第400話魔王戦・下
「砕けろ!」
それからは作戦通り俺が囮となり、リリアは最後までしっかりと魔法による強化と保護を続け、魔王の気を引き続けることができた。
そうして大回りをして魔王の背後から接近し、殻についていた傷のところまで潜り込むことができたカイルはその場で腰を落とし、どっしりとした避けることを考えていない構えから強烈な一撃を繰り出した。
その瞬間、まるで爆発でもしたんじゃないかと思えるくらいに凄まじい衝撃音が響き、それと同時にわずかだがピシッという少し硬質な別の音が聞こえてきた。
「ヒビは広がった感じか?」
攻撃を繰り出したカイルは追撃することもその場に留まることもなくすぐさま後退し、戻ってきたが、結果としては上々だ。
こう言ってはなんだが、全力だったとはいえカイル〝程度〟の攻撃で傷ができるってことは、やはり脆くなっていたんだろうな。傷のあった場所を中心として殻にヒビが広がった。
このまま後何回か殴ってれば壊すことができるだろう。それをやらせてくれるほどおとなしくしてるとも思えないけど。
まあいい。カイルを休ませる必要もあるし、最初の予定では次はリリアの番だった。一巡してみて、効果があるのがカイルの攻撃以外になかったら、その時はもう一回カイルに頑張って貰えばいいだろう。
「次はリリアだが……お前、なんか効きそうな攻撃系の魔法持ってるのか?」
さっきは順番に全部、なんて馬鹿なことを言っていたがそんな試してる余裕なんてないのだ。どうしてもやるしかないのならやるが、できることなら候補を絞ってからにしたいところだ。
「ふふん! 馬鹿にしないでよね! わたしだってちゃんと攻撃できるんだから!」
「ならそれを頼む。ヒビのところを狙え。責任重大だぞ。絶対に、何があっても失敗するなよ? 一度失敗すれば二度目は警戒されてきかなくなるだろうからな」
「え、絶対? ……いやー、でも結構大変っていうかぁ……」
「何だできないのか? なら用無しだ。帰れ」
大変なのは承知しているが、それでもやってもらわないとならないんだ。
「むうっ! なによその言い草! できるから! ちゃんとやればできるんだからあ!」
俺の言葉にムッとしながら反論し、リリアはそのまま魔王に向かって魔法の準備をし始めた。
その間俺たちはリリアの魔法が邪魔されないように再び囮役だ。だが、今回はリリアによる補助がないので、俺はあまり前に出ずに案山子による囮がほとんどで、基本的にはカイルが魔王と対峙することになった。
「《光よ満ちろ・我が意をここに示さん・我に仇成す者を消し去れ・これなるは裁き・世界を正す神の意思なり・しかして神の意思は世界を満たされず・その裁きは邪悪によってかき消される》!」
俺たちが魔王の気を引いていると、朗々とした声が響き渡る。
今行われた詠唱は七節。そこで止めたってことは、第七位階の魔法ってことだな。
だが、いつも思うけど、どの魔法も第六と第七位階の呪文で止めるとなんか不吉な感じだよな。だって神様否定してるし。邪教の言葉に聞こえなくもない。
「《ムービングマイン》!」
そんな詠唱の間も囮としての役割をしっかりと果たし、ついにはリリアの魔法が完成した。
リリアの周辺に光球が浮かぶように複数出現した。その効果はなんなのかわからないが、マインっていうと……爆弾だったか?
その光の球は魔王へと向かって突き進んでいく。
当然ながらそんな目立つものが自分に向かって飛んでくれば、囮がいるとはいえどいくらなんでも多少なりとも抵抗はされる。
全部ではないが、俺たちに向けていたうちの数本の触手をその光球の防御に回されてしまった。
「いけっ、そこよっ! 違う! もっとこっちで……そこっ! 突っ込め!」
だが光球はリリアの指示通り……指示、なのかあれは? ……まあ指示通りに動き、魔王を翻弄して触手の壁をくぐり抜け、殻のヒビが入った場所に着弾。強烈な閃光を放った。
その攻撃は、ただ光が強いだけで衝撃があるわけでも、何かを飛ばすわけでもなかった。
だが、確実にダメージが入ったのはわかった。
「〜〜〜〜〜っ!」
だって、これだけの魔王の悲鳴が聞こえるんだから。
聞いているものを威圧するような力が込められた悲鳴のようなものが聞こえてきているので、どうやら魔王は死んではいないらしい。
しかし、死んでないが、それなりにダメージは負った感じだな。よく見ると、先ほどの光に触れた箇所が〝消えて〟いる。
壊れたんでも吹っ飛んだんでもなく、消えているのだ。多分だが、さっきの光の爆発(?)の効果は、光に触れたものを消失させる効果でもあるんじゃないだろうか?
太陽の如く焼き消したのか、魔法的に分解したのか、或いは文字通り消滅した可能性もあるが、その辺はよくはわからない。
だが、消えたという結果だけは間違いなく正しい。
もちろん光に触れたって言っても触手部分と殻の一部だけで、本体はいまだに健在だ。だが、効果があったことは間違いない。
それに加えて、こっちは本命ではなく追加効果だろうが、閃光を撒き散らしたせいで目潰しとしても役に立ってるっぽい。
……あ、なんかいけそうか?
そう思ってしまえばじっとしていることはできず、俺は打ち合わせはしていないけど魔王に向かって走り出した。
「ヴェスナー様!?」
「補助頼む!」
俺はそれだけ言うと、足を止めることなく魔王へと近づいていく。
「《案山子》!」
魔王もこっちに気づいたのか攻撃を仕掛けてくるが、それは案山子を無造作に設置しまくることで攻撃を無害化させていく。
そして俺はヒビの入っている——いや、入っていた場所の前に立った。
「《肥料生成》!」
カイルとリリアの攻撃によって砕かれた殻の中にはなんか気持ち悪いものが見えているが、顔を顰めながらもその中に手を突っ込んで《肥料生成》を全開で発動する。
だが、さすがは魔王。全力で発動したってのに一瞬で肥料になることはなく、一部を肥料へと変えただけになってしまった。
このまま続ければそのうち完全に溶かすこともできるんだろうが……まあ無理だろう。一応、保険として手は打っておくか。
なんて、そんなふうに考えて行動した直後、魔王の体を肥料へと変えている最中に、触手によって弾き飛ばされた。
「おごっ——!」
そうして弾き飛ばされた俺だが、しかし、今の攻撃が効いたのかその触手による攻撃には力がなく、全身を叩きつけられた痛みはあるものの、それだけしかなかった。
いける。あの魔王は確実に弱っている。このまま追撃を仕掛ければ、今なら倒すことができるはず!
そう思ったのだが……
「逃げた……?」
「……どうやら、そのようですね」
魔王はそれ以上戦うつもりはないのか俺たちのことを無視して川へと逃げていった。
「くそっ、仕留めきれなかったか!」
「本流へと戻って行ったみたいですから、これ以上この辺りが荒らされることはないと思いますけど……」
「少なくとも、村の者たちは守ることができたでしょう。お疲れ様でした」
……まあ、そうだな。元々はこの近くの村人たちを守るために戦ってたわけで、魔王を倒したくて戦ってたわけではないんだ。
もちろん倒せればいいなとは思っていたが、あくまでもそれはついでだ。今は村と村人たちを守れただけでもよしとしておくか。
「いや、まだだ」
と、普通なら納得するところだろう。実際、カイル達は「仕方ない」「上出来だ」なんて納得している。
だが、俺の中ではまだ終わっていない。ついさっき魔王の殻の向こうに手を突っ込んだ時、保険として寄生樹の種を出しておいたんだ。
あの肥料化だけで片付けばよかったんだが、もし終わらなかったらその種を発芽させようと思ってだ。
それを、今発動す……んん?
「どうかしましたか?」
俺の様子がおかしいことに気がついたソフィアが問いかけてきたが、それによって俺はハッと気を取り直して顔を上げた。
「ん……ああ、いや。なんか、反応がおかしいなって……」
種を《生長》させて寄生樹に乗っ取らせ、後は水質汚染されないように海に向かわせて死なせるつもりだったんだが、そもそも《生長》させることができなかった。
「反応ですか?」
「ああ。さっき手を突っ込んだ時に種を撒いたんだが、スキルが届いてるようで届いていないような、微妙な感覚がするんだ」
「なんだそれ。そんなことあるのか?」
「いや、今までそんなことはなかったな。距離が離れてる時は完全にスキルの反応は無くなったし、今みたいな半端な感じは初めてだ」
「魔王だからスキルを防いでるとかじゃないですか?」
「……そうだなぁ。あえて理由を挙げるとしたら、それくらいか?」
なんでこんなことになったのかわからないが、ベルの言った理由が一番納得できる。というか、それ以外思いつかない。
だが、理由はなんにしても、スキルは発動せず、魔王を殺し切ることはできなかったことに変わりはない。
「あー、もうっ! なんなのあいつ! あいつのどこが魔王だってのよ! やるだけやって逃げるなんてふざけてんでしょ!」
しかし、そうして考えている俺達とは違って、リリアは魔王が逃げたってことに納得がいかないようで、俺たちの前から姿を消して魔王に対して悪態をつきながら地団駄を踏んでいる。
そして、何を思いついたのかその動きを止めると今度は俺のことを見つめてきた。
「ねえちょっと、あいつがどこに行ったか探してよ。絶対にやり返してやるんだから! 勇者の言うところの『ほーふくぜっとう』ってやつね!」
探せってのは植物たちに聞けってことなんだろう。魔王と戦う前はちょうど水草たちからも情報を集められるんじゃないか、なんて話をしていたしな。
だが、それよりも気になることがある。いや気になると言うかなんというか……
「ほーふく……抱腹絶倒? でもやり返すって……報復? ……それって報復違いじゃねえの?」
リリアは『ほーふくぜっとう』って言ったが、勇者の言葉ってのは日本語だろ? この世界、どういうわけか呼び出される勇者は日本人限定だし。
どうしてそんなことになるのか知らないが、まあ日本にワープスポットがあるとか、日本人はこの世界と相性がいいとかそんなんだろう。きっと世の中のどっかにはアメリカ人だけが呼び出されたり、ドイツ人だけが呼び出される世界だってあるんじゃないか?
と、まあそんなことはどうでもよくて、勇者が日本人ならその勇者が使う言葉は日本語で、『ほーふくぜっとう』ってのは『抱腹絶倒』のことだろう。『ほうふく』と『ぜっとう』で考えれば、中途半端に日本語をかじった程度のやつなら『ほうふく=報復』と思ってもおかしくないかもしれない。リリアもそんな感じで聞き齧った言葉を使ってるだけだろうなと思う。
「ほえ? なにが? 『ほーふく』ってやられたらやり返すってことでしょ? ちゃんと勉強してるんだからね!」
リリアは腰に手を当てて自信満々にそう告げてきたが、それは間違ってるぞ。
だが、俺としては予想しただけあって「ああやっぱり」と言う感想しかない。勉強をしたことは褒めてやってもいいけどな。
ふんす、とばかりに胸を張って自信満々な様子を見せているリリアに対して、俺はため息まじりに息を吐き出してからリリアへと改めて口を開いた。
「そりゃあ『報復』——つまりは復讐のことだ。で、日本語——勇者の使う言葉で『ほうふくぜっとう』ってのは腹を抱えて転げ回るほど笑うって意味だ。今のお前の馬鹿な様子を見た俺たちみたいなのが使う言葉だよ。マヌケ」
俺が『ほーふくぜっとう』の言葉の本当の意味を教えてやると、リリアな一瞬何を言っているのかわからないように首を傾げたが、すぐに目を見開いて驚きを露わにし、わたわたと慌て始めた。
「……し、しってたし。知ってたんだから。今のはあれだもん。えっと……あ、あんたが間違えてわたしの言葉に乗っかったら笑ってやろうと思ったからだもん!」
最終的には誤魔化すことにしたようで、腕を組みながら偉そうにそう言った。だが、その声は震えていたし、視線も俺からそらされているのでその言葉が嘘なんだと容易にわかる。仮に誤魔化しが完璧だったとしても、その前のこいつの反応でその言葉は嘘なんだと分かってたけど。
「ほー、そうかそうか。そりゃあありがとよ。でもそんなことしなくても大丈夫だ。少なくともお前よりは勇者の使った言葉については詳しいから」
「う〜……」
リリアは自分のミスが悔しいのか落ち込んだように唸っているが、ミス云々以前に俺に日本語を教える必要なんてないんだよな。
何せ元は日本人。こっちの世界に生まれ変わって十数年経ったが、その程度じゃ母国語を忘れたりしないさ。
まあ、そんな情けなく肩を落としているリリアのことなんかよりも、今は魔王について親父たちに知らせないとだな。撃退したとはいえ、あくまでも『撃退』だ。討伐ではないのだから、そのうち戻ってくるかもしれない。
「帰って親父に調査を頼まないと……」
「それもですが、その前に植物たちに聞けませんか?」
「……ああそうか。魔王がどこに向かったのか知っておいた方がいいか」
ソフィアが言った言葉の意味を理解した俺は、いつものように意識を植物たちに傾けるが、今回に限っては地上ではなく水中のものに限っての繋がりを意識する。
「——いた。どうにもフラついてる感じだな。弱らせることができたのは確かだろ」
そうして水中の植物たちから集まった情報の中には、俺たちがさっきまで戦っていた魔王らしき存在の目撃情報があり、その報告をくれた植物たちのみている景色を送ってもらうとそこには確かに魔王の姿があった。
「それで進路は?」
「待て。……今本流に戻ったが……これは海に戻ってるな」
魔王は支流から本流に戻り、海へと続く方向へと進んでいっている。
と思ったら、なんか立ち止まってこっちの方に振り返ってきた。
あ、でもまた戻っていった。多分植物を通して見てたことに気がついた訳じゃないと思うけど、なんだったんだろう?
でもまあ、ここに何をしにきたのか知らないが、海に戻ってるってことはもう俺たちには関わる意思はないとみてもいいだろうか?
「ってことは、本当に逃げたってことか」
「ならこれ以上わたしの土地に被害は出ないってことよね?」
カイルの言葉にリリアが反応したが、ここはお前の土地ではない。
「お前のじゃなくて俺のな。だがそうだな。またきたらその時は別の被害が出るだろうが、少なくとも今回の被害はもうないだろうな」
「よーっし! やったーーー! わたしが魔王を倒したわーーー!」
「それもお前だけじゃなくて俺たちが……まあいいや」
リリアだけで倒したわけではないしそもそも倒してないんだが、まあ勇者でもない俺たちが魔王を撃退することができたんだからそれは喜んでもいいことだろう。それに、一番活躍したのはリリアだといえなくもない戦果だったからな。こいつがいなければあの殻は壊せなかった、あるいは壊せても時間がかかっただろうし、リリアが活躍したってのは事実だ。
「助かった。ありがとう」
だから俺は、両手をあげながら何故かそのばでクルクルと回っているリリアの頭に手を置いてその動きを止め、感謝の言葉を口にした。
「帰るぞ」
そうして俺たちは村への連絡やなんかを済ませると、すぐに親父のいる館へと戻っていった。
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