第438話エドワルドに相談
婆さんのところをでて、今度はエドワルドの商館へとやってきたのだが、そこではエドワルドの仕事場らしからぬ出迎えを受けた。
普段だったらここは常に人が動き回ってあれやこれやと作業しているはずなんだが、今回に限って何故か従業員達が入り口で待機し、ずらりと並んで俺のことを出迎えてきたのだ。
加えて、エドワルド本人もなぜか従業員達と同じように俺のことを待ち構えていた。
こいつ、なんでこんなことしてんだ?
「ああ、これは魔王様。ようこそおいでくださいました。魔王様から突然のご連絡を賜り、お越しになられるのを今か今かと首を長くしてお待ちしておりました」
どういう理由かわからないが、俺のことを出迎えたエドワルドは言葉は丁寧なんだが、その裏に隠されている感情は言葉とは全く違うもののように感じられる。
つまり、機嫌が悪い。
まあ、理解はできる。
忙しいのに突然連絡をしてこっちに来るだなんてどんな要件だ。無駄に時間を使わせるんじゃねえ。
多分だけど、そんな感じのことを思ってることだろう。
「あー、時間を取らせて悪いとは思ってるんだけど、今度新種の植物の果実と種と育成方法を書いたものを渡すから話を聞いてくれ」
とはいえ、それくらいは想定内だ。エドワルドのところに事前の予約なしで会いにきたんだったら不機嫌になってるだろうし、まともに話を聞いてくれないかもしれない。流石に立場的に追い出したり喧嘩腰になったりすることはないと思っているが、それでも俺が望んだように話は進まないだろうとは思っていた。
そのため、話を聞いてもらうために金になる何かを差し出すことにしたのだ。
そして俺が差し出せるものと言ったら、新種の植物くらいなものだ。
だからこそ俺はこんな提案をした。新種の果物そのものでも良いんだけど、それだと一回限りだからそれほど儲けられない。
でも、種と栽培方法があればずっと儲けることができるかもしれない。
エドワルドなら、もの次第ではいくらでも儲けることができるだろう。何せ、完全な新種の植物なんだから。品質の良さは俺が保証するし、珍しさも他には絶対にない品物だ。
こんなことで新種の植物を渡しても良いのかと思うかもしれないが、俺にとっては新種なんて作ろうと思えばいくらでも作れるんだから、渡したところで特に害にはならない。
「……ふむ。そこまでしていただけるのであれば、話を聞かないわけにはいきませんね」
新種の植物がどういうものかは説明していないが、俺が碌でもないものを渡さないと理解しているんだろう。
エドワルドはそれをどう使うか一瞬で考えたようで、金儲けができると判断したんだろう。先ほどとは打って変わってとてもにこやかな笑みを浮かべた。
「ついてきてください。貴方の話を聞きましょう。——あなた方は仕事に戻りなさい」
エドワルドがそう言うと、その場に集められていた従業員達は一礼をしてから解散となった。
だが、忙しい中でこんな茶番に呼び出されたからか小さく文句を言っている奴もいるけど、中には笑っているものもいる。……意外と楽しんでる奴もいるんだろうか?
「それで、どのような御用件で?」
応接室まで案内されると席を勧められ、俺が座るなりすぐにお茶と菓子が目の前に出された。
その辺の手際の良さは流石と言ったところだろう。城にもこのレベルの奴らを用意しないといけないんだろうか? ……教育は婆さんのところに任せれば大丈夫かな? 接待の練度で言ったら多分あそこが一番だし。
まあ、それはそれとして、本題に入ろう。
「実は、この間話に出た母さんへの贈り物なんだけど、なにを選べばいいかなって」
「……それだけですか?」
俺が本題を告げた後、エドワルドは少しの間反応をせず、しばらくの間待ってから軽く眉を寄せて問いかけてきた。
「ああ。それだけだ」
「はあ……。今度はまたどんな儲け話かと思ったのですが、違いましたか」
エドワルドはそう言って溜め息を吐き出したが、ため息を吐きたいのは俺の方だ。俺が来たからって金儲けの話だとは限らないだろうに。
というか、俺が金儲けの話を持ってきたと思ってたのに、俺が来たことに対して文句を言ったのかよ。あんな皮肉ではなく、普通に迎えるくらいはしてもよかったんじゃないか?
こいつにしてみれば、それとこれとは別なんだろうけどな。
「そんなことは『黒剣』にでも聞けばいいのではありませんか?」
「親父は一応当事者だろ。母さんに送るのがメインだけど、親父にも贈るつもりなんだから聞けないっての。まあ、一応婆さんには聞いたけど」
贈り物をする本人に何が欲しいって聞くのはちょっと違うだろ。それが一番間違いのない方法であることは認めるけども。
「カルメナさんですか。あの人はなんと?」
「思いがこもっていればなんでもいいけど手作りはどうか、って」
「手作り……ものにもよりますが、素人が作ったものであれば私は要りませんねえ」
「金にならないからか」
「ええ。ですが、手作りとはなんともあの人らしいと言えるでしょうね」
そう言って息を吐いたエドワルドは、いつものような皮肉ではなく、純粋にそう思っているように見える。
「エドワルド……?」
なんでそんなふうに見えたのかわからないが、なんとなくエドワルドの名前を声に出すと、エドワルドはこちらを見てから軽く息を吐き出し、話し始めた。
「……あの人は歳をとりません。あの見た目も、ただスキルで変えているだけです。それはご存知でしょう?」
「まあ、一応な」
婆さんが実は『婆さん』ではなかったことは知ってるし、あの姿がスキルによってただ《変装》しているだけだってのも知っている。
まあ、知ったのは割と最近の話だけど。
でも、それだけ俺のことを騙せるくらいずっと長い間姿を変え続けてきたのは事実だ。
「周りが老いて行く中で、自身だけが歳を取らないで一人置き去りにされていく。そのため、過去の出会いや思い出というものを大事にされているのです」
スキルによる不老。それは普通のものからしてみれば『祝福』に思えるだろうけど、婆さんにとっては『呪い』だった。
それは……確かに嫌なものだろう。
俺だって、今後何年、何十年と生きていけば親父が死ぬだろうし、母さんも死ぬだろう。フィーリアだって歳をとるし、ソフィアやベルだって歳をとる。もしかしたら、死んでいるかもしれない。
でも、俺だけはこの若い姿のまま歳を取らずにいるとなったら、と考えると、言い表すことのできない怖さがある。
「私からしてみればそんな感傷は無意味なものにも思えますが、きっとそれは経験したことのあるものにしかわからないことなのでしょうね」
そう言ったエドワルドの表情は、普段とは違ってどこか優しげな思いやりのあるものに見えた。
それは普段は見ることがない表情で、どうしてそんな顔をしているのかが気になった。
「……エドワルド。あんたって、婆さん相手にはまともというか、敬意みたいなのを持ってるよな」
今回のことは特にだが、それ以外にも普段から婆さんに諌められると止まる事が多々見られる。
こいつはそんな誰かの忠告なんて素直に聞くような奴じゃないのに、と前々から思っていたんだが、どうしてだろうか?
「その言い方はまるで私が他人に敬意を持っていないようではないですか」
「いや、だって……なあ?」
俺はそう言って言葉を濁したが、それでも俺の言いたいことは分かったのだろう。エドワルドはため息を吐いてから口を開いた。
「私とて、敬うべき相手は敬いますよ。ただ、それに値するだけの人間が少ないというだけで」
でも、俺はお前が誰かを敬ってるのなんて他に見たことないけど? 俺も親父も、敬っていると言うよりは、その能力を認めている、って程度だし。
「あの人は、ただの娼婦の一人でしかありませんでした。それなのに、今ではボスと呼ばれるほど強くなり、巨大な組織を率いています。……ああいえ、いました、ですかね。もうボスではないわけですし」
……確かに、そう言われるとすごいな。元は娼婦って言ってるけど、場所によっては奴隷と変わらない。そんな存在が集団をまとめ上げ、こんな場所でトップになれるなんて、とんだシンデレラストーリーだ。
……いや、違うか。シンデレラストーリーだなんて、あんなただ偶然恵まれただけの綺麗なお話しと一緒にするのは失礼だな。だって、婆さんは必死になって努力し、這い上がってきたんだから。
「——まあそれはそれとして、話を戻しましょう。贈り物でしたね」
「ん? ああ。そうだ。なんかいい案とかあるか?」
と、エドワルドが話を戻したことで、俺もそれに乗って本題へと戻ることにした。
「まず贈り物をするためには、相手のことを徹底的に調べる必要があります。好みが分からなければ失敗する可能性がありますから」
「うん。まあそうだな」
辛いものが好きなのに甘いものを贈れば、表面上は喜んでもらえても、心から喜んでもらうことは難しいだろう。
なので、そういった間違いをしないためにも調べるのが大事だってのは頷ける。
「そのため、食べ物の好き嫌いから始まり、色や温度や環境などの好み、人には言わない、あるいは言えない趣味趣向を調べます」
「……うん?」
食べ物や色なんかは理解できるけど……人に言えないような趣味趣向って調べる必要あるのか?
「そしてその人物の過去の遍歴を調べ、人となりを予測します。その際、どれほど小さな噂であろうと集めておくのが良いでしょう。一見関係ないようなことでも、その者の本質を示している場合がありますので」
「ちょっと待った。贈り物の話だよな? そこまでやるのか?」
俺はエドワルドの話を聞いて思わず止めてしまったが、たかが贈り物でそこまで調べる必要が果たして本当にあるのだろうか?
「ええ。言ったでしょう? 初対面の贈り物とはその者の今後の評価に関わると。万全を期すために、些細な情報であろうと集めるべきです」
だが、エドワルドはさも当然だとでも言うかのように堂々と頷き、そう答えた。
……でもそれ、本当に必要なんだろうか? そこまでやる必要あるか?
「……まあ、今回の場合は好きにすればいいのではありませんか? 調べた限りですと、あなたの贈ったものであればなんでも喜びそうな方ではありますし」
俺がそう悩んでいると、エドワルドは肩を竦めつつ追加で口を開いた。
「なんでも喜びそうだから困ってるんだよ」
「でしたら、『画家』でも呼んだらどうですか? 金をかければ高位階の者を呼ぶことができますので、何時間も同じ姿勢でいなくてはいけない、ということもありませんし、思い出としても十分でしょう。金もかけていることですから、贈り物としての『格』がないということもないですし」
「絵か……」
贈り物、と言って良いかわからないけど、アリといえばアリか?
絵として一つの枠の中に俺達の姿を収める事ができれば、家族なんだ、って母さんにも親父にも思わせる事ができるしそうやって実感できるものがあるってのは嬉しい事だろう。
「画家を呼ぶのでしたら、お早めに教えてくだされば、こちらで用意しますよ」
どうせこいつの事だから善意からってわけじゃないだろうが、俺では伝手がないし頼んでくれると言うのなら助かる。
まあ、まだどうするか決まってないけど、もし頼む事があるならそこらへんの心配はないから、絵という選択肢も考えの中に入れておいても問題ないだろう。
「まあ、もう少し考えてみるよ。相談に乗ってくれてありがとな」
本決まりではないけど、有力な選択肢は得られた。ここに来た甲斐は十分にあったと言えるだろう。
「いえ。魔王様の頼みとあれば。……それはそれとして、件の新種の植物の果実と種と栽培方法はできるだけ早く送っていただけると助かります」
「帰ったら準備するよ」
最後にエドワルドからかけられた言葉に苦笑いをしつつ、俺は礼を言ってその場を去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます