第417話理想の世界

 

 先ほどと違って今度はちゃんと準備をしなければならないということは、それだけ強い魔法を使おうとしているということだろう。

 流石にそれを喰らえばどうなるかわからないし、問題なかったとしても止めないわけにはいかない。


 魔法を使わせまいと種を放つが、種が当たるその瞬間にうっすらとした幕のようなものが現れ、俺が放った種はその膜にぶつかって砕け散った。

 あれは、見たことがあるがリリアが魔法で作る結界と同じだな。……だが、あの姉王女の職ではそんなことはできないはずだ。

 となると、やっぱ防御用に魔法具を用意していたようだ。まあ、当然と言えば当然のことか。王女が……いや、姉王女とは呼んでいるが今は一応王妃だったな。まあ王族が守りの道具を持ってないわけがないし、殺されたらまずいので軍隊の総指揮官が持っていないわけもない。


 だが、ヤシの実みたいな種で攻撃してみたのにそれでも砕けないとかかなり上物使ってやがる。多分、一つどころじゃないだろうな。


「《これなるは支配・万物を統べる神の意思なり・全ての慈悲は闇へと還る——」


 ならばと今度は種での攻撃はやめて、焼畑を使って相手の足元を火で埋め尽くす。

 しかしそれでも相手の結界を壊すことはできず、それはスキルを重ねて火力を上げても同じことだった。


 だが、これで壊れないとなるとどうしたものか。あれを破れそうな攻撃系のスキルはもう腐食……じゃなくて《肥料生成》くらいしか残っていないが、不気味な感じがするあの姉王女に直接触りにいくのはなんか嫌だ。

 とはいえ、嫌だと言っている余裕があるわけでもないし、覚悟を決めて突っ込むしか……。


 と、そこで結界を無理して割らなくてもそもそも足場を崩してしまえばいいんじゃないかと思いついた。

 足場が消えれば集中も維持できないだろうし、そのまま土の中に埋まってしまえばそれで死んで終わりかもしれない。

 そう考えると、今度は天地返しを使って地面ごとひっくり返そうと狙いを定めた。

 だが……相手の魔法の完成は思った以上に早かった。


「《ディストピア》!」


 直径にして十メートルは軽く超えてるんじゃないかと思えるほどに巨大な文字の壁が俺たちの前に展開され、その壁の如き魔法陣が強く光を放った。


 一瞬にして視界は光で埋め尽くされ——だが何も変わらなかった。


「どうして、お前は眠らないのよっ……!」

「……いや、どうしてって言われてもな。俺自身訳分かってないし」


 光が消えた後、俺は自分の体を確認してみるが、やはり先ほど同様に何もなかった。

 正直、「またか?」という気分にしかならない。


「ちなみに、今度のはどんな効果だ?」

「……光を見た者にその者が望む理想の夢を見させるものよ。悪夢からは出てくることができる者も、自身の望んだ幸せからは出てこられない。そうして夢に溺れた者から魔力と生命力を回収する。私が強くなるための糧になる。それがこの魔法よ。なのに……なのにどうしてお前は……」


 こいつ、意外と根は正直者か? なんで尋ねられたからってこんなに素直に答えてんだよ。

 いやまあ、俺としては教えてくれてありがとうって感じだし、こいつ自身なんで俺が魔法を受けて寝ないのか知りたいから話してるんだろうけど、それでも眠らせた後の追加効果まで話すことないだろうに。

 多分、ひねくれてても王女としての育ちの良さが出たんだろうな。自分が上の立場でいられるうちは横柄に振る舞うけど、対等だと思ってしまったら相応の態度で接する癖みたいなのができてるんだろう。だから聞かれたことに答えてくれた……んじゃないかと思う。

 まあ、答えてくれたって結果は変わらないからその理由はどうでもいいか。


 にしても、魔力と生命力の回収か。結構厄介だな。つまりはこの術を受けて寝てる奴がいる限りMP無限HP無限状態だろ? クリティカル出して一撃で殺す以外には殺せないんじゃないか?

 周りに餌となる吸収元がいなければ問題ないのかもしれないが、今は大量に転がってるし……さて、どうしたもんか。


 ……ちょっと待て。いや、あれ……待てよ?

 もしかして、だが、こいつが位階を上げたのもそれが原因か?


 各魔法系の職が覚えるスキルってのは、必ずスタンスというか法則というか、共通しているところが必ずあるはずだ。火魔法だったら燃やす。みたいな感じでな。

 しかし、火魔法が燃やす効果があるのは、それは『火』を扱っているからだ。『火』は『燃える』単純だな。

 でも、なら、闇魔法は闇を扱うが、その『闇』の効果は?

 それは『吸収』ではないだろうか? あるいはそれに近い何か。闇魔法師ってのはその効果を利用し、攻撃した相手から位階——魂を奪うことができるんじゃないか? そして、こいつはそれをやってきたんじゃないか? だからこそ、こんなに短期間で位階が第十なんてところまで上がっている。


 ……可能性はあるな。実際には違ってるかもしれないが、今の俺に思いつくのはそれくらいだし、良い線はいってると思う。


 だがまあ、それがわかったからってどうするんだって話だがな。今更どうしようもない。

 とりあえず、俺も吸収対象にされないように《防除》でも使っておこうかな。本来は虫除け獣除け、殺菌に使うものだから効果があるかわからないけど、一応範囲内は温度やなんかの環境設定もできるし、気休めくらいにはなるだろう。なってくれると嬉しいな。


 しかし、願いか……。ん〜、願いねぇ……。

 望んだ願いを見せる幸福な夢、か。なら、効かないのも当然だよな。格の差なんてなかったとしても、多分俺には効かなかっただろうと思う。

 だって俺には……


「望んだ夢なんてないから、かね」


 そもそもの話だ。俺は過去に親に捨てられたことはあっても、今は満ち足りた生活をしている。

 血は繋がっていないが大事にしてくれる父親がいて、離れているが母親からは全力で愛されていて、仲間がいて友人がいて、食い物に困らなくて着るものにも困らない。金は人生十周やり直しても有り余るほど持ってるし、武力だって権力だって持ってる。


 強いていうなら日本時代にあったパソコンやらゲームがないことだが、それを含めて考えても今の俺は幸福だ。昔と今、どっちの世界を選ぶかといったら、迷うことなくこっちだ。


 そんな状態だから、俺は今の自分が幸せだと思っている。だからこれ以上の世界なんてもんは望んじゃいないし、想像もできない。さらに上を望むんだったら世界征服とかあるかもしれないけど、別に世界なんていらないので、やっぱり現状が一番だと思ってしまう。みんなで何不自由なくダラダラする暮らし。それで十分だ。


 そりゃあ世界は理不尽や不条理に溢れているわけだから、俺だってままならないこともある。が、それはそれでその苦労も楽しいと思ってる。

 だるい、めんどくさい。でもこんなもんだろ。これはこれでありだな。これが俺の人生だ、とそう納得している。


 それに、どうせ最後には力づくでどうにかすればいいと思ってるし。だってそれだけの力はあるんだから。


 だから、悩みなんてないし望みなんてものもない。更なる幸せが手に入るって言うんなら、まあ貰ってやるけど、だからって自分から追い求めるようなことはしない。だって更なる幸せなんて想像できないから。


 あれが欲しい、これがあればいい。そう思うけど、いざそれらがある生活を想像すると、なんか違うという違和感がある。


 強いて願いがあるとしたら、始祖の樹とかスキルの大元になった神様とかに会ってみたいが、その姿も声も性格も、何も想像できないのでどうしようもない。


 俺にとって理想の世界とは、今生きてるこの世界のことだ。


 そんなんだから、格の差なんてなくても、劣っていたとしても、俺には理想の世界なんて夢を見せられてもどのみち効かなかったかもしれない。


「そんなバカなことが……」

「それで納得できないなら……そうだな。お前が俺よりも格下だからじゃないか?」


 不敵に笑みを浮かべながらそう言ってやると、そんな俺の言葉を聞いた姉王女は一瞬だけ惚けたように無表情になると、僅かな後にその表情を一転させ、それまでとは比べものにならないくらいに怒りを露わにした。

 拳を握りしめ、肩を震わせ、歯を噛み締めているが、その様子は修羅とはこういう奴のことを言うんだろうかとすら思えるほどだった。


「けど! 今度はお前以外は眠ったわ。お前一人だけなら、どうとでもなるわ!」


 その言葉で後ろを見てみるが、今度はリリアも耐えられなかったのか眠ってしまっている。その顔はなんとも言えない微妙なものになっている。楽しげといえばそうなんだが、どこか不機嫌そうな様子。

 ……これ、本当に望んだ夢を見てるのか?


「っ!」

「よそ見している余裕なんてあるのかしら!」


 リリアの様子を見ていると、そんな隙をつくように闇魔法を放ってきた。

 咄嗟のことではあるが、それまでと同じように案山子を盾として使い攻撃を防ぐ。

 だが、今回は一撃だけではなくばら撒くように魔法を使ってきた。

 普通ならそんな無差別な使い方をしたら魔力切れになったりスキルの使用回数に引っかかるもんだが、この周囲にはこいつの『餌』が大量にある。少なくともこの戦いで魔力が切れたりして戦えなくなるってことはないだろうな。


 とてもではないが一つの案山子だけでは防ぐことなどできないので、追加でいくつもの案山子を作成して壁のように配置する。


 その影に隠れて移動し、魔法の射線から外れながら狙いを定めて相手の足元に天地返しを使う。


「チッ!」


 突然浮かび上がった地面を見下ろして舌打ちした姉王女だが、すぐさまその場から飛び退いて距離をとった。

 すぐに飛び退いたって言ってもすでに五メートルくらいは浮いてたんだが、普通なら飛び降りたら怪我するような高さであっても、位階の高さによる身体強化で問題なく着地していた。

 近接戦闘系の天職じゃないって言っても、流石は第十位階。その程度のことはできるくらいの身体能力は持っているか。


 ならどうすっかな……


「無駄よ。小国とはいえ、国宝として置かれていた宝具を持ってきたのだから、その程度の攻撃では破れはしないわ」


 とりあえず無駄だろうなと思いながらヤシの実のような固くてでかい種を放ったんだが、さっきまでと同じように薄い膜に阻まれて弾かれてしまった。

 国宝を用意してるとは、流石王妃様ってか。まあこいつの場合は無断持ち出しな気もするけど。


 だが、全くの無意味ってわけでもなさそうなんだよな。今回はさっきとは違っていくつかまとめて放ったんだが、小さな傷はできていた。連続で使えば相手の守りを割れるかもしれない。

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