第445話家族の集まり

 王都に向かっていた俺たちだが、馬車内は無言で進んでいく。


 これからの未来を思えば、もっと明るい雰囲気になってもいいものだと思うが、俺はこれから母さんがカラカスに来ることになり、一緒に暮らすようになると考えるだけで、なんというか……すごく落ち着かない気持ちになる。

 嫌というわけではないんだけど、どうしても普段通りではいられないのだ。


 多分、親父も似たようなもんだろう。

 普段ならこんな移動の最中なんて寝ているだろうし、起きているのなら軽口の一つでもいうだろう。

 でも、そのどちらもなく、ただ難しい顔で窓の外を眺めているということは、普段通りではいられないということだろう。


 そんな俺たちを乗せた馬車の列は進んでいき、ついには王都の中、そして城へと辿り着いた。


 俺達は馬車から降りて城の中に入ると、その場に集まっていた侍従達に案内を受けて客間へと向かっていった。


「いらっしゃいっ!」


 だが、城の中を進んでいくと、もうすぐ客間だというところで満面の笑みを浮かべた女性が小走りに駆け寄ってきて、抱きついてきた。


 その女性とは、いうまでもなく我が母親である。


「母さん。一応俺は外の人間なんだから、こういうのはやめてほしいんだけど……」


 もうすでに半分以上の城の人間が俺たちの関係を知っているが、それでもまだ知らない奴もいるし、外部の人間は知らない奴がほとんどだ。

 まあ、城に来るような奴らならそれなりに事情に詳しいだろうから知っているかもしれないけど、それでも、こうもあからさまに振る舞うのは違うだろう。


 そう考えて抱きついてきた母さんの体を押し除けようと手に力を加えた。


「……そう。そうよね……ごめんなさい。ちょっとはしゃぎすぎたみたいね……」


 だが、俺が抱きつきを拒絶したことで、母さんはしょんぼりと落ち込んだ様子を見せた。


 流石にそんな顔をされるとこっちにも罪悪感がある。母さんだって俺の事を大事に思っているからこその行動だったわけだし。


 しかし、この場で話を続けるわけにもいかないとは分かっているので、今はさっさと部屋に向かってそこで話をしよう。


「とりあえず、部屋に行こうか。ほら、母さんの入れたお茶とか飲みたいし」

「ほんとっ? 行きましょう! もうフィーリアちゃんも待ってるのよ!」


 俺の言葉がよほど嬉しかったのか、母さんはそう言って喜ぶと、俺の手を引いて歩き出した。

 その際、母さんがちらりと俺の後ろにいた親父のことを見て、喜びを隠すような笑みを浮かべていたのを、俺は見逃さなかった。


「久しぶりだな」

「ええ。なんだか疲れた様子ですね。……まあ、理由はわかりますが」


 客間に着くなり、すぐに部屋から連れ出され、別の部屋……というか温室へと連れて行かれることとなったのだが、そこではフィーリアが優雅にお茶をしていた。


 母さんは俺たちをこの部屋に案内するなり、席から少し離れた位置にあるお茶のセットのところへと向かい、お茶や菓子など色々と用意し始めた。


 尚、親父は緊張しているからか、席にはつかずに俺の後ろで直立不動で待機してる。

 なんか普段と違いすぎて調子が狂うが、相手するのもめんどくさいので無視でいいだろう。


「そっちも、なんだか疲れてそうだな。事後処理とかがまだ続いてるのか?」


 親父を無視してフィーリアへと話しかけたのだが、やっていること自体は優雅だし、振る舞いもなんの問題もないように見えるが、顔からは疲労の色が見て取れる。


「そうですね。それもまだ完全に終わったとは言い切れない状態ではあります。流石にあれだけの被害が出るとなると、一年と経たずに全てを、とはいきませんから」

「まあ、そうか。『大工』や『土魔法師』がいても、第十位階でもなければ街全体を一瞬でとはいかないもんな」


 俺はつい先日まで行われていたカラカスでの光景を思い出しながら口にした。

 カラカスはたった一区画だけだったが、それでも数ヶ月という時間を要したんだ。王都全域を、となったらそりゃあ時間がかかるもんだろう。

 それに、向こうには感性がおかしい建築家とかいたけど、こっちでは普通の人材しかいないだろうから、そういった点でも時間がかかってしまうだろう。


 そう考えると、カラカスって人材には恵まれてるよな。能力だけを見れば、だけど。性格や性癖や感性は考慮しない。そんなもん考慮したらまともな奴なんてほとんどいなくなるからな。


「ええ。……ですが、この疲れはそちらよりも……」


 フィーリアは俺の言葉に頷きつつも、チラリと母さんへと視線を向けた。

 なんだろう? 母さんに何か問題でもあったのだろうか?


「何かあったのか?」


 俺が問いかけると、フィーリアはなんとも言えない哀愁漂うような笑みを浮かべながら口を開いた。


「お兄様から本日こちらに来ると手紙を受け取ったことで、三日ほど前から少々はしゃいでいたので……」

「三日前? ……まああの様子を見ればはしゃいでいたのはわかるが、なんで三日も前から?」


 母さんを迎えるにあたって、俺たちは先に報せを出しておいた。

 母親とは言っても、対外的にはなんの関係もないわけだし、俺はこの城の住人でもないんだから事前に連絡でもしておかないと入れてもらえないんだから。

 それに加え、今回は母さんの再婚についてのこともあるんだから、事前に連絡しないわけにはいかない。


 だが、その報せは三日どころか、もっと早くに伝わっているはずなんだけど……。


「迎えるのだからしっかりと対応できるようにしておかなければ、ということから始まり、前回と同じ部屋の内装ではつまらない思いをさせてしまうかもしれないと模様替えをはじめ、もしかしたら予定が早まって来るのが前倒しになるかもしれないと考えて、昨日からそわそわと落ち着かない様子でした」


 その考え自体は嬉しいしありがたいとは思う。

 でも、こう言っちゃ失礼かもしれないけど……


「まんま子供だな」


 遠足の前にはしゃぐ子供と、好きな人が来ることになったからって部屋をきれいにする女の子が合わさったような感じがする。というか、そんな感じしかしない。


「実際、子供のままで止まってしまっているのでしょう。基本的には大人ですが、元々が子供らしいところが多々みられる性格だったようですし。おそらくですが、お兄様のいなかった時間を取り戻そうと、当時の十六歳前後の状態に一時的に戻っているのだと思われます」

「……そうか」

「加えて、いただいた報せにあった『迎えに行く』という言葉の影響で……」

「ああ……。初恋……なのかはわからないけど、今までまともに恋愛してきたわけではなかっただろうし、精神的に幼くなってるところに騎士様が迎えに来てくれるとなれば、はしゃぐものか」

「ええ。十五で嫁いでいますが、それは政治的なものでしたから。通常は政略結婚だとしても、数年も連れ添っていれば多少なりとも好意が生まれるものだと言われておりますけれど、お母様の場合はお兄さまのことがありましたから。子を産み、それからは母親らしくあろうと自身を鍛え続け、夫は敵として考え続けてきた。……少なくとも、まともな恋愛とは言えないでしょう」


 母さんは既婚者ではあるが、そこに恋愛感情があったのかと言われると、なかったと言えるだろう。

 それが、囚われの身を助けてもらった騎士から求婚を受けた、なんて劇的なことが起こったんだから、恋愛感情が暴走してまともに考えられなくなってしまってもおかしくないだろう。


「とはいえ、それも今だからだと思いますよ。一緒に過ごす時間が増えていけば、空いた穴を埋めることができますし、もう少し落ち着くことができるようにはなると思いますが……」

「今回はその話をしにきたんだよ」


 俺がそう言うと、フィーリアはぴくりと眉を寄せ、口を開いた。


「そうでしたね。お母さまをよろしくお願いいたします」

「それは俺じゃなくて親父に言うべきことだと思うけどな」


 フィーリアは俺に向かって頭を下げてきたが、母さんと結婚するのは親父なんだから、よろしくというのは親父に言うべきだろう。


「そちらは後ほど話をさせていただきますが、お兄さまにも言っておくべきでしょうから」


 だが、そう言い切るなりフィーリアは少し悲しげな表情を浮かべた。

 それはきっと、大好きな母親が自分の元から離れてしまうからだろう。

 それが自分を捨てたからではないとわかっていても、それが母親の幸せになるのだとわかっていても、それでも離れてしまうという事実は変わらないのだから。


「お前はどうする? 本当にこっちでいいのか?」


 だからこそ、俺はそう問いかけたのだが……


「はい。こちらでの生活もさほど不満があるわけでもありませんし、今ではそれなりに権限もありますので快適な暮らしができていますから」


 フィーリアは一瞬で悲しげな表情を消すと、普段のように王女然とした笑みを浮かべて答えた。

 そんなふうに頷かれてしまった以上、俺はもう何も言えないし、言う必要もないだろう。


「お待たせ! ヴェスナーが前に美味しいって言ってくれたから、また喜んでもらえるように新しいのを用意したの。どうかしら?」


 そうして話しているうちに用意を終えたのか母さんが戻ってきたのだが、俺の事を甘やかす気満々のようだと言うのが感じられた。


 ……まあ、俺のことを『ヴェスナーちゃん』呼びするのをやめてくれただけでも前進したと思わないとだよな。

 これで、しばらく離れていたことでまた『ヴェスナーちゃん』に戻っていたら、多分俺は得もいえぬ敗北感に包まれていたことだろう。


「おいしよ。こっちのお菓子も母さんが作ったのか?」

「ええ! でも、それはフィーリアちゃんも手伝ってくれたのよ」

「その程度の時間はありますし……手伝わないと罪悪感がすごかったので」


 ああ……まあ、「一緒に作りましょう!」と言われて「嫌です」なんて言ったら、しょんぼりと落ち込むだろうな。さっき廊下で会った時みたいに。


 そんなこんなで、家族のお茶会は進んでいった。

 ……親父は相変わらず後ろに立ったままだったけど。

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