第418話神霊憑依

 

 あとできることといったら……肥料か。


 近寄ることは難しいが、第十位階になった俺の肥料生成は、地面に触れただけで数メートル先まで一斉に肥料に変えることができる。今の俺たち程度の距離であれば、相手の足元まで肥料に変えることは割と簡単にできることだ。

 足元を肥料に変えたところで直接的な攻撃にはならないけど、足元が肥料になればぬかるんで滑りやすくなるし、バカみたいに転んで肥料まみれになってくれたりしないかなぁ。


「きゃっ!」


 と、ちょっと期待したんだが、そんな期待通り、姉王女は足元の変化を感じ取って先ほどの天地返しの時と同じようにその場から離れようとしたんだろうが、変化した足元の状態に対応することができず、無様に転んでしまった。


 その隙を突くように天地返しを使って姉王女の足元の地面を浮かせ、今度は逃げる間も無くひっくり返す。


 足元が反転したことで空中に放り出された形になった姉王女へと向かって、ヤシの実をマシンガンのように連射する。

 ……なんか、大砲を連射してる気分になるな。


「くううっ!」


 パリンッ! と音をたてて守りは砕け、それと同時に姉王女のつけていたブローチの一つが砕けちった。多分今ので守りの魔法具が壊れたんだろうな。


 そうして姉王女はそのまま天地返しによってできた穴に落ちていき、その上から持ち上げた地面が落ちて下にあるものを埋めてしまった。


 これで終わればいいな、とは思うが……


「まあ無理だよな」


 天地返しによってひっくり返った地面の下から、闇が噴き出して上に乗っていた土を吹き飛ばした。そしてその穴から埋めたはずの姉王女が出てきた。


 這い出てきた姉王女の体は土で汚れていて、それ以外にも所々黒いヘドロのようなものがついている。多分、というか確実に俺がやった肥料だろうな。


「私にこんな汚物を使うだなんて……流石は下民ね。品がないわ」

「その汚物に塗れたやつは言うことが違うな。随分と品のある格好をしてるよ」


 肥料生成による腐敗臭が不愉快なんだろう。鼻を押さえ、眉を寄せながら文句を言ってきたが、そんなの知ったこっちゃない。


 こんだけ騒いでんだから誰かしら起きてくれないかな、なんて思って視線を向けてみたのだが、誰も起きていない。


「仲間に期待してるのなら無駄よ! 全員望んだ夢を——理想の世界を見ているのだから。人は苦痛に抗えても幸福には抗えないとはよく言ったものよね。誰も自分の理想を拒むことなんてできるわけがないのだか——」


 姉王女は自分の力を俺に自慢したいのか知らないが、そう言いながら両手を広げて大袈裟なくらい俺に説明してくれるが、その言葉は途中で止まり、姉王女のその目が見開かれた。


 そんな反応が気になって俺も姉王女を警戒しながら後ろへと振り返ったのだが……


「あ゛〜、気分悪い……」


 先ほどまで魔法によって倒れたはずのリリアが頭を押さえながら、気持ち悪そうに顔を顰めて体を起こしていた。


「え? ……なんで?」


 思わず素で問いかけてしまったが、仕方ないだろう。だって他の奴らは先ほどから起きる気配が全くないのに、こいつは一番最後に寝たばかりだってのにもう起きてる。


「何でって、なにがよ」

「いや、何でお前起きてるんだ?」


 俺の場合は多分格下判定されなかったからだろうが、こいつの場合はわからない。トラウマの方は理解できるが、理想を見せるって方はこいつであっても……むしろこいつだからこそまともに食らうもんじゃないか? だってこいつ、普段から色々とやってるけどそのほとんど全てを失敗しまくってるし。その全てが成功する世界とか、まさにこいつにとっては理想の世界だろう。


 だってのに、なんでそんな世界を捨てて起きることができたんだ?


「何でって、そんなのあったりまえでしょ。あんな幸福な世界なんてあるわけないじゃない!」


 自信満々にそういってのけるリリアの姿を見て、こいつの身分を思い出した。普段は頼りないことこの上ないやつだが、こいつの身分、立場はエルフの中でも特別なもの。王女であり、聖樹という特別な存在に選ばれた特別な存在。それがこいつだ。

 そんなこいつだからこそ、作られた理想の世界なんてものに惑わされることなく抜け出すことができたんだろう。


「……はっ。流石はエルフの王女。聖樹の御子だな。幻覚に惑わされないなんて——」

「だって、わたしはあんなに思った通りに進んだことなんてないもの!」


 ………………え?


「………………え?」


 あ、つい口に出たわ。

 でも……まじでそれしか感想が出てこない。なんかこいつ、ものすごく情けないことを堂々と言ってなかったか?


「わたしが何かしようとすると、いっつも誰かが邪魔するのよ? 思った通りになんてできた試しがないんだから! そんなわたしがあんなに順調に『悪』になれるだなんて、そんなわけないじゃない! あんなの絶対におかしいもん。絶対に間違ってるに決まってるでしょ! わたしを騙すつもりなら、何か計画してる段階でバラされたり、準備してたものに不備があったり、実行段階で別の誰かが引っかかったり、計画段階で勇者が現れて全部台無しにするくらいしなさいよ。じゃないと騙されるわけないでしょ! 本気で騙すつもりなら、もっと酷い目に遭わせてみなさいよ!」


 ……。

 …………。いや、まあ確かに今までこいつが立てた計画の類は潰してきたけどな? だって放っておいたら大した利益もないのにすごい面倒なことになりかねないし。

 でも……その程度のことで魔法から抜け出したのか?


 それは、あれだな。なんていうか……どんまい?


「「……」」


 だが、どうしてくれるんだよ。こんな時だってのに俺だけじゃなくてあっちも黙っちまったじゃねえか。


「……なんか、ごめん」

「は? え、何であんたが謝ってるわけ?」


 第十位階の強者が使うような強制睡眠の魔法から抜け出すほどの違和感となると、相当なものだろう。それを俺が植え付けたとなると、なんか邪魔してきたのが悪いように感じられた。いや基本的に正しいのは俺の方なんだけどさ。リリアのやってることを放置しておけばこっちにも被害が出てくるし、何かしでかす前に止めるのは間違いではない。はずだ。


 だが、それでもちょっと思うところはないわけでもないのでなんとなく謝ってみたのだが、リリアはなんで自分が謝られたのか理解していないようで首を傾げている。


 ……次からは、こいつが何かしてたとしてももうちょっと甘めに判断してやってもいいかもしれないな。だって、なんか……ちょっと哀れすぎる。


「——た、確かにお前たちには効かなかったけれど、他の者たちには効いているわ! ならば、そちらから力を回収すればそれで足りる事よ! そうして直接倒してしまえば結果は変わらないわ!」


 そんな俺たちのやり取りを見ていた姉王女だが、ハッと気を取り直してそんなふうに威勢よく叫んだ。


「《闇よ集え・我が意をここに示さん——」


 そうしてスキルの詠唱を始めたのだが、眠らせた者の力を吸収して自身のスキル使用限界の上限を引き上げる、あるいは回復しているんだろう。眠っている奴らからなんだか黒く、淀んだ粒子が滲み出し、それらは全て姉王女へと集まっていった。


「チイッ! リリア! お前は他の奴らを守れ!」

「え、あんたはどうすんのよ!」

「気合いで何とかする!」


 なんかやばそうな雰囲気を感じ取り、俺はリリアに指示を出してから種を取り出してそれを放った。

 守りの魔法具が無くなったからか今度は途中で止められることなく種は突き進んでいき、姉王女の肌を食い破って体の奥へと埋まっていく。


「……《全ての悪意はここに集う・故に闇は全ての願いを等しく奪う》」


 だが、かなりの痛みがあるだろうにもかかわらず、姉王女はなんの声もあげない。ただ種が当たった時の衝撃に体を揺らしているだけで、顔色すら変えない。


 ……痛覚がなくなってる?


 なんの反応もないってことはそうなんだろう——いや、だとしても顔色ひとつ変えないってのは異常だ。普通は自分の体に種が埋まるのを見たんだったら、痛みなんてなかったとしても顔色くらいは変えてもいいはずだ。

 なのにそれがないってことは……意識が薄れている?


 その考えが正しいとして、なんでそんなことになっているのかわからない。十中八九あの黒い不気味な粒子のせいだろうけど、それがなんなのかがそもそもわからない。


「《我が元に顕現せよ・この魂を砕き我が意を世界に刻め——神霊憑依》」


 だが、そんな考えに答えを出す前に姉王女の呪文が完成し——


「——え?」


 ——突如として姉王女の体が内側から膨れ上がった。

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