第435話見学会終了
「……発言をしても?」
「ああ」
「えっと……あー、そのー……あの素材を用意したのはあなただというのは、本当でございましょうか?」
なんか変な喋り方をしてるけど、丁寧に話そうとしているのは理解できるし、それは触れない方向でいいんだよな? みんなの前で訂正しようものなら恥をかかせるし。
……でも、このまま話させても恥かきそうだな。……まあ、今は何かききたそうにしてるからあれだけど、この会話が終わったらそうそう喋ることもないだろうし、無視でいいか。
で、それはそれとして……
「素材? なんのことだ?」
「ち、違ったのですか? ですが先ほど……」
素材と言われてもなんのことか分からないのだが、ララグラドは俺が知らないことに困惑しているようだ。
「お前が寄越した木のことじゃねえか? さっきもお前自身で言ってたが、城を建てるから木を寄越せっつったら大量に送ってきただろ」
「ああ、だいぶ前にエドワルドに頼まれたからな」
城だけではなく街を作るんだから、それなりの材料が必要になってくる。
石材は土魔法を使えばなんとでもなるけど、木材はどうにもならない。植物魔法師って結構レアだし、全てを賄えるほどのことはできないだろう。
そのため、材料や資金に関して一任されていたエドワルドは、切り終えた木を再び生長させて無限回収することにしたのだが、その生長させる役を俺に頼んできた。
魔王にそんなことを頼むのか、と思ったけど、まあやることなかったし、森に伐採に行く手間も省くことができるから工期を短くできるしで、やることにした。
その際、どうせなら森で再生させるんじゃなく、街の近くに森を作ればいいじゃん。というか、そもそも全部俺が収穫すればいいんじゃね? ということで、トレントを育てて全部刈り取って建材とさせた。
おかげで木材は不足することがなくなったし、金もかからず時間もかからず、エドワルドは大変大喜びしてた。まあ、一気に用意しすぎて文句は言われたけど。加工する時間が足りないとか置き場がないとかなんとか。
「おおっ! なら本当にあんたがあれを用意したのかっ!」
「ララグラドッ! お前、バカッ!」
ララグラドが興奮したように一歩踏み出して叫ぶと、そんな様子を隣で見ていたローエンがララグラドの頭を殴り、強引に頭を下げさせた。
「失礼いたしました、魔王陛下。この愚かな同僚には罰を与え、以後改めさせますので、どうか寛容なお心を」
俺は王様なわけだし、そんな相手に今みたいな態度を取ったのなら、それは殺されることもあるかもしれない。
普通ならそんなことはないと思いたいところだが、ここはカラカスだ。荒くれ者どものボスであれば、無礼=処刑であってもおかしくないと考えるのは普通のことだろう。
それに、処刑はないにしても、なんらかの処罰はあるかもしれない。そしてそれは一緒にいらローエンにも及ぶ可能性は否定しきれない。
それ故に、ローエンはこうも慌てているんだろう。
……まあ、自分に害があるからって以外にも、普通に死んでほしくないからって理由もあるだろうけど。
「気にするな。それくらいで処罰するつもりなんてない」
「はっ! ご容赦ありがたく!」
未だになれないが、いつもより気持ち改めた口調で許してやれば、ローエンは頭を下げ続けながら大声で感謝を口にした。
「で、そっちの話だが、俺があれを用意したとなると何かあるのか?」
そうして今のララグラドの態度に話がつけば、次はララグラドの言葉の意図だ。
こいつは俺が木材を用意したと聞いて慌てた……と言うより興奮した様子を見せたが、なぜそんなことになったのか。それを話してもらいたい。
そう思ってララグラドへと改めて視線を送ると、ララグラドはつい今しがたの出来事があったからか萎縮した様子を見せている。
だが答えないのもまずいと思ったのか、おずおずと話し始めた。
「え、あ、いえ、その……建材としては素晴らしく、どんな風に手に入れたのかと思いまして」
「そんなによかったのか?」
んー、まあ確かにトレントから採った木材だし、普通の素材よりは遥かにいいものだろう。
エドワルドから最初にトレントの種を渡された時、木材としては最高級品だと言われていたし、木材を扱う職人としては違いがわかるものなんだろう。
……でも、なんだかこう、トレントが普通の使い方をされていると新鮮味を感じるな。
俺も普段から使ってるけど、絶対あれ普通の使い方じゃないし。なんだよ、種を急速に育てて敵を攻撃してもらうって。どう考えても間違ってる。
そんなことを考えていると、ララグラドは俺の問いかけに対し……
「はい、それはもうっ! 最高の素材であります! 過去これまで作品に合う最高の素材を探し、創意工夫を施してきましたが、それらは所詮妥協の上の代用品でしかなかったんで。しかしっ、あれは違った。あれは手触りが良く、しなりも良い。加工が面倒だという問題はあったが、そんなものは自身の腕でどうにかすれば良い。作品を作った後にはまるで関係ないのだから気にするほどのことでもなかった。あれ、まるで動物のように生きていた木のような……そんな不思議な感覚が……あれこそ俺の作品に相応しい。過去に生きていた者を飾る台座としてはこれ以上ない素材なんだっ! ……です」
ものすごく興奮した様子で話し始めた。
最後に取り繕ったように「です」とつけたけど、絶対にさっきローエンに殴られたことも忘れてたな。いや、別にいいんだけどさ。失礼なことを言ったわけでもないし。
確かに、あれはトレントだからなぁ。実際、動物のように動いてたし、枝を鞭のように振るうんだから、木材になったとしてもしなりもあるだろう。
過去に生きていた死体と、過去に動物のように動いていた木材。確かに似たようなものだよな。
ローエンの方が両手で顔を押さえて俯いている。
まあ、『今後は気をつけるから』なんて許しをもらった直後にこんな言葉になれば、そうなりもするだろう。
「……魔王陛下。先ほど許しをいただいたばかりであるにもかかわらず、誠に申し訳ありません。この愚か者の処罰は如何様にも」
「いや。多少ズレていようと、優秀な人材を潰すつもりはない」
こんな不気味な部屋を作るような異常者で、興奮すると言葉も態度も改めることを忘れてしまうようなやつだが、その腕は素晴らしいものがあるのだから、こんなことで罰するつもりはない。
本当、腕は良いのだ。この部屋だって不気味だけど、よく見てみるとその技術の高さが見える。
俺はこの部屋の様子を、「死体が壁に埋め込まれた」と表現したが、実際にはそんなことはない。あくまでも普通の建物があって、そこに後付けしたものでしかなく、いわば装飾されただけなのだ。
にもかかわらず、その後付けの痕跡がどこにも見当たらない。まるで初めから融合した素材を使って建築したかのように見事なまでに一体化している。
これを好んで作り、芸術だと言う感性は理解できないが、普通に仕事をさせる分には優秀なのは間違いない。
「ララグラド。お前の言った木材は……」
「はい! いったいどのような木を使えばあんな素晴らしいものがっ!」
「あれは、トレントだ」
「…………はえ?」
俺が木材の正体を教えてやると、それまで興奮していたララグラドも一瞬で落ち着き、ぽかんとした表情で首を傾げた。そしてそれは隣にいるローエンも同じだ。何を言われたのか分からない。そんな様子がありありと見える。
……それほどまでに衝撃的だったのだろうか?
「は、発言をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
しばらくしてから復活したララグラドがおずおずと手を上げながら問いかけてきたので、俺はそれに頷いてやった。
「そ、その……トレントとは、あのトレントでございますか? 動く植物型魔物で、森の中では痕跡を見かけたら絶対に近寄るなと言われている、あの?」
「それだな」
俺が普段使いしてるトレントだが、普通はそんな簡単に手に入るものでもない。
何せ自然に生えている木ってのは硬いんだ。普通の木だって一般人が斧を叩きつけても少し切り目が入るくらいでしかないのに、そんなものが魔物化して襲ってくるんだから、強くないわけがない。
人間で例えると、普通の木が第一位階で、トレントが第六か七位階くらいの強さになる。まあ、あとは樹齢とか成長過程での魔力や栄養素の吸収状況にも左右されて強弱が変わるけど、普通はそんな感じ。一般の冒険者や傭兵が第五位階で『強い』とされるような世界じゃ、そりゃあトレントは『強い』だろうな。だからこその高級品なわけだし。
そんなトレントを城を建てることができるくらい用意したんだから、そりゃあ驚くか。
でも、俺にとっては花壇で花を育てるのと変わらないんだよなぁ。むしろ普通に花を育てるよりも簡単かもしれない。だってスキルで一瞬で終わるし、みんな協力的だからな。
一番の欠点としては、声が聞こえるだけに刈る時にちょっとやりづらいってことくらいだ。
みんな『殺された』って感覚はないみたいだから、文句も言わないし、楽しげにしているけど、それでもな……。
でもまあ、問題としてはそれくらいだ。
「そ、そのような魔物を使った木材を……あんなにも?」
「まあ、トレントの群生地があるとでも思っとけ」
「どんな魔境だ、それは……っ! し、失礼いたしましたっ!」
ローエンが思わずと言った様子でつぶやくが、直後にそれが無礼であると気づき、ハッとした様子で謝罪してきた。
まあ、ローエンの言いたいこともわかる。トレントは普通の木が魔力を過剰摂取したことで起こる突然変異だ。そんな生まれ方だから、普通に生えているのは少ない。それが群生しているというのは異常なことだ。
周囲の木全てが蠢く森なんて、『魔境』の呼び名は相応しいだろうな。
……でも、一つ言わせて欲しい。
「まあ、魔境といえば魔境かもしれないけど……正直、ここの方が魔境だろ」
トレントが群生してる森よりも、この部屋の方が遥かに『魔境』だろ。
「いいじゃねえか。『魔王城』に相応しい作りになったろ」
「こんな相応しさ要らねえよ」
俺だって進んで『魔王城』に住みたいわけじゃないし、こんな部屋はなくてもよかった。
別に、相応しくなくても良いんだ。普通で良い。いや、ほんと。まじで普通で良いのだ。
「でも、さっきの話を聞く限りだと、この部屋だけじゃ無いんだろう?」
「はいっ。他に三部屋ほど手掛けさせていただきました!」
「こんなのがあと三つ……」
俺の問いかけにララグラドは威勢よく答えたが……こんな部屋があと三つもあると考えると、ちょっと気が滅入る。
そのうち全体が〝これ〟に侵食されていくんじゃないかという嫌な想像をしてしまったが、まあきっとそんなことはないだろう。
「まあ、いいじゃねえか。この程度なら良いアクセントになるんじゃねえのか? 普通の城だと面白くねえだろ?」
親父はそう言っているが、その表情はどこか引き攣って見える気がする。
「……母さんに嫌われないようにしろよ。息子の家にこんなもんを設置したとなったら、怒られるじゃ済まねえんじゃねえの?」
「……やっぱ、なんか言われると思うか?」
「言われる、だけで済めばいいな」
母さんのことだ。自分を迎えるために城を立ててくれたことは喜ぶだろうし、この場所のことや使った人員のことを教えれば、こんな部屋があっても仕方ないと思ってくれるかもしれない。
でも、その城が『俺の城』だとなれば、どう考えるのかは分からない。ある程度の予想はつくけど、何事もなく、とはいかないだろうな。
「だよなぁ……。ヴェスナー、頼みがある」
「なんだ? 母さんの説得をする以外だったら聞いてやらないこともないぞ」
「おいおい、そんなこと言うなよ。ちったあ手伝ってくれてもいいんじゃねえのか?」
「それくらいどうにかできなきゃ今後何十年とやってけないんじゃないか?」
最後にそんな話をしながら俺たちはその場を離れた。
そしてその後も適当に見回りつつ見学会は進んでいき、何事もなく終わった。
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