第436話大事なお話し

「さて、そんじゃあ見学会が終わったばっかでわりいんだが、これから大事な話がある」


 城の見学会が終わった後は、そのまま解散とはいかなかった。

 まあ、この国のトップ四人が集まったんだからそのまま解散になるわけがないし、元々予定としては城や街の状況について話し合うことになっていたんだから、俺たちが集まるのも不思議なことではない。

 だが、話し合うことになっていたのにこうしてわざわざ伝えてくるってことは、よほど大事な話なんだろうか?


「こちとら歩き通しで足が痛いんだけどねえ」

「予定にない話はやめて欲しいのですが?」


 そんな親父の態度から何かを感じ取ったのか、婆さんとエドワルドは親父に向かってそんな軽口を言っている。


「うるせえ。婆さんは第十位階なんだから対して疲れてねえだろ。それに、これから好きなだけ休んでられるぞ。眼鏡だって城の見学が終わったら話し合うことは決まってたんだから、この後も空いてんだろうが」


 二人の軽口に対して、親父は眉を寄せながら不機嫌そうに口を開いた。


「わかってないねえ。女だってのに歩き通しにさせられて、心が痛いのさ」

「話の流れ自体は予想できましたのである程度終わる時間は予測できました。ですので、この後の予定を立てていたのに、それが台無しになるじゃないですか」

「うるせえ。良いから来いや」


 尚も言葉を続けた二人に対して、親父は乱暴にそう言うや否や、親父は背を向けて歩き出したがこれはついてこいということだろう。

 だが……


「俺の意見は?」


 俺、まだ何も言ってないんだけど? 


「どうせ話をすんのは最初から決まってたんだ。それに、お前は急ぐような予定なんてないだろ。暇人」

「……王様に向かってその態度はどうなんだよ」


 確かに今日はもう何も予定入ってないから、ゆっくり話をしてても問題ないけどさぁ……。




「んじゃまあ、座れや。元々話し合うのは決まってたとはいえ、結構歩かせたのは事実だからな。軽く食いもんくらいは用意したから食え」


 適当に近くの部屋に入って話をすればいいものの、親父はなぜか城の離れまでやってきて俺達を座らせた。


 この離れは王族専用……なんてことはないが、それに近いものがある。

 簡単に言えば、今この場にいる四人とリリアと母さんのための場所だ。

 あとはそこにそれぞれの側付きが寝泊まりできる用の部屋もあるが、基本は俺達用の場所。

 今後もこの国が続いて行くようであれば色々と使うやつが変わるかもしれないが、今はそんな感じ。


 でも、なんだってこんなところに連れてきたんだろうな?

 城の使い心地の確認だってんなら、普通に本城の食堂や談話室やなんかでいいと思うんだけどな。あとは普通に会議室とか執務室? なんにしても、こっちまできた理由がわからない。


「紅茶に菓子ですか……。あなたにしては随分と気を遣ってますね」

「話を聞いてもらうんだから、それくらいはすんだろ」


 しかも、エドワルドが言ったように、普段は紅茶なんて洒落たものを飲まないくせに、なぜか今回に限って出してきた。それも、見た目が華やかなケーキ付きで。……なんで?

 いつもなら何か出てくるにしても、俺が作った果物かドライフルーツ、或いはナッツ系が出てくるのに。甘いものは嫌いじゃないからいいんだけど。


「これは、セーリン地方の茶葉ですね。無駄に良いものを使って……何が目的ですか?」

「目的も何も、話聞けっつってるだけだろうが」


 エドワルド曰く、どうやらこの出された紅茶はかなりお高いものらしい。

 そんな親父らしからぬものを出されたことによって、何か裏があるんじゃないかと勘繰っているエドワルドだが、その言葉に親父は乱暴に返し、部屋の隅にいた侍従達に軽く指示を出してから自身も席についた。


「……っつーか、怪しんでるわりに、結構喰ってんじゃねえか」


 親父は席につくなりそう口にしたが、実際エドワルドは怪しんでいたわりに出された菓子をもう半分以上も食べている。


「高いものは好きですからね。話の内容如何に関わらず、出されたのならいただきますよ。あなた方相手なら体裁を気にする必要もありませんし」

「高いのはって、金がかかるからか」

「それもありますが、高いということは基本的には美味しいということです。中には知名度を売り物にしているブランド力のせいで高くなっているものもありますから一概には言えませんが、それでも大体は高ければ良いものですので。それを自分のものとする機会があるのに棒に振るつもりはありません」


 まあ、俺だって高いものを出されたら逃すのは惜しいと思うからな。


 少し意外だったけど、頭を使うと甘いものが欲しいって言うし、似合っているといえば似合っている。

 普段ならエドワルドだってもっと気をつけて食べるか、そもそも食べないんだろうが、俺達相手なら気取る必要もないし、毒を警戒する必要もない。

 実際、俺たちもこいつのことをどうにかしようだなんて思ってないし、安心して食べられるんだから、こうして出されたものを食べているのも別におかしなことでもないか。


「あたしは酒の方が嬉しいんだけどねえ。どうせ瓶一本空けたくらいじゃ酔いやしないんだから」


 エドワルドに続いて婆さんがそう言ったが、親父は酒を出すつもりはないようで、小さく鼻を鳴らすと顔を逸らした。


「ま、どうせあんたのことだ。この気取った歓待も、あんたのお姫様のために今のうちに慣らしておこうって腹だろ?」


 だが、続けられたその言葉で親父はぴくりと反応して見せ、眉を寄せた険しい表情で婆さんのことを見つめた。


 しかし……お姫様って誰のことだ?


「お姫様? ……母さんのことか?」


 母さんは王妃だし、親父だって「王妃様」って呼んでいたはずだ。でも、他に「お姫様」に該当する人物は思いつかない。

 一応フィーリアはお姫様だし、リリアも…………まあお姫様に分類されるけど、この状況で親父がその二人の名前を出されたところで反応するとは思えない。


「ああそうさ。坊が知ってるかどうかは分からないけど、あんたの母親とこの男の出会いは、騎士と大貴族の姫って関係の時だったからね。だからこの男の中では——」

「うっせえぞ、ババア。年寄り臭く余計なことしゃべってんじゃねえよ」

「おっと、こりゃあ失礼。息子の前で自身の恋話をされるのは、流石の『黒剣』も堪えるものみたいだねえ」


 婆さんが話をした内容が気に入らなかったようで、親父は殺気を込めて婆さんのことを睨みつけたが、婆さんはそれをどこ吹く風とばかりに流して笑った。


 でも、確かに今のは怒ったって言うよりも、照れて誤魔化そうとしたって感じだったな。


「仕方ない。坊、後であんたの父親がいない時に話してやるから、そのうちまたあたしんところに来な」


 そんな婆さんの言葉が俺にかけられたが、親父は俺に向かって殺気を込めた目で見つめて……睨んでいる。

 その目は聞くんじゃねえぞと言ってるようだ。

 ……けど、悪いな親父。実はその話、もう知ってるんだ。だって、前に母さんに告白してるところ聞いちゃったし。

 あの時は覗く気はなかったんだ。ほんとだぞ? でも、母さんの様子を確認しようと思ったら植物達が気を利かせて部屋の様子を見せてくれて、その後は止めどきを逃がしてズルズルと見てしまっただけなんだ。


 ……まあ、正直ちょっと楽しいと思ったけど。

 親の恋愛事情を見るのは恥ずかしくもあったし、罪悪感とかあったけど……うん。面白かった。

 デバガメする奴の気持ちが良くわかった。


 でもそんなわけだから、もう知ってるんだよ。


「まあなんだ。そんなことより、あー……お前らにある話しってのは……」


 で、話が切れたことで親父が話し出したわけだが、どうにも歯切れが悪いし、話そのものも切り出してこない。なんなんだ?


「さっさと言いな、バカたれ。あんたみたいなのがウジウジしたところで、きもちわるいよ」

「そうですね。私もできることならばさっさと帰りたいので、無駄な時間をかけないでいただけると助かります。ああ、金になる話でしたら多少の時間を使っても広い心で受け入れましょう」

「お前ら……はあ。まあそうだな。話すために呼んだわけだ。さっさと話すとすっか」


 婆さんとエドワルドに急かされたことで、親父はため息を吐き出してから話しをし始めた。


「っつっても、話自体はそう難しいことじゃねえ。そろそろ王妃様を迎えに行こうと思ってる、って話だ」


 っ! ……母さんを、か。だから、親父もこんなに改まっているのか。


 そのことがわかれば、さっきまでの態度もただ緊張しているだけなんだとわかる。そりゃあ緊張するだろうな。だって、自分の妻……婚約者? をここに呼ぶんだから。しかも、その相手は二十年近く前から好意を寄せていた相手だ。緊張するに決まってる。


「王妃様をねえ……」

「まあ、もうそろそろ街の方も完成しますし、良いのではありませんか? ただ、それでも街が完成してからにするべきでしょうね。そして、街の完成を祝う式典を行い、そこで同時にあなた方の婚姻を知らせれば良い。そうすれば、話を聞いていなかった、なんて者は出てこないでしょう」


 城の方はもう完成し、家具の類も半分近くは搬入が終わっているが、それでもまだ全部じゃないし、何より街の方はまだ作業そのものが終わっていない。

 どうせ迎えるんだったら、あと一・二ヶ月ほど待って完璧な状態にしてから呼ぶべきだろう。


 そうすれば、こんな普段は大々的に何かを祝わったりしない場所でも祝ってもらえるだろうし、親父の女だと知らしめることができれば、母さんの安全にもつながる。


 しかし、そうか。もう母さんがこっちにくることになるんだな。

 しかもその理由が、親父との結婚かぁ……。いやまあ、俺がここにいるから、って理由もある……とは思うけど、あの告白シーンを知ってる者としては、どっちの理由が本命なのかは微妙なところだ。

 いいんだけどな? 俺のためじゃなくても母さんが幸せなら。


 でも、お祝いか……。


「贈り物ってした方がいいよな?」


 お祝いをするとなったら、必要なものが贈り物だ。しかも親が再婚するとなったら息子としては祝わないわけにはいかないし、何か贈ってやりたいとも思う。


「贈り物ですか。確かに、臣下の婚姻となれば、王が祝うことはおかしなことでもありませんし、あなたの場合は自身の両親に当たるのですから、よろしいのでは? ……ですが、そうなると私も用意しなければなりませんね。……それはそれとして、せっかくですし、本来よりも大規模に祭りでも開くべきでしょうか」

「エド坊、そんなのは後で考えな。紙にしてよこしてくれればこっちでも考えてやるから」


 俺の言葉に反応したエドワルドを婆さんが嗜めたが、結局どうなんだろう?


「贈り物をするのは構わねえが、お前らまともなもんを贈れよ? ぜってえふざけたもんにすんじゃねえぞ」


 だが、親父は贈り物と聞いて何を思ったのか、いやそうに表情を歪めている。

 その理由もわからなくはない。だって、こいつら俺が王様になった時に悪ふざけでトレントとかマンドラゴラとか贈ってきたし。

 いや役に立ってるよ? 便利だし、もらってよかったとも思ってるけど、贈り物として渡すものでもないと思う。少なくとも、普通の人がそんなものを贈られたら驚くでは済まないだろうな。


「やだねえ。何言ってんだか。あたしらがそんな怒られるようなふざけたもんを渡すわけないじゃないかい」

「そうですよ。贈り物とはこちらの印象を決める大事なものです。今後の金づるを逃さないためにも、適切なものを贈る必要があるのですから」

「なに堂々と〝金づる〟なんて言ってんだてめえ」

「ああ、これは失礼しました。ですが、言葉を飾ったところで実態は変わりませんし、良いじゃないですか」

「……まあ、なんにしても変なものを用意したらぶった斬るからな」


 そうしてその話は終わり、本来の城の見学会の結果について話し合う事となった。


 でも、やっぱり一つ言わせてほしい。


「あんたが言えたことじゃねえけどな」


 俺が王様になった時に寄生樹なんて贈ってきたやつが何言ってんだよ。まったく……。

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