、そばにいたカイルが反応して口を開いた。


「純粋な祝福でもねえけどな」


 確かに、親父と母さんのことを心から喜んでいる奴なんて、この街でただ暮らしているだけの奴らの中にはいないだろう。

 その二人のことが金になる、或いは楽しそうだから歓迎しているというだけ。


「そんなの、この街の奴らに望むのは間違いだろ」

「そうですね。手を出さないでいてくれるだけでありがたいことだと思うべきでしょう」


 どうせ顔も知らない関わったことのないその他大勢に祝われなかったところで、特に悲しくもなんともない。だってそれが普通なんだから。

 王族や貴族なんかは、市民達から祝われるが、別にあれって嬉しくないだろ。

 祝ってる方だって、空気を読んでなんか喜ばしげなことが起こったから便乗して喜んだふうにしてるだけだと思う。


 そりゃあ今まで政で関わってきた、何かをしてきたっていう積み重ねがあるんだったら、市民達に何か思い入れもあるかもしれないが、母さんはそうじゃない。全くの他所の人間だ。そんなやつを祝う気になんて、なるわけがない。

 しかも、それがこの『カラカス』ともなれば尚更だ。ここの住民がまともに他人のことを祝うわけがない。


 だから、無理して祝ってもらわなくても、見知っている誰かが本気で祝ってくれればそれで十分だと思うし、この街においては祝いの場を邪魔しないでいてくれればそれでいい。


「でも、やっぱり暴れようとする人は居そうな感じですね」

「それは仕方ないでしょう。何せこの街ですから」


 何も起きなければいいと思うが、ソフィアとベルが言った言葉は間違いではないだろう。

 実際、さっきの『利口な奴ら』とは違って、本当に襲撃を仕掛けようとする馬鹿な声も聞こえてくる。だが、実際に襲撃を仕掛けたとしてもあの程度の奴らならなんの問題もないだろう。

 こんな場所で燻っているようなやつの襲撃なんて止められないわけがない。

 もし警備をくぐり抜けて何かを盗んで行ったとしても、その後の植物達の監視からは逃げられないだろう。なので、最後には捕まるしかない。


 個人的には警備を出し抜くことができたんだったら、それが余程の物でもない限りくれてやってもいいかも、とは思うんだが、それだとメンツ的に問題があるのでしっかりと処理させてもらう。


「ね、ね、ね。食べ放題祭りっていつなの?」


 そんなふうに真面目に話をしていると、リリアが少し不満げな顔をして問いかけてきた。

 だが、こいつの認識には一つ物申したい。


「食べ放題祭りじゃねえよ」

「でも、野菜や果物をいっぱい、しかもタダで食べられるんでしょ? 私たちも収穫祭ってたまにやってたし、そんな感じじゃないの?」


 こいつの言い方に問題はあると思うんだが、でも結婚式そのものに参加しない奴の認識はって言ったらそんなもんかもな。

 なんかいつもより騒がしくって飲み食いして、って感じ。まあ、こいつは式に参加する側だからその認識は間違いでしかないんだけどな。


「お前達のは身内だけでやるもんだろ。俺たち……というか、この街くらいの規模の人間がやる祭りってのは、無料にはならねえよ」


 そんなことをしたら破産するし、儲けられないんだったらエドワルドがああも力を入れて準備するはずがない。


「うそっ!?」

「嘘じゃねえよ。いつもよりは安くなるだろうが、普通に買って食べるんだよ」

「え〜! 楽しみにしてたのにい!」

「いや、安くはなるんだから買って食べればいいんじゃねえのか?」

「バッカ、カイル。そんなお金なんて私が持ってるわけないでしょ!」


 がっかりするリリアにカイルがある意味当然なことを言ったのだが、リリアは腰に手を当てながら自信満々に言い切った。


 こいつが金を持っていないというのは、まあ納得できるんだが、納得できないこともある。


「治療費として稼いだものはどうなったのですか?」


 そう。ソフィアが言ったようにリリアは不定期ではあるけど、気分が乗った時に街に出て怪我人の治療をしている。その対価としてある程度金を稼いでいたはずなんだが、それはどこへ消えたんだろうか?


「え? この間全部使っちゃったけど?」


 だが、リリアはさも当然とばかりに首をかしげながら答えた。


 手足をくっつけたり生やしたりできるんだから、かなりの額を稼げると思うんだが、それを使い切ったとはどんな風に使ったんだろうか?


「……何に?」

「えっと……屋台通りのみんなでパーっと? あっ、後はママにもお土産買って送ってあげたわ! お揃いの仮面なんだけど、私が持ってるのと似てるのがあったからつい買っちゃった! おかげでお金がなくなっちゃったけど、多分いいものだったから仕方ないわよね!」


 こいつ、帰ってないだけで何か贈り物自体はしてたのか。

 でもそれ、多分悪いものだろ。悪い、とまでは行かなくても、普通のものだと思う。

 そもそも親に訳のわからない仮面なんて送るなよ。


「……仮面って……そんなもん贈られても困るだろ」

「え、そう?」

「しかも、その前にいくら残ってたのか知らねえけど、仮面ひとつで全財産消えるって、だいぶボられてねえか?」

「うそっ!?」


 リリアは驚いているが、多分カイルの言った通り騙されただろ。

 でも、買った時に本人が満足してかったんだったら、それはそれでいいのかもしれない。だって本人は喜んでいる訳だし。


「ですが、そのおかげで治安の改善が多少なりとも行われていると考えれば、まるっきり悪いこととも言い切れないかもしれないですね」

「でしょ!」

「でも、今お金が残ってないならやり過ぎとは言えるんじゃないの?」


 まあ、リリアは金をすぐに使い切るから、金を稼ぐために住民達の怪我を治しているってのは街の治安的にはいいことだろう。その怪我が治った直後に喧嘩を仕掛けにいってまた怪我をすることはあるだろうから、絶対に良くなってる! とは言い切れないけど。


「お、おお……」


 なんて考えていると、すぐ近くからなんか変なうめき声が聞こえたのでそちらへと顔を向けると……


「お金貸してください!」

「やだ」


 土下座しているリリアを放置して俺たちは歩いて行く。


「あっ! ね、ねえちょっと待ってよ! ほんのちょっと。ちょっとだけでいいから。後で返すからあ!」


 俺たちが自分のことを無視して歩き出したのを見て、リリアは慌てた様子で俺の足に縋り付いてきた。

 頼むにしても、まずは立ってから頼むべきじゃないか?


 というか、なんだかこの構図って俺たちが悪者みたいだよな。

 半泣きになって縋り付いている者と、それを囲んで見下ろしている四人。ぱっと見このシーンだけ見たら、俺達がこいつをいじめているみたいに見えなくもない気がする。リリアは顔の作りがいいだけに、余計そう見えそうだ。


「この機会に、金の大事さを認識してちゃんと残しておくって約束できるか?」

「うん!」


 特に俺たちが悪いわけでもないんだが、人の視線を集め始めたので仕方なくリリアに金を貸すことにした。


「わーい! ……あっ! あのお店いい匂いがするわ!」

「……あいつ、式の前に有り金使い果たすんじゃないか?」

「その時はなんか仕事させるさ。治癒と光なんだから使い道はそれなりにあるだろ」


 金を受け取った瞬間に、近くの店に突撃していったリリアを見ながら、俺はため息を吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る